第528話 やらせない

「くっ……。離せ!」

「離せと言われて『はい、そうですか』って離す奴が何処にいるよ」

 膝の下で文句を言うアリーヤに嘆息し、克臣は彼女を地面に押し付けたままで周囲を見渡した。共に来た春直とユーギは気味の悪い人形のようなモノと戦い、倒していく。

 ユーギが得意の回し蹴りで襲い掛かって来たモノを蹴り飛ばすと、トンッと跳んで後退した。傍には操血術を駆使する春直がいる。赤い花が咲き乱れ、敵を弾き飛ばした。

「春直、こいつらなんだと思う?」

「わからない。わからないけど、ただの人じゃないよね?」

「普通の人がこんなだったら、今頃世界は崩壊してるよ!」

「間違いないな」

「「唯文兄!」」

 二人の前に立ったのは、離れた所で戦っていた唯文だった。

 唯文は年少組のキラキラした目に耐え、軽く息をつく。そして、倒しても立ち上がって来る傀儡たちを指差して言った。

「あれは、傀儡。克臣さんが押さえてるあのひとが創り出した操り人形で、元人間らしい」

「もと、人間?」

「ああ。そして、あそこに立っているのは団長たちの

って……。亡くなってるんだよね?」

「そうだ。どういう経緯かはわからないけど、亡くなった人を傀儡に作り変えたらしいな。……その辺、ちゃんと教えてもらわないといけないが」

 唯文の視線は潰されて渋面を作っているアリーヤに向けられ、次いでイザートにジェイスと共に立ち向かうユキへと向けられる。出会った頃は十歳以上年が離れていたはずの少年は、今や本来の年齢を取り戻して一つしか違わない。そんな友人の辛い思いを持ちながらも、真っ直ぐに敵に立ち向かっているのだ。

(おれも、負けられない。あいつの、みんなの役に立ちたいし助けたい)

 刀を握る手に力を籠め、唯文は再びイザートに挑むために駆け出した。


「もと人間、か」

 走って行く唯文を見送り、克臣は組み敷いたままのアリーヤを見下ろした。

 アリーヤはといえば、力では男の克臣に敵わないと悟ったのか大人しい。とはいえ、克臣の背後には彼女の傀儡が二体ほど控えている。克臣に警戒してか、手を出すにも出せないらしいが。

 克臣はそんな状況にも落ち着いており、アリーヤと目を合わせた。後ろに憂いがないわけではないが、この瞬間にユーギと春直が倒した音がしたから問題ない。

「それで? あの女性がリンたちの母親だっていうのは本当のことか?」

「わざわざ、嘘を言う程暇じゃない。あれは、狩人とかいう組織が昔拠点を置いていたという廃墟の傍にある墓地で見付けたんだ。まさか、あの白骨死体を傀儡化して、こんな使い道があったとはね」

 腕を背中で固定され、アリーヤは動けない。しかしその表情に悔しさはなく、むしろ一仕事やり遂げた達成感のようなものさえ漂っていた。だからか、克臣が訊かずとも知りたいことを饒舌に話す。

「傀儡は、一つの死体だけじゃ完成しないの。完全に魂が抜けた死体を、幾つも寄り合わせて初めて完成する。魂が残っていたら、あたしの言う通りに動かせない。それじゃ、何も面白くないから」

「……つまり、木の傍に立ってるあの人には、もう魂はないってことだな」

「そう。もう生きていた頃のことなんて残っていない、ただの人形。なのに、あんなに必死になって、狼狽えてる。バカみたいね」

 クスクスと笑いリンとユキを馬鹿にするアリーヤに、克臣は冷たい視線を向けた。彼の口から吐き出される声にも、氷点下の響きがある。

「そうだとしても、あいつらにとっては母親の姿だ。魂という心がなくなっていたとしても、生き別れた母親の姿なんだからな。やりにくいだろうし、死んでいるとわかっていても、もう一度殺すような真似をさせたくない」

「……でも、あの女を止めないと終わらないわ」

 鼻で笑い、勝ち誇った顔でアリーヤが言う。

「花畑を枯らしたのは、あの女。黒い木の種を蒔いて、花の魔力を全て吸い取らせた。全ては、イザート様の夢のため。傀儡は、全部あたしの人形。あたしを倒さない限り、ずっとあんたたちを襲い続ける」

「そうかよ」

 対する克臣の声は、やはり冷めきっていた。

「これ以上、仲間を泣かせはしない。だから、一旦眠れ」

「――はぐっ」

 克臣の拳がアリーヤの急所を突き、彼女は呻いて気を失う。失神する直前、アリーヤは朦朧とする意識の中で呟いていた。

「あの女は、特別製。あたしを倒すだけじゃ、災いを散らし続け……」

「……だったら、俺が倒す。あいつらにはやらせない」

 華奢なアリーヤを地面に寝かせると、克臣は立ち上がった。周囲にいたはずの傀儡たちは、確かに主であるアリーヤが気を失ったのと同時に砂になって消えている。

 しかし、やはり木の傍には黒髪の女性が佇んでいた。

 小さく舌打ちした克臣は、年少組には見せられないくらい険しい顔をしている。その胸にあるのは、大切な友人たちの心を護りたいという強い信念。

 じっと傀儡の女を睨みつけていた克臣は、不意に服の裾を引っ張られて我に返った。見れば、ユーギと春直が心配そうにこちらを見上げている。

「克臣さん、傀儡が全部消えたけど……克臣さん?」

「克臣さん、どうかしましたか?」

「ん? ああ、お前たちか」

 何でもないよ。そう言って微笑む克臣だったが、二人の表情は晴れない。

「どうかしたか? 傀儡は、アリーヤが気を失ったから魔力の供給が切れて姿を保っていられなくなったんだろうな。後は、イザードとあの傀儡を倒すだけだ」

「でも、克臣さんもなんか辛そうだ」

「そんなことはない。強いて言えば、あいつらが苦しむ姿を見たくないだけだな」

「それは、ぼくらも同じです。だけど……」

「春直?」

 珍しく、春直が克臣に抱き付いて来た。驚く克臣に、恥ずかしそうに顔を伏せた春直が言い募る。

「ぼくらも、きっと団長たちも、克臣さんにも苦しい思いをして欲しくないです。だから、全員で無事に、笑顔で帰れるように戦いましょう?」

 真剣な顔をして、そんなことを言う。克臣は毒気を抜かれてぽかんとしていたが、やがてクックと笑い始めた。

 短い間で笑いを収め、克臣は自分の半分も生きていない少年を見下ろす。

「春直。男前だな、お前」

「え!?」

 今度は春直が驚く番だ。しどろもどろになる春直の頭を撫で、克臣は「ありがとうな」と呟く。

「よし、お前ら行くぞ!」

「おう!」

「はい!」

 克臣はユーギと春直を連れ、ジェイスたちのもとへと走り出すのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る