光の洞窟再び

第516話 水の獣

 リンたちは無事にロイラ砂漠を越え、光の洞窟のあるオアシスのような森の前へとやって来た。広い砂漠を歩き通しだったために、全員息を切らしている。

「ちょ、ちょっと休憩しよ。水飲みたい」

「賛成、ぼくも」

 早速へたり込んだのは、アルジャの町をいの一番で飛び出したユキとユーギの二人だった。彼らは仲間を先導しながら歩きそれを楽しんでいたため、一切足を止めることなくここまで来てしまったのだ。

 ごくごくと水筒の水を飲む二人を呆れ顔で眺めながら、唯文がリンに尋ねる。

「団長、この先ですよね?」

「ああ、そうだ。この先に真っ白な洞窟があって、更に進むと、銀の花の花畑が広がってる」

「銀色の花の、花畑。綺麗でしたよね。よく、覚えてます」

 青空の下の銀色の花びらは、本当に美しかった。唯文はそれを思い出したのか、目を細める。

 唯文に頷いて見せ、リンは一同を見回した。

「これから、森に入ります。いつ敵が襲って来るかもわかりませんから、絶対にはぐれないように固まって動きましょう」

「案内は任せてくれ。何となくだけど、鳥人の魔力の気配が残ってるから」

「……頼むから、前みたいになるのはやめてくれよ? あんなの、二度と御免だからな?」

「それは私も同じだよ、克臣。二度と、あんな風にはならない。仲間を傷付けたくなんてないからね」

 ジェイスは肩を竦め、克臣たちにそう約束した。

 光の洞窟は、その美しい名とは反対に惨劇の過去を持つ。かつて鳥人という魔力も身体能力も桁違いに高い種族がいたが、その力を恐れた人々によって鉱山だった光の洞窟に閉じ込めれていた。彼らは最期、反乱を起こしたが鎮圧され、全滅することとなる。

 しかしその混乱の最中、まだ赤ん坊だったジェイスは両親によって逃された。そして彼を拾った同じく鳥人の末裔であるリョウハンによって、銀の華初代団長の手に委ねられて今に至る。

 ジェイスの黄色い目は森の奥へと向けられ、わずかに憂いを帯びた。それも僅かな間であり、一行は彼を先頭にして森へと分け入る。

「ユキ、体調は?」

「もう何ともないよ。あの時、全部外に出せたみたいだ。兄さんのお蔭だね、ありがとう」

「お前が無事ならそれで良い。……ユーギ、転ぶなよ」

「大丈夫!」

 しばらく進むが、景色はあまり変わらない。足元すらもおぼつかない中、リンは弟の体調を案じ、軽い足取りで先を行くユーギを気にかけた。

 大丈夫と言った直後、ユーギは木の根につまずいてバランスを崩す。しかしそこにいた唯文に腕を掴まれ、事なきを得た。

 盛大にため息をつかれ、ユーギは目を伏せた。

「ご、ごめん。唯文兄……」

「前向いて歩け。いつ何処から敵が来るかわからないんだからな」

「わかって……あっ」

「お出まし、みたいだね」

 春直が爪を伸ばし、戦闘態勢を整える。ユーギは唯文の腕から抜け出し、唯文も手のひらから和刀を抜きかけた。

 彼らの視線の先には、草むらから飛び出した半透明の狼のような獣がいる。それは唸り声を上げながら牙をむき、今にもこちらに飛び掛かろうかとタイミングを見計らっているように見えた。

 その場にいた全員がいつでも動けるよう、戦闘態勢に入る。

 リンは目をすがめ、獣の正体を探った。狼のように見えるが、半透明の時点で普通の獣ではない。

「狼? それにしては、気配が……」

「この気配、水のにおいがする!」

 正体を言い当てたのは、最初に飛び出したユキだ。腕に氷の魔力を這わせ、ビームとして発射する。

 しかし水の獣はそれをひらりと躱し、獣らしい身軽さで口を開いて突進して来た。

「――うわっ!?」

「何やってんだ!」

 咄嗟に動けないユキを引っ張って下がらせ、克臣が大剣で獣を迎え撃つ。獣の口に剣を咥えさせ、驚き固まるそれをフルスイングする要領で投げ飛ばした。

 ――ギャウッ

 獣が木の幹に背中をぶつけ、悲鳴を上げる。その隙を見誤ることなく、克臣は仲間に声をかけた。

「今のうちに、さっさと進むぞ!」

「さっすが、克臣さん!」

「褒めても何も出ないぞ、ユーギ」

 調子の良いユーギに褒められ、克臣は苦笑する。そして、更に木々の間から現れた水の獣の対し、情け容赦ない斬撃を浴びせ続けた。

 勿論、獣と対峙するのは彼だけではない。四方八方から襲い掛かって来る獣に対し、他のメンバーも精力的に対応していた。

 春直は封血術を駆使し、広範囲の獣を捕縛していく。しかし枝葉を茂らせた樹木の多い森の中では遮蔽物が多く、能力を存分に使うことは出来ない。

 今もまた、血の網をすり抜けた獣が牙をむく。

「――くっ。こいつら、上手く当てないとすり抜けてく!」

 悔しさをにじませる春直に向かって、一頭の獣が走り込んで来た。網を張る春直は、咄嗟にそれに対して動くことが出来ない。思わず身を固くする彼の耳に、頼もしい声が響く。

「春直はそのまま網を張れ! 逃げた奴は、俺たちが叩き斬る!」

「わかりました。――っ、『封血術』!」

 獣を斬り倒したリンの言葉に頷き、春直は再び網を広げた。それに捕まり身動きが取れなくなる獣がいる一方で、一部のモノはうまく抜け出して仲間たちへと向かって行く。

「そのスピードで、こちらが傷付けられるとでも?」

「ジェイスさん、こっちは任せて!」

「頼んだよ、ユキ」

「うん!」

 一頭の眉間に気の矢を放ったジェイスの声を受け、ユキは封血術で動けなくなった獣たちへ向けて吹雪を放つ。水で創られたそれらは抵抗する術もなく凍り付き、春直とユキがハイタッチした。

「よし、次……あっ」

「しまった!」

 二人の隙を突き、傍を水の獣が駆け抜けて行く。その行き先には晶穂がおり、獣は非力に見える彼女を噛み砕く夢を見てニヤリと笑ったかに見えた。

 しかし、それは考えが甘いというものである。

 ――ドスッ

「あ、危なかった」

 晶穂は咄嗟に取り出した氷華と名付けた矛を正確に獣の口に突っ込み、動きを止めた。獣は水に戻り、足元には水たまりが出来る。それもすぐに、地面に吸いこまれてしまった。

「良い反射神経だったよ、晶穂」

「ありがとうございます、ジェイスさん。普段の鍛錬の成果ですね」

 武術の師であるジェイスに褒められ、晶穂は嬉しそうに微笑む。彼女は神子という特殊な力を持つと共に、武術を会得した非凡な少女だ。戦闘能力は他のメンバーに大きく劣るものの、いざとなれば身を護ることは出来る。

 そんな晶穂を離れた所から見守っていたリンは、最後の一頭を袈裟懸けに斬り倒した。足下の水溜まりが染み込みなくなるのを待ち、ふっと息を吐いた。

「全員、怪我は?」

「擦り傷程度だ。案ずることはないぞ、リン」

「わかりました。行きましょう」

 少し森を荒らしてしまったが、すぐに森が自ら再生するだろう。手荒な歓迎を受け、リンは更なる激戦を予想しながら一歩踏み出した。

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