第515話 待つ人たち
ロイラ砂漠の先、ある場所。イザードは最早見慣れたその光景を眺めつつ、人形遊びに興じるアリーヤと共にいた。
「楽しいか、アリーヤ」
「はい、イザード様。この人形たちは、あたしの言う通りに動くから。……とっても楽しい」
「そうか。よかったな」
「はい」
アリーヤが操る人形は、彼女の魔力によって思い通りに動く。人形の素材は死人であったり、アリーヤによって人形に変えられた生者であったりする。それを気味悪がられ、彼女は両親に捨てられた。傀儡師、と人は呼ぶ。
アリーヤとイザードが出逢ったのは、彼女が自分の力を覚醒させた後である。出会って十年以上が経過したが、アリーヤは未だにイザードに甘えていた。父と娘のように。
「イザード様」
そこへやって来たのは、アリーヤと共に先んじてここへやって来ていた夏姫だった。彼女はぴくりと猫人の耳を動かし、イザードの前に腰を折る。
「計画は、滞りなく進んでいるようでございます」
「そうか」
「はい。ただ、どうやらシエールと葉月は連中に敗れ、何処かへと去った由にございます」
「……」
「探しますか?」
押し黙ってしまったイザードを気遣い、夏姫は尋ねる。
するとイザードは、軽く首を横に振った。
「いや、構わない。彼らは、好敵手と戦うために私に付き従っていてくれたに過ぎない。もしもまだ目的が果たせていないと思うならば、また戻って来るだろう」
「……まあ、わたしたちだけでも充分な戦力ですから。彼らがおらずとも、貴方様の目的を果たしてごらんにいれますわ」
「流石だな、夏姫。アリーヤとゼシアナと、その活躍に期待している」
「お褒めに預かり光栄ですわ。……ですが、弟君は良いのですか?」
芝居がかった仕草でお辞儀をする夏姫は、小首を傾げてそう尋ねる。彼女の傍では、アリーヤも同様に首を傾げていた。
するとイザードは黙した後、ため息と共に言葉を吐き出す。
「あいつは……私とは交わらない運命を持つ気がする。だから、好きにさせる」
「そう、なのですね」
浅く嘆息し、夏姫はその場を辞した。この場にいるのは、イザードとアリーヤだけで良いのだから。
(傀儡を操るアリーヤがいれば、あの場は保たれる。それこそが、わたしたちの布石。……望む世界への第一歩)
細く白い足を大胆に見せるデザインのタイトドレスを着こなした夏姫の姿は、これから戦闘を行うつもりであるとは到底思えない。しかし彼女にとって、シンプルなドレス姿こそが戦闘服だった。
夏姫が向かうのは、洞窟の先。こちらに向かっているはずのゼシアナを出迎え、支度を整えるために歩いている。
ヒールの高い靴では、洞窟という足場の悪い場所を長く歩くことは難しい。そのはずだが、夏姫にとっては慣れたものだ。
「夏姫」
「来たわね、ゼシアナ。お疲れ様」
「ありがとう、夏姫。それにしても、いつ来てもここは美しくも悲しい場所ですね」
「ええ。だからこそ、わたしたちの主が選んだのよ」
洞窟を出れば、そこには鬱蒼とした森が広がっている。砂漠の先にあるとは思えない程豊かな土地であるが故に、存在を知らない者の多い未開の地だ。そして大昔、この地では凄惨な出来事が起こった。
夏姫はゼシアナの薄汚れた歌姫のドレスをはたき、汚れを落としてやる。それから彼女の手を引き、洞窟の中へと戻って行った。
「……」
夏姫とゼシアナの様子を遠くから見ていたジスターは、一つ息を吐く。そして腰掛けていた大木から飛び降り、魔獣を創り出した。
水をまとった獅子は、温度のない舌でジスターの顔を舐める。求めに応じて獅子の首を撫でてやり、ジスターは砂漠へと目を向けた。
「ここで彼らを迎え撃つのが、きっとオレの最後の役割だな」
そう呟くと、さっと軽く腕を振る。すると水の獅子は姿を水へと戻し、近くの池へと吸い込まれていった。
更にジスターは数頭の魔獣を創り出し、森の中に潜ませる。そして自らは再び木の上へと器用に登り、見張りの任を続けることにした。
彼の視線の先には、広大な砂漠が広がっている。何も生きていないのではないか、と錯覚するその景色を見詰めながら、ジスターは難しい顔を崩さずにいた。
その日の午前中、リンたちはアルジャの宿を出た。真っ直ぐに向かうのは、ロイラ砂漠のその先。以前ジェイスを追って辿り着いた光の洞窟の方角だ。
「まさか、もう一度あそこに行くことになるとはね」
「ジェイスさんにとっては、あまり嬉しくはないですよね」
晶穂に尋ねられ、ジェイスは「まあ、そうだね」と苦笑をにじませる。
ジェイスは以前、己の出生の謎を求めてリドアスから姿を消したことがあった。その時彼が向かったのが光の洞窟であり、両親の悲しい運命を知るきっかけとなったのだ。
当時のことを思い出し、克臣も肩を竦める。しかし、手を頭の後ろで組んで楽観的に笑った。
「まっ、今回は鳥人の件とは関係ないだろ」
「そう思っているけど、あそこには花畑があるからな。そっちも心配だ」
「確かにな。あの花畑が見付かっていないと良いが……」
「それを確かめるためにも、洞窟に向かいましょう」
そう意気込むのは、全快したリンだ。その彼に同意するのは唯文たち年少組の面々であり、ユーギとユキに至っては町を出て少し先まで行ってしまっている。
「団長たち、置いてくよ~?」
「兄さん、早く行こう! サーカス団を止めなくちゃ!」
「……だって、リン」
くすくすと笑う晶穂にリンは呆れ顔をしつつ、弟たちに手を振った。
「そこで待ってろ。全員で行かないと、意味がないだろ」
「わかった!」
ユキたちが立ち止まるのを確認し、銀の華の面々は歩き出す。仲間たちの背中を眺め、リンはわずかに疼く右腕をさすった。
(頼むから、もう少しだけ時間をくれ)
「リン?」
「ああ、今行く」
なかなか来ないリンを不思議に思った晶穂が声をかけた。するとリンは目を細め、左手を挙げて応じる。
「……」
彼らの様子を、ジェイスが何となく眺めていた。
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