足止めする者たち

第520話 歌姫と剣士

 夏姫が跳躍し、春直の上を取る。そして身軽に体を回転させると、一気に踵落としを繰り出した。

 しかし、春直も負けてはいない。爪を収納した腕を交差させ、夏姫の攻撃から身を護る。それでも全てのダメージを吸収出来ず、滑るように後退した。

 痛みに顔を歪める春直に、リンは加勢しようと剣を抜いて叫ぶ。

「春直!」

「大丈夫、です。彼女はぼくが引き受けます! 団長たちは先に進んで」

「だが……くっ」

 リンの言葉を正確に理解した春直は彼の助力を拒否し、先へ進めと断言する。そこに秘められた覚悟は、リンを黙らせるのに充分だった。

 しかしながら、覚悟はあっても敵と渡り合えるかは別問題。戦い慣れ、更にサーカスのパフォーマンスで磨かれた身体能力は夏姫の戦い方をより鋭利なものとし、春直の攻撃を軽々と躱す。そして彼の隙を突き、女とは思えない脚の力で春直を蹴り飛ばした。

「がはっ」

「――見てられない!」

 そう呟いたユーギは、吹き飛ばされる春直を後ろから受け止め、彼の体へのダメージを減らした。その代わり、自分は壁に背中を打ち付けることになってしまったが。

 ぐっというユーギの呻き声を聞き、春直は素早く立ち上がった。

「ユーギ!? ごめん、大丈夫?」

「平気、平気。それより、春直一人に背負わせないから。一緒にやろう」

 にこりと笑い、ユーギは立ち上がって武術の姿勢を取る。そこに、今までふざけていた少年の影はない。

「ユーギ……ありがとう。ごめん」

「友だちだからねっ。ぼくらは、春直を置いて行かないって約束したろ?」

 それは、春直が銀の華に来た時からの約束。家族を失った彼を新たに迎え入れた仲間たちとの指切りだ。

「うん」

「よーしっ! 二対一だけど、ぼくら子どもだから良いよね!?」

 びしっとユーギに指を突き付けられた夏姫は、クスリと余裕の笑みを浮かべる。そして、フンッと嘲笑った。

「ちびっこが幾ら増えたところで、所詮はちびっこ。ゼシアナの手を借りるまでもないわ」

「だそうだぜ、歌姫さん?」

「それは残念です」

 夏姫の言葉を次いで尋ねた克臣に、ゼシアナは心底残念そうに大袈裟なジェスチャーをしてみせた。そして、気を取り直すと克臣を眺める。

「それで? 貴方はお一人なのですか?」

「華奢な女性相手だからな。一対一で相対するのが礼儀だろ?」

 からりと笑って応じる克臣の態度に、ゼシアナのこめかみがぴくりと動く。

「……つまり、わたしのような女には戦う力などないと?」

「まさか。ここで俺たちを足止めする役割を担ってんだ。かなりの戦士だ、と警戒してやりすぎることはないだろうさ」

「見くびられたわけではない、ということですね」

「当たり前だ。俺は、どんな相手にだって全力で立ち向かうことにしているからな。器用じゃないもんでね」

「ふふ、そうですか」

 満足げに頷き、ゼシアナは嬉しそうに目を細めた。

 それが彼女の戦闘開始の合図だと察し、克臣は立ち止まっているリンたちに向かって怒鳴る。

「ここは俺らに任せろ! お前たちは先に行け。すぐ追い付く!」

「わかりました。頼みます!」

「おうよ」

 リンとジェイス、晶穂、ユキ、唯文が洞窟の奥へと走る。彼らの足止めをしようと、ゼシアナが振り返りかけた。

 しかし、彼女の足元に斬撃が走る。見れば、克臣が振り下ろした剣を持ち上げるところだった。

「やはり、邪魔しますか」

「当然だろ? お前の相手は俺一人だ」

「……承知しました」

 ゼシアナは礼儀正しく頭を下げると、顔を上げると同時に克臣に向かって蹴りを繰り出した。歌姫としての麗しい姿からは想像も出来ない素早い動きは、克臣を充分に驚かせた。

「やるな!」

「貴方も。大抵の男は、私の蹴り一発で仕留められるのですけど」

「そっちこそ、俺を見くびり過ぎだろ」

 克臣の大剣の腹がゼシアナの足の裏を受け止め、剣を振るよりも早く彼女は跳び退く。そして岩を蹴って加速し、別の岩に飛び移る。それを繰り返し、克臣の目を撹乱させようとした。

 しかしそこは、歴戦を戦い抜いて来た克臣だ。動きに惑わされることなく、ゼシアナの動きを予測して先に動き、彼女の行きそうな岩を叩き割る。そうすることでゼシアナの行き場を無くし、足を止める作戦だ。

(読まれている!?)

 ゼシアナにとって、自分の考えが読まれることは今までになかった経験だった。内心歯ぎしりしたい感覚に陥ったが、直ぐに立て直して、今度は身軽さを活かして壁に飛び移った。

 そして壁を蹴り、上から克臣に襲い掛かる。ゼシアナは武器を扱う技術を持たない代わりに、体術を習得していた。

「はっ!」

「くっ」

「斬らないのですか? こんな至近距離ならば、斬った方が早いのでは?」

 接近したと思えば、距離を取って壁を蹴り、攻撃の隙を探して蹴りや拳を叩き込む。それを繰り返しても急所を突けないでいたゼシアナは、揺さぶりをかける意味で克臣に問いかけた。

 実際、克臣は一度もゼシアナに対して刃を向けて来ない。彼の実力は推し量ることの出来たゼシアナだが、全く命を狙いに来ない克臣の心中を理解出来なかったのだ。

「私たちの世界では、相容れない者は何者であろうと斬り捨てるもの。悔しいですが、貴方の実力は私よりも上。ならば、斬ってしまえばすぐにお仲間を追えますよ?」

「……敵であろうと、俺たちは人を殺すことはない。それは俺たちの信条であり、誇りだ」

「それで、己の命が危うくなったとしてもですか?」

「危うく?」

 ゼシアナの問いに、克臣は肩を竦めて笑った。

「人を殺さないのと同様に、俺たちは寿命以外で死なないっていう決意もあるもんでね。……死に際に立ったって、簡単には死なないんだよ」

「強情なのですね」

「そういうことだ」

 克臣は大剣を構え、『竜閃』を放つことにした。この技は光の竜を出現させる斬撃だが、人を斬らずに気絶させられる威力を持つ。

 その一撃で終えようと克臣が決めた時、不意にゼシアナが戦闘態勢を解いて棒立ちになった。そして胸元に両手を重ね、真っ直ぐに克臣を見詰める。

「では、私も相応の戦い方をしなくては」

「……何をする気だ? ――まさか」

「お気付きのようですね。私の本職は『歌姫』ですから」

 そう言うと、ゼシアナの喉を中心として、彼女の魔力が集まっていく。

(一気に片を付ける!)

 克臣が助走なしで飛び掛かった時、ゼシアナの喉から美しい歌声と共に強大な魔力の波動が発せられた。

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