第525話 母の面影
黒い煤のようなものを噴き出しながらなびく大樹と、その傍に佇む女性。表情もなくただこちらを見詰める彼女を見て、リンとジェイス、そしてユキが言葉を失った。
三人の異常な様子に、晶穂はカタカタと震える手を握り締めてジェイスに問う。疑問と困惑と恐怖といった感情に襲われ、何が真実か分からなくなりそうになる。
「どういう、ことですか……? だって、リンたちのお母さんは亡くなったって」
「そうだ、晶穂。あの人はとっくの昔に死んだ。……遺体を見たわけじゃないが、生きているという希望は持っていないよ」
「ユキはどうなんだ?」
唯文に問われ、ユキも蒼白な顔で頷く。彼の声はわずかに震えていた。
「ぼくも、そう。ずっと思い出せなかったけど、思い出したよ。……お母さんは、目の前で狩人に殺された。その血を浴びて気を失ったから、ショック過ぎて、今の今まで忘れてたんだ。だから、アレがお母さんだなんてことはあり得ない!!」
「ユ、キ。見たのか、さい、ごを」
弟の言葉を聞き、リンは途切れ途切れに尋ねる。冷や汗を流しながらも、彼の目はしっかりと謎の女のことを見詰めていた。
「うん。だからこそ、断言するよ。あれは生きている人じゃない。……傀儡だよ」
震えそうな声をたて直し、ユキはしっかりと人差し指を女へ向ける。彼の目が潤んでいたことに全員が気付いていたが、あえてそれを指摘する者はいない。
リンたちの動揺を見て、イザードがほくそ笑む。彼が何かを言う前に、彼の傍にやって来た者がいる。彼女はリンたちと初対面だったが、そんなことは今重要ではない。
「あーあ。あたしの人形、倒しちゃったんだね?」
「にん、ぎょう?」
彼女の指差す方を見れば、ジェイスの矢を受け倒れたヒト型のものが幾つも倒れている。女が「人形」と呼ぶそれは、確かに人間ではなかった。例えるならば、よくできたきせかえ人形。プラスチックで作られたかのように、重なり倒れている。
しかし、ジェイスはそれらに気付き戦慄した。人一倍魔力の強い彼は、その人形たちの正体に気付いてしまったのだ。
「これは……ただの人形じゃない」
「あー、わかった? 正解。これはねー、元人間」
「もと、人間?」
ジェイスが眉間にしわを寄せる。すると女は楽しげに笑い、頷いた。
「そ。ゾンビとか、そういうのに近いかな? この際だから言っちゃうけど、あたしは魔力で死人を自由に操れるの。時々、気に入らない奴を人形にしちゃうけど、そうなったらもう戻れないから。おんなじことだよねー」
「――っ、何てことを」
つまり、自分は元人間を射抜いたのか。目眩を覚えたジェイスは奥歯を噛み締め、拳を強く握った。何かを射抜いたことはわかっていたが、その正体を知りたくなかったと思わずにはいられない。
青い顔をするジェイスに、女はフッと冷たく微笑んだ。
「やっぱ、みんな同じだね。あたしの力、みーんな怖がる。……望んて手に入れた力じゃないのに」
「っ、だからか? イザードに組する理由は」
「ご明察ー」
再びクスクスと笑い、女はようやく名乗った。
「あたしは、アリーヤ。傀儡師アリーヤ。これから、あんたたちも人形に変えたげる! こいつらの仲間になっちゃえばいい!」
アリーヤが叫ぶと同時に、倒れていた人形たちが動き出す。その動きは機械的で、そして予測不能だ。まるで人の手で操られる操り人形のように、てんでバラバラに襲いかかって来る。
「全員散るんだ!」
「唯文兄!」
「ああ、おれたちが出ます!」
ジェイスの言葉を受け、唯文とユキが飛び出す。彼らの後ろにはリンを支えて動けない晶穂が座り込んでおり、二人を放置することは出来なかった。
勿論、ジェイスもそれは承知の上だ。少年たちが心置きなく戦えるよう、左右から飛び掛かって来る傀儡たちを気の矢で一掃する。カカカカッと間髪入れずに命中し、傀儡たちはそれぞれ倒れて動かなくなった。
その手加減のなさに、イザードは驚いた。軽く目を見張り、意外そうに目を細める。
「へえ……。元人間相手にそれだけ容赦なくいくなんて思わなかったな」
「意外か?」
「ああ。きみたちのことだから、手加減して自滅すると思っていたんだけどね」
「そう思っていたのなら、ご期待に沿えず悪かったね。――わたしたちは、確かに殺人は犯さない。だけど、それ以上に仲間を護ることを優先する。それだけだよ」
「ふぅん……」
少し不機嫌にも思われる呟きを漏らし、イザードは女性のような綺麗な指を晶穂に向けた。そして、ならばと唇を開く。
「そちらを先に片付けようか。彼らを殺せば、私の目的もすぐに達せられよう」
「はぁい。全員、あっちに行け!」
楽しげに、アリーヤが傀儡たちに指示を出す。彼女の指差す方向は、イザードと同じ。そちらに殺到した傀儡たちを、ジェイスたち三人が倒していく。
唯文が
「団長と晶穂さんに、手を出すな!」
「絶対、近付けさせないからなっ」
「ちょっと、わたしたちを甘く見過ぎじゃないか……?」
皮肉な笑みを浮かべ、ジェイスは一度の五本の矢を放つ。アリーヤの傀儡は数の底が知れなかったが、その五本の矢は確実に傀儡を射抜き、彼女を少し焦らせることには成功した。
「なっ! イザード様、あいつら全然怯みません!」
「そのようだな。ふむ……、ならば少し進めてみようか」
イザードはわずかに唇の端を上げると、右手の指をパチンッと鳴らした。
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