第526話 無情な毒
イザードが指を鳴らした途端、晶穂の目には彼から立ち昇る魔力の気配が見えた。それがこちらへ猛スピードでやって来るのを見て、咄嗟にリンに覆い被さる。
しかし魔力は晶穂の腕の隙間などを通り抜け、やすやすとリンへと至ってしまう。そして、彼の右腕に蛇のように巻き付き消えた。
リンの腕に浮かび上がった幾何学模様が一瞬黒さを増し、それを晶穂が視認すると同時にリンの体が大きく脈打つ。晶穂の腕の中で、リンが呻いた。
「――ぐあっ」
「リン!? 目を……これは」
目を開けて。その願いを口にする間もなく、晶穂は言葉を失った。
リンの腕の模様は手の甲にも及び、首筋にも広がっている。ほんの数秒前まで存在しなかった場所に浮かび上がった痣を見て、晶穂は無性に泣きたくなった。
「どうしてっ」
「『どうして』? そんなもの、理由は簡単だ」
「――!?」
目元を真っ赤にした晶穂が顔を上げると、そこにはイザードが立っている。彼は睨みつけてくる彼女を面白そうに眺め返し、大袈裟な仕草で肩を竦めてみせた。
「お前たちの絶望が毒を強め、そして銀の花の魔力を弱める。そうすれば、この世界の
「わたしたちの絶望が、どうしてこの世界の理に関係するの? わたしたちは神様じゃない。どうこう出来る筈な……」
「出来るさ。お前たちは、創造神のお気に入りだからな」
晶穂の言葉を遮り、イザードは嗤う。
「お前たちが打ちひしがれれば、必ず神は姿を見せる。そして、その時私はそいつを殺せば良い。――ほら、簡単に世界は
「……狂ってる」
静かな怒りを乗せた晶穂の言葉を聞いても、イザードは嗤うだけ。
「何とでも言えば良い。お前たちの命は、風前の灯火なのだからな」
ほら、とイザードは晶穂の腕を指差した。指す方をなぞり、晶穂は息を呑む。
何故ならば、リンの痣による痛みを少しでも緩和させようと触れていた自分の手の甲に同じ痣が浮き上がっていたのだから。晶穂は手を目線の高さまで挙げ、それが幻ではないことを確かめた。
「同じ、痣……」
「は……?」
晶穂の声が震えていることに気付いたのか、意識を取り戻したリンが眉根を寄せる。そして、わずかに青い顔をした晶穂の手の甲に自分の痣と同じものを見て、一気に表情を険しくした。
「何で、だ。俺だけで充分だろう!? こんな痛み、こいつ、に味合わせるわけ、には……」
「そう言うだろうと思っていたよ。だけどね、この毒は特別製なんだ」
「特別?」
「そう。……おや」
ぐるり、とイザードが首を捻った。彼の視線の先には、氷の塊を今まさに投げつけようとしているユキの姿がある。
「兄さんと晶穂さんから離れろ!」
「――おっと」
ユキの氷の魔力を躱し、イザードはひらりと後退して距離を取る。そしてリンたちの前に立ち塞がって威嚇するユキを見て、軽く驚き目を見開く。それから、クスリと笑った。
「あまり時間はなさそうだ。こちらも本気でいかなければ殺されそうだね。……では、手短に話しておこうか」
「何を……」
「その表情、良いな。私の力を恐れ、苦しむ顔というものは、非常にそそられる」
楽しそうに笑い、イザードは青い顔をしたリンと晶穂を見比べた。そしてくるりと一回転すると、イザードの手には細身の剣が握られている。
「あまり遊ぶと、そちらの死にぞこないに眼光だけで殺されそうだ。……その毒は、特別製。触れた者へと伝染する呪いさ」
「伝染する、だと!?」
青白い顔に冷汗をかいて、リンが呻く。
(イザードの話が本当だとすれば、晶穂に痣が現れたのは俺に触れたからだっていうのか!?)
呼吸が荒れ、思考が定まらない。それでもリンは、晶穂を危険から遠ざけようと彼女の手を押し戻す。
自分の手が押し返された晶穂は、困惑を浮かべてリンの顔を覗き込んだ。
「リン、どうし……」
「俺に触れていたら、お前まで危険に晒す。それぐらいなら、お前の神子の力で浄化出来るだろうから……離れろ」
「嫌!」
「ばっ」
馬鹿野郎。リンがそう言うのを遮り、晶穂は彼を抱き締めた。
やわらかな胸に押し付けられ、リンの頭の中の混乱が加速する。青くなったり赤くなったりと忙しいリンだが、それでもこれではいけないと脱出を試みた。
「あ、きほ。頼むから離れろ。俺は、お前まで苦しむのを望んじゃいない」
「そっくりそのまま返すよ! わたしだって、リンだけ苦しむなんて耐えられない。絶対助ける」
「晶穂……」
「――熱々なところ悪いけど、私はそんなもの興味はないんだ。さっさと死んでくれるかい?」
「護ってみせるから!」
イザードの言葉で我に返り、晶穂はリンを抱き締めたままで結界を張った。透明な壁に阻まれ、イザードの剣は弾き返される。
「ちっ」
舌打ちしたイザードはユキの氷柱を躱し、アリーヤの傀儡を盾にして防ぐ。傀儡が凍り、バラバラと崩れ去った。
ユキは間髪を入れず、巨大な氷柱を量産する。最近ジェイスの手ほどきで覚えた氷柱を矢のように放つ技を使い、沸くように出て来る傀儡を倒していく。
更にイザードを追うユキは、くるっと振り返って晶穂に向かって右手を挙げた。
「晶穂さん、絶対に近付けさせないから、兄さんを!」
「うん、任されたよ!」
晶穂の返事を受け、笑みを浮かべたユキが駆けて行く。彼の行く先を見れば、ジェイスと唯文が奮闘していた。
「唯文、勝つぞ!」
「勿論ですよ」
ジェイスの励ましを受け、唯文が傀儡を両断して応じた。
(みんながいる。だから、絶対にわたしがリンを護り切る)
晶穂は神子の力を二つに分けた。一方は結界の構築に、もう一方はリンへ注ぐ。分けても充分な防御力を持つ結界を創れるようになったのは、彼女の経験と鍛錬の賜物だった。
「――っ。成程、ね」
ユキの氷柱が頬を掠り、細い傷から赤い液体が滴り落ちる。それを指で拭い、イザードはニヤリと笑った。
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