第529話 舞踏の始まり

 時は前後する。

 イザードと傀儡相手に接戦を繰り広げていたジェイスは一旦距離を取り、顎に伝った汗を拭った。彼の近くでは、同じく唯文とユキがイザード相手に善戦している。

(三人がかりでも、決定打に欠けるか)

 舌打ちしたい衝動に駆られ、ジェイスはすんでの所で呑み込む。そして、イザードを壁に縫い留めようと弓を引き絞った。

 その時のこと。

「――、――」

 イザードが何かを呟き、跳躍する。ジェイスたちの頭上を軽々と越え、ある場所へ着地した。

 彼の行き先を見て、ジェイスは顔を思い切りしかめる。イザードは、結界を張る晶穂とリンの前に立っていたのだ。

「兄さん!」

「晶穂さん!」

「くっ……。二人共、ここを頼む!」

 少年たちの返答を待たず、ジェイスは身を翻した。

「唯文兄、二人で押し勝とう」

「勿論だ!」

 ジェイスを見送り、ユキと唯文は改めて周囲を見回す。傀儡と名付けられた死体の複合体が、今か今かと二人を狙っている。

 唯文がちらりと背合わせになったユキを見ると、あまり顔色が良くないように見えた。当然か、と思う。

(あれが母親のなれの果て、なんて信じたくもないよな)

 しかも、いつも先頭に立つ団長である兄のリンは戦える状態にない。晶穂が守っている姿が遠目に見えたが、早急に対策を講じたいところだ。

 唯文はユキの攻撃の一つ一つに気迫と焦りを感じつつ、己のやるべきことのために刀を振りかざす。ソンビのようになった傀儡の攻撃は単調で、基本的に殴る蹴るだ。それらを躱し、一気に叩き斬る。

「はぁ、はぁ。……くそ」

「キリがない。だけど、ぼくがやらなくちゃ。兄さんが……」

「ユキ……」

 青白い顔をして、ユキは一心不乱に魔力を行使していく。その様は鬼気迫るものがあり、唯文はおいそれと下手な声をかけられない。

 その間にも、傀儡は疲れも痛みも知らずに立ち向かって来る。もう、何時間ここで戦っているのかも曖昧だ。

「おれに出来ることを精一杯やる。今はそれだ……わっ」

 ぐらり、と地面が揺れた。同時に空気すらも振動した気がして、唯文とユキは動きを止めて顔を見合わせる。何があったのかと振り向けば、晶穂たちがいる方向からとてつもない量の魔力の放出が感じられた。

 ビィンッと空気が変な音をたてる。魔力の波動は、よく見知ったもの。ただし、籠められた力の波動が強過ぎる。

 唯文は思わず身を震わせ、白い犬の耳を折った。

「ジェイスさん、ガチギレだ……」

「……何か、ちょっと落ち着いたかも」

「え?」

 ユキの言葉に、唯文は目を丸くした。

 その言葉の意味がわかったのは、ジェイスが再び合流して間もなくこと。

「ジェイス!」

「克臣、遅い」

「酷い奴だな」

 こっちは傀儡師を倒した後だってのに。克臣がぶつくさと言うをスルーして、ジェイスは「さて」と一人立つイザードを睨み据えた。

「お前の味方は、もういない。それでも、まだ戦いを続けるか?」

「成程。確かに、お前たちには私が八方塞がりに見えるのだろうが……どうだろうな?」

 くすくすと嗤ったイザードの視線が、ゆっくりと黒煙の大樹へと向かう。その端正な横顔は、通常であれば誰もが見惚れる美貌だろう。しかし今、ジェイスたちにとっては悪魔の微笑み以外の何ものでもない。

(いや、悪魔の方が可愛げがあるかもな)

 そんなどうでも良いことを考え、ジェイスはおもむろに弓を引き絞った。まさかあたるとは思っていないが、戦いを出来るだけ早く終わらせるために一手となれば良い。

 案の定、イザードはジェイスの気の力を片手で粉砕して見せた。そして、じろりとねめつける。

「不意打ちとは卑怯じゃないか?」

「卑怯? 今更だろう。それに、お前には効かないようだしな」

「ククッ。わかっているじゃないか」

 イザードは嗤うと、大仰にお辞儀して見せた。まるで、サーカスの公演が始まる挨拶でもするかのように。

「お前たちには、最高のショーを見せてやろう。いや、舞台で舞い踊るのはお前たちだ。その泣き叫ぶ顔、高みの見物とさせてもらおう」

「はぁ? ふざけんな!」

「おっと」

 そう言うが早いか、イザードは身を翻そうとした。その背中を克臣が斬りつけるが、躱されてしまう。

 舞うように着地したイザードは、険しい顔をする克臣を見て、嘲り笑った。

「随分と、待ちくたびれたピエロだ。急がずとも、お前のショーはもう始まるぞ」

「貴様、何を言っている?」

「――すぐにわかる」

 イザードは唇を三日月に歪ませた。そして、パチンと指を鳴らす。その途端、空気が振動した。

 びくり、と最初に反応を示したのは春直だ。

「じ、地震!?」

「違う。地面は揺れてないよ」

「じゃあ、何……」

 気付いた時には、傍に黒煙を上げる枝が忍び寄っていた。反射的にそれを操血術で折った春直は、枝の出所でどころを知って目を疑う。

 ざわり、と葉を揺らした大樹のもとで女が微笑んでいる。木の太い枝の一本が伸びて、イザードをくるむようにして持ち上げてしまった。

 春直以外のメンバーも気付き、目を見開く。ユーギが指を差し、ごくりと喉を鳴らした。

「あの木……」

「魔力がどんどん大きく膨らんでる。何だ、あれは?」

 ジェイスの呟きに、木の枝の一つに腰を下ろしたイザードが応じた。本当に面白そうに、唇を歪ませて。

「――『この世の夜』と私は名付けた」

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