第521話 紅蓮の風吹
ドンッという爆音が鳴り響き、洞窟が震動する。揺れに足を取られた春直が近くの岩に手をつき、音のした方を振り返った。
そちらは土煙に覆われ、何が起こっているのかわからない。
「克臣さん……」
「余所見しないでよ、猫のちびっこ!」
「わっ」
反射的に爪を伸ばし、夏姫の攻撃を防ぐ。それを力づくで弾くと、春直は大きく後ろに跳躍して距離を取った。
そこへ、先程まで夏姫と物理的にやり合っていたユーギが駆け寄る。
「春直、平気?」
「うん。けど、克臣さんは……」
夏姫へ視線を固定したまま、春直は後方を気にする。そんな友人に対し、ユーギは彼の背中をパシンッと叩いた。
「あの克臣さんが、簡単にやられると思う?」
「……思わない」
「だろ? だから、絶対大丈夫だ」
ニッと歯を見せたユーギの瞳に迷いはない。春直はしっかりと頷くと、もう背後を気にすることはなかった。
春直の右目が赤紫色に鈍く輝き、猫人の爪が赤く変わっていく。それは、彼の封血が活性化していくサインだ。
「何……?」
魔力を持たないはずの春直の変化に、夏姫は怯えを示す。猫の耳が垂れ、しっぽが不安げに揺れた。
それを見て、春直はくすりと笑う。
「夏姫さん。ぼくは猫人ですが、ある理由でもう一つの力を持ってるんです」
「もう、一つですって?」
「はい」
怯える相手に対して力を使うのは、春直の本意ではない。しかし、今回はチャンスに変わる。
「ユーギ、行くよ」
「ああ、任せてよ」
パチンとハイタッチして、春直とユーギは左右に分かれ立つ。そして、息を合わせて同時に地を蹴った。
先に夏姫にぶつかっていったのはユーギだ。得意の飛び蹴りで彼女に真正面から襲い掛かる。
「だああぁぁぁっ」
「くっ。そんな単純な攻撃、あたらないわよ!」
春直の件で気を削がれていた夏姫だが、一瞬のうちに気を取り直した。長くしなやかな足を使い、ユーギを迎え撃つ。カウンターを狙ったものだったが、二人の足がぶつかるよりも早く、鮮やかな赤が夏姫の視界を覆った。
「なっ」
「『封血術』――
ユーギは夏姫のもとへ落ちる前に体を逸らし、落下位置をずらす。彼の後ろから飛び出した春直は、赤く染まった爪を振りかざし、袈裟懸けに振り下ろした。
振り下ろされた爪の軌跡から、真っ赤な花びらが噴き上がる。それは視界を鮮やかに染め、気圧された夏姫に殺到した。
大量の花びらから逃げることは難しいが、夏姫は諦めずに両手両足を使って除けようとする。しかし溢れる花びらは止まることはなく、次第に彼女の腕や体に張り付き、動きの自由を奪う。
「な、何よこれ!?」
「封血術。……ある人たちのお蔭で、ぼく自身の力として扱えるようになった魔力に似た力。そして、きみたちのような人を止めるために振るう力」
「こんな、小細工にっ」
暴れれば暴れる程、花びらは夏姫の体にまとわりつく。どれだけ無様であっても、夏姫には諦めるわけにはいかない理由があった。
「ここでわたしたちが倒れたら、イザード様の崇高な願いを叶えられなくなるかもしれない。そんなこと、させないんだから!」
「それは、虐げられてきた人たちが幸せに暮らせるっていう世界のこと?」
「……それを知っているのに、あなたたちは何故邪魔をするの?」
心底不思議だという顔で、夏姫は二人の少年を見上げる。花びらで自由を奪われた彼女は座り込むしかなく、今その目の前に春直とユーギが立っている。
「なんでって……」
ユーギは夏姫の素の思考回路が理解出来ず、困った顔をした。しかし、春直と顔を見合わせて自分の言葉で語ることに決める。
背後では克臣とゼシアナの戦う音が聞こえるが、彼らがこちらの邪魔をするとも思えない。仮にゼシアナが止めに来ようとしても、克臣が必ず止めるはずだ。
ユーギは夏姫の目の前にしゃがみ、じっとその猫人の瞳を見詰めた。
「お姉さんたちは、欲しい世界があるんだよね。ぼくらにも、欲しい世界があるんだ」
「同じだって言いたいの? だとしたら、あなたたちがわたしたちを止める理由なんてな……」
「でもね、二つは相容れないんだ。何でかわかる?」
「何を言って……」
目に見えて戸惑いを見せる夏姫に、ユーギは畳みかけた。
「ぼくらが求めるのは、みんなで一緒に暮らす世界。誰かを排除して成り立つものなんて、ぼくらは求めていないんだ」
「ぼくは、銀の華に命を救われた。そして、みんなのことが大好きだからここにいる。……残念だけど、お姉さんたちとは道が違うんだ」
「……なによ」
目に涙を溜め、夏姫はキッと二人を睨み付けた。
「わたしだって、イザード様を敬愛して、彼のために、彼の目的を叶えるために自分が出来ることをやっているだけよ! なんで……なんで。なんであんたたちなんかに追い詰められなきゃいけないのよ!?」
「……人を傷付けても自分の願いを叶えたいのか否か、じゃないかな」
トンッと春直が夏姫の背中を押す。その時、赤い花びらの一枚が彼女の急所を軽く突いた。ほんの軽い刺激だ。それだけにもかかわらず、夏姫は抵抗出来ずに昏倒する。
「ふう。ただ傷付けるだけじゃ、わかり合うことなんて出来ないよね」
気を失った夏姫を地面に寝かせ、春直は肩を竦める。そして、彼女の呼吸が安定していることを確かめた上で、傍にしゃがんだユーギと顔を合わせた。
「お互い、傷が浅くてよかったな」
そう言って苦笑するユーギの腕や顔には、打撃を受けたことによる青あざが幾つも出来ていた。
「まあ、ぼくもユーギも人を傷付ける戦いは得意じゃないから」
「そういうのは、年長組の範疇だよ」
あんなふうにね。ユーギが振り向いた時、丁度克臣とゼシアナの魔力がぶつかっていた。
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