第519話 戸惑いと決意

「ジスターを銀の華に迎え入れようだなんて、思い切ったことを考えたもんだな。リン」

 光の洞窟へ向かって走りながら、克臣が茶化し気味にリンに言う。その声音には否定の色はなく、むしろよくやったと言いたげな言葉だ。

 克臣の言葉の意味を正確に理解し、リンは微笑む。「俺だけの意見じゃありませんよ」と言うと、後ろを走る晶穂を指差した。

「あいつが言わなきゃ、口にすることなんてなかったと思います。そうする方が良いんじゃないかって思ってはいましたけど」

「ふうん?」

「じゃあ、何で晶穂は誘おうって思ったんだい?」

 殿しんがりを務めるジェイスに問われ、晶穂は小さく笑った。そして、大した理由なんてないんですと応じる。

「ただ、寂しそうに見えたんです。本当はやりたいことじゃないのに、やらなければならないからって自分を抑制しているような、悲しい目に見えて。もしあの人が銀の華に来なかったとしても、それでも良いから。リンにお願いしたんです」

 晶穂の言葉に、ジェイスは「成程ね」と頷く。

「晶穂はよく人を見ているんだな。私ももっと広く物事を見ないとね」

「……ジェイスはそれ以上視界を広くしなくても良いぞ。見過ぎなくらいだ」

「そうかな」

 首を傾げるジェイスにため息をつき、克臣は隣を走るリンに言う。

「来ると良いな、あいつ」

「……はい。それも、あの人が選ぶことなので」

 今は、イザードを止めることが先です。リンはきっぱりとそう言うと、走るスピードを速めた。目的地の光の洞窟の洞窟は、すぐそこに迫っている。




「……ジスター、銀の華を訪ねて来い。お前が、一般人を誰一人傷付けていないことは知っている。お前が望んでくれるなら、一緒に自警団をやらないか?」

 その言葉は、ジスターにとって青天の霹靂。思いがけない申し出だった。

 驚きのあまり咄嗟に動くことが出来ず、リンたちを足止めするという役目を放棄してしまった。ジスターはしばし放心状態になった後、ハッと気付いて頭を抱える。

「何なんだよ、あいつら。オレを自警団に誘うとか、何を考えてるんだ? オレは、オレは敵なんだぞ?」

 普段寡黙で口に出して独り言を言うことのないジスターだが、誰も周りにいない今は饒舌になっていた。

 しかし、それも無理はない。魔種としては一般的な魔力である水を操る力を持つジスターは、特殊過ぎる力を得た兄のイザードとは違い、家族の中で普通に育った。彼の前ではイザードも普通の子どもとして両親から扱われていたが、弟がいない場では虐げられていた。それをジスターが知ったのは、兄は両親を毒の魔力で殺した後のこと。

 それからジスターは、ずっと兄に背かずに生きてきた。反抗すれば、いつ両親のように殺されるかわからなかったから。いつしか兄の言うことを聞くのが当たり前になっていたジスターにとって、銀の華は不可解な存在だった。

 どうしてあんなにも、自分以外の誰かのために動くことが出来るのかわからない。どうして、あんなに強大な力を持つ兄に抗い抵抗するのかが理解出来ない。ジスターは数回彼らと顔を合わせたが、それでもわからなかった。ただし、別の感情が生まれていることは自覚していたが。

 ジスターは胸元の服の生地を握り締め、ぽつりと呟く。どうして、と。

「どうして、オレは嬉しいんだ? ……わからない」

 未知の感情に、ジスターは混乱してうずくまった。そんな主を案じてか、空気中に飛散していた水の魔力が狼の形を取って寄り添った。




「……久し振り、だね」

「ああ。この奥だ」

 ユキの言葉に頷き、リンは真っ直ぐに先を見詰める。

 彼らの目の前に現れたのは、真っ白な岩で構成された洞窟の入口。光の洞窟と名付けられて久しいそれは、大きな口を開けていた。

「周囲に気配はありませんが、中からは殺意を感じます」

「うん。いつ襲われるかわからないから、注意していかないとです」

 唯文と、彼の服の裾を摘まんだ春直が言い合う。春直は怖がってはいたが、その瞳は決意に満ちている。それを知っているから、いつもは茶化すユーギも何も言わない。

 リンは彼らの言葉に頷くと、くるりと仲間たち全員の方を向いた。

「二人の言う通り、この先離れ離れになる可能性もある。……おそらく、奴らがいるのは花畑だ。全員、迷ったらそこを目指そう」

「わかった」

「ああ、任せろ」

「絶対止めよう。みんなで」

 ジェイス、克臣、晶穂も言う。彼らの言葉は総意であり、リンは安堵と共に決意を新たにして一歩を踏み出す。


 洞窟は最初外の日の光を取り入れて明るいが、徐々に暗くなっていく。それでも見えなくなる程真っ暗になることはなく、やがて広い空間へと繋がった。

 鍾乳洞のようなそこは天井から水滴が滴り、大きな白い岩石が壁から押し出されるように顔を覗かせる。人の通ることの出来る通路は広くなく、人が行き合えば互いの手が触れ合う程には狭い。

 以前ジェイスの件でこちらを訪れた時、かなり洞窟にダメージを与えた。それでも頑強に形を保っているが、戦いの跡は天井から崩落した白い岩が地面に突き刺さっていることからもわかる。

「静か、ですね」

 晶穂の呟きが、妙に響く。それ程までに、洞窟の中は静かだった。

 リンは頷きながらも、剣を握る手の力を強める。魔力の気配は外よりも濃く、油断は出来ない。

「だが、気を抜くなよ。ここはもう敵の……」

「ようこそいらっしゃい、招かれざる客人たち」

「誰だ!?」

 突然聞こえた声に、ユキが誰何する。

 すると空間の出口付近で、人影が動いた。それは二人の女であったが、一人に関して、克臣は見覚えがあった。

「……ゼシアナ」

「覚えていて下さったのですね? 光栄です」

 にこりと舞台での笑顔を見せたゼシアナは、隣の女を手で示した。

「彼女は夏姫。わたくしと同じ、サーカス団の一員です」

「きちんと挨拶をするのは初めてね。わたしは夏姫。イザード様を邪魔するお前たちを、この場で滅する者!」

 そう宣言するが早いか、夏姫は大きく跳躍した。両手の爪を伸ばし、リンたちの真ん中を狙って襲い掛かる。

「ここで全員、死ぬが良い!」

「散れ!」

 ジェイスの叫びを聞くと同時に、全員がその場から飛び退く。

 夏姫は眉間にしわを寄せると、くるりと空中で一回転して柔らかく着地した。そして、最も近くにいた春直を眺め、ぺろりと舌で唇を舐める。

「まずは、あんたからね。子猫ちゃん」

「勝つ!」

 こうして、光の洞窟での戦いが始まった。

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