枯れし花

第523話 乾いた音

 一方、時間を少し戻す。

 克臣とユーギ、春直に背中を押される形で先へ進んだリンたち。徐々に道程は険しさを増し、よじ登るような道が続く。

「大丈夫か、晶穂?」

「うん。ありがと、大丈夫だよ」

 リンの手を借り、晶穂は岩場を登り切った。軽く息が上がったが、ここで立ち止まるわけにはいかない。晶穂は先を見据え、微笑む。

「折角克臣さんたちが行かせてくれたんだから、一歩でも進まないと」

「そうだな」

 リンは頷き、先を見据える。

 以前来た時にはなかったはずの険しい道。その地形の変化に驚きつつも、彼らは奥へ奥へと迷いなく進んで来た。

 しかし、なかった道を進むために不安もある。リンは気を引き締め直し、仲間たちを振り返った。

「おそらく、この先は以前と違う。イザードたちがどんな罠を張っているかもわからない。……みんな、覚悟は良いか?」

「勿論だよ、リン」

「うん。彼らを止めなくちゃ」

「ぼくは自分の体を使われた恨みもあるからね。絶対止めるよ!」

「おれたちで、必ずやり遂げましょう。克臣さんたちもすぐに追い付くでしょうし」

 ジェイス、晶穂、ユキ、唯文がそれぞれに覚悟を口にする。この先の戦いは不透明だが、何があっても折れないだけの繋がりの強さが何よりの武器だ。

 仲間たちの力強い言葉に背中を押され、リンは先頭に立って更に奥へと進んで行く。そしていつしか、銀の花の花畑に繋がる狭い通路の前まで至っていた。

「ここまで、敵の襲撃とかはなかったですね」

「ああ。だけど、この先から強力な力の気配を感じるよ」

 春直はジェイスに言われて、先へと意識を向けた。すると、今まで聞かなかった音が彼の耳を掠っていく。

「……何か、乾いた音がします」

「乾いた音?」

 晶穂が首を傾げ、耳を澄ませる。しかし獣人のような聴力を持たない彼女には、ただ洞窟の中を流れる風の音が聞こえるだけだ。

 春直はうーんと考え込み、何とか聞いた音を表現しようと考えを巡らせる。そして、ようやくぴったりな言葉を発見した。

「はい。何だろう……何か、乾燥した葉っぱが擦れ合う時の音みたいな感じです」

「乾いた音、か。花畑に異変でも起きているのか?」

 眉間にしわを寄せるリンは、そっと足場の悪い通路へと踏み出した。




 同じ頃、銀の花の花畑だった場所にはイザードの姿があった。濃緑色の瞳が確かな自信を覗かせ、目の前の光景を満足そうに眺めている。彼の傍には人形遊びに興じるアリーヤがおり、思い通りに動く人形を操っていた。

「イザード様、ゼシアナも夏姫も戻って来ませんね?」

「ふむ……倒された、と考えるのが妥当だろうな」

「ふぅん……。かわいそうにね?」

 使い勝手の悪くなった人形を放り出し、アリーヤは目の前の枯野で舞い踊る傀儡を眺めやる。彼女の目は、無用な感情を削ぎ落したような冷たいものだった。

「シエールも葉月もいなくなっちゃって、イザード様は平気?」

「ふふ。優しいな、アリーヤは。……大丈夫だ。そろそろ、私の願いは成就する。そのためにも、アリーヤ。きみは最後まで私と共にいてもらわなければ」

「勿論。あたしは、この作戦の要なんでしょ? あのお人形さんを操れるのは、あたしだけだから」

「その通り」

 アリーヤが指差す先にいるのは、一人の女性。黒髪をなびかせ、目を閉じて立っている。彼女の唇からは、歌声のような声が漏れていく。


 ──銀色の花、尊き花よ

 我が願いをば、叶えたまえ

 永久を生きんともがく我を、救いたまえ、褒め称えたまえ

 ただ我の行く手を遮るものは、駆逐したまえ

 破滅したまえ


 毒々しくも美しき花よ

 この世の理を説きたまえ

 銀色の花、尊き花よ

 その名を持つ者たちに鉄槌を

 彼の者たちに、血の破滅を

 我は運命

 全てを正し、導く花


 かすれた女の声が、寂しく野に響く。感情という温度のないその歌声は、ただただ風に流される。

 イザードはその声に耳を傾け、小鳥の歌声を聞いているかのように目元を緩ませた。その唇の端は、わずかに上がっている。

「役者が揃う。そうすれば、本当の舞台の幕が上がる。最高のステージのね」

「でも、一応一手打ってあるんでしょ? 前に、イザード様は言ってた。何かあった時のために、もう一つスイッチを作っておこうって」

「よく覚えているな、アリーヤ。偉いぞ」

「えへへ」

 ぐりぐりと頭を撫でられ、ご満悦なアリーヤがイザードを見上げる。

「その一手も、役者の中に?」

「その通り。彼らは簡単にはこちらの思惑通りには動いてくれないだろうからね、布石は幾つあっても良いものだろう?」

「流石ですぅ、イザード様ぁ」

 くすくすと笑うイザードとアリーヤの視線は、とある場所に固定される。

 美しい銀色の花畑は、時が止まったかのように咲き乱れ続けていたはずだった。そのはずだったが、彼らの目の前にあるのは花畑ではない。

「……あの木が、要らないものを消し去ってくれるだろう。全て」

 花畑だった場所を覆い尽くすように根を張るそれは、大樹。しかもその葉は茂り、黒々としたそれが空の光さえも遮るようだ。

 黒い大樹の周りを、あの女が舞い踊る。薄く開かれた目に生き物の光はなく、ただ操り人形のように、しかし滑らかに美しく舞う。

 わずかに覗いたその瞳は、深紅。血のような赤が見詰めるイザードの姿を映し、閉じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る