第522話 早く先へ
(ぐっ……)
まともにゼシアナの攻撃を喰らい、克臣は洞窟の壁に打ち付けられた。肺が圧迫され、うまく呼吸することが出来ない。
「ゲホッゲホッ」
「あら、これを喰らって意識を保っていられる方がいるとは思いませんでした」
「けほっ。そりゃ残念だったな。俺はこれでなかなかしぶといんでね」
「……次は、お腹に穴を開けてご覧にいれます」
ゼシアナは気を取り直し、もう一度胸元に手を置く。大きく息を吸い込めば、空気と共に魔力が増幅される。
彼女の意識は座り込んだままの克臣に集中し、彼の息の根を止めることのみに注力された。
(今度こそ!)
充分に魔力を含んだ声が、歌声と共に洞窟を震撼させる。歌が刃となり、鐘乳石を斬り裂く。
そしてその歌の刃は克臣へも迫り、ドリルのように渦を巻き、一点集中の力が襲い掛かる。
目前に刃が迫った時、克臣はニヤリと笑った。
「……俺が負ける? そんなの、あいつらに面目立たねぇだろうが!」
瞬時に大剣を翻し、気合と共に克臣は形のない刃を断ち斬った。パンッという破裂音が響き渡り、音波を破壊する。
そのまま斬撃の波動がゼシアナに届き、その髪を大きくなびかせた。彼女の表情は驚愕に染まり、歯噛みする。
「くっ」
「余裕のある顔、しなくなってるぜ」
ニヤリと笑った克臣は、ちらりと自分の後ろを振り返る。そちらでは、ユーギと春直が夏姫を相手に激しい競り合いを続けていた。ユーギの蹴りを中心とした物理攻撃と、春直の封血術が敵を翻弄しているらしい。
(俺の役目は、ゼシアナを斃してあいつらと共に進むこと。決して
勝機を焦ってはいけない。克臣は深呼吸し、不意に生じた感覚に従って横に跳ぶ。すると彼が先程まで立っていた場所が、歌の波動によってえぐられた。洞窟の地面に円状のヒビが入り、破片が飛び散る。
克臣はほっと胸を撫で下ろし、改めて剣を構えた。
「今のは危なかったな」
「何故、あたらない!? さっさと死になさい!」
「嫌だね」
当然の如く否定を示し、克臣はゼシアナの歌撃を真正面から受けた。歌が波動と化し、地面をえぐる。通常ならば鼓膜が破れ吹っ飛ばされるはずの声量と威力に、土煙が上がった。
(これが、
ゼシアナは天井まで届く土煙を見上げ、喉を押さえて息をついた。軽く息を吸い込めば、咳き込みそうになる。
彼女の歌を使った攻撃は圧巻の破壊力を持つが、代わりに連発が難しい。喉を傷めてしまえば、余計に撃つことが難しくなる。
ぜーぜーと苦しげに息をしながら、それでも満足げなゼシアナ。彼女の全力は、すなわち敵の破滅を意味して来た。だからこそ、彼女は安堵して戦場から背を向けた。
(早く、イザード様のもとへ行かなくては)
その思いだけで一歩踏み出した時、突然背後に気配を感じた。ゼシアナが振り返るよりも早く、その気配は彼女の口を背後から塞いだ。
「なっ……むうっ!?」
「あんまり直に手荒な真似はしたくなかったんだけどな。こんだけやられたら、口塞がないとこっちも危ない」
(死んでない!?)
驚き、ゼシアナは目を見張る。そして、背後の男に蹴りを喰らわそうと右足を上げた。
「……はぁぁ」
その時、盛大なため息が聞こえた。
「――悪いけど、時間かけてらんないんだわ」
「む? ……んっ!?」
突如ゼシアナの鳩尾に拳がめり込み、彼女はそのまま意識を失った。そのまま仰向けに倒れれば、後頭部を打ち付け無意味な怪我を増やす可能性がある。
「よっと」
意識を失ったゼシアナが頭を地面に打ち付ける直前、克臣は彼女の体を腕で支えて頭を護った。そのまま横たえ、口元に手の甲を近付ける。穏やかな呼吸が感じられ、ほっと息をつく。
「こういうの、俺は不得意なんだよ。ジェイスじゃないしな」
この場にジェイスがいれば、おそらく「そんなことはないよ」とでも文句を言うだろう。しかし克臣にとって、女性の扱いに長けた人物と言えば親友しか浮かばないのだった。
ゼシアナの全力を受けた時、克臣は大剣で『竜閃』を咄嗟に放っていた。金色の竜が歌撃を受け止め、相殺したのだ。お蔭で爆発で生じた破片での傷以外、大きな怪我はない。
土煙に乗じて気配を極力消し、克臣は背後からゼシアナに近付いた。そして、彼女の力が発せられるもとである口を塞ぐことに成功したのだ。
(蹴られるくらいは覚悟の上だったけど、俺も焦ったかな)
ぽりぽりと後頭部を掻いて、克臣はその場に立ち上がる。そして、半身だけで後ろを振り返った。
「終わったか、お前ら」
「克臣さん、お疲れ様でした」
「こっちも何とかって感じかな」
克臣の後ろに、春直とユーギが立っている。彼らも浅い傷は幾つもこしらえていたが、大怪我はない。
無意識にほっとした克臣は、二人の少年の頭を同時に撫でた。ふわふわとした春直の髪と、硬めのユーギの髪。全く違う髪質に触れながら、克臣は自分が思いの外焦っていたことを自覚した。
「……やめてよ、克臣さん」
「おお、悪いな」
文句を言うユーギに謝り、克臣は両手を下ろした。そして、二人を安心させるためにいつもの笑みを浮かべた。
「ここにずっといても仕方ない。こいつらが目覚める前に、リンたちに追い付くぞ」
「うん。もう置いて行かれたくはないからね!」
「早く行きましょう」
「あ、お前ら待て!」
自分の脇をすり抜けて駆け出す二人を追い、克臣は洞窟の奥へ向かって走り出した。
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