第514話 道標の正体
翌日、リンはすっきりとした気分で目覚めた。ユキに明け渡した魔力は完全に戻り、怪我も治癒し終わっている。
上半身を起こして窓の外の日の光に目を細め、それから熱を持ったままの左手を見下ろす。手は晶穂と繋いだままであり、彼女はリンの隣で眠っている。
(このまま、眺めていられたら良いんだが……そういうわけにもいかないな)
リンは苦笑をにじませ、そっと晶穂の肩を揺らす。
「晶穂、起きろ。朝だ……」
「んぅ……? ふぁ、リン?」
幼子のように目元をこする晶穂の髪が顔にかかっているのを見て、リンは指でそれを払った。そして、ふっと柔らかく微笑む。
「ああ。おはよ」
「おは……よ……」
ぼんやりと体を起こし、晶穂の瞳がリンを捉える。徐々に青を含んだ目が見開かれ、同様に顔が真っ赤に染まった。
「な、何で」
「待て、照れないでくれ。俺もつられる」
「むっ無理! リンを目の前にしたら昨日の……っ」
「昨日の?」
目を瞬かせたリンに対し、晶穂は急遽毛布を被って丸くなってしまう。わずかに震えている塊を唖然と見ていたリンだが、ふと晶穂が何を恥ずかしがっているのか察してしまった。彼女が昨日、自分に対して何をしたのか。
(かわいい照れ方するなばか!)
柄にもなく叫びそうになるのをぐっと堪え、リンは額に手をあてて息をついた。落ち着け、と自分を律するがうまくいかない。
「……はぁ。無理だ」
「リン?」
ため息をつくリンに、晶穂はそろそろと布団から這い出して首を傾げた。するとリンが真剣な顔をして、彼女を至近距離で見詰める。
「はっきりさせたいから、訊いても良いか?」
「何、を……」
晶穂は目を離せなくなり、ごくりと喉を鳴らす。彼女の瞳が潤み始めた時、リンは胸の中の確信めいた疑問をぶつけた。
「俺がユキに魔力を渡してから最初に目覚めるまでに、俺のここに触れたか?」
ここ、と言いながら、リンの指は彼の唇に触れている。
晶穂の目は吸い寄せられるようにリンの指が示す場所を見詰め、控えめに頷いた。恥ずかしさが様々なものを上回り、布団を握る手に力が入る。
「……うん」
「そう、か」
「……」
「……っ」
黙ってしまったリンに対し、晶穂は内心焦りを覚えた。何か言わなければとは思うが、謝るのも違う気がして黙るしかない。
しかし晶穂が口を開くよりも早く、リンはそっと彼女の頬に触れた。顔を上げた晶穂と目を合わせ、愛しげに目を細める。
「俺は、そのお蔭で戻って来られた。晶穂の力が
「リン。わたしこそ、戻って来てくれて……ありがとう」
「わっ」
ガッタンと大きな音がして、リンは晶穂に押し倒されていた。正しくは、抱き付かれてその勢いに負けてベッドに倒れ込んでしまったのだ。
自分が押し倒してしまったという恥ずかしさと焦燥で、晶穂は混乱しながらも体を起こそうとした。
「ごめんなさいっ。すぐに退くか……きゃっ」
「……いい、このままで」
「――っ、はい」
リンは晶穂を抱き寄せ、安堵の息をつく。体が密着することで、体温を感じる。きちんと現世に戻って来たのだ、と実感が湧く。
「あの、リン。……あ」
――きゅうぅ
しばし互いの体温を感じていた二人だったが、晶穂の空腹を告げる音で現実に引き戻されてしまう。
「――くくっ」
恥ずかしさに真っ赤になってしまう晶穂が可愛くて、リンは笑いが込み上がるのを止められない。肩を震わせ、何とか大笑いするのは避けた。
晶穂はといえば、腹を鳴らした恥ずかしさから逃れようと体を起こして立ち上がる。振り返り、笑うのを我慢するリンから掛け布団を奪い取った。
「ほ、ほら、もう起きないと! きっと、みんな待ってるから」
「そうだな、行こうか」
素直に応じたリンは、ゆっくりと足を床に降ろした。昨日は立つのも億劫だったが、今朝は何ともない。ほっとして、おかゆの入っていた器とお盆を持って行こうとする晶穂に目を向けた。
「晶穂」
「どうしたの? リン」
「……ずっと傍にいてくれて、ありがとな」
「わたしこそ、だよ。リンの傍にいさせてくれて、ありがとう」
「ああ」
先に行くね、と晶穂がドアの向こうに消える。彼女を見送り、リンは寝間着を脱いで身支度を整えた。
「もう良いのかい、リン」
「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
「心配するのが俺らの特権だからな、気にするな」
宿の食堂に行くと、ジェイスと克臣がリンを迎えた。彼らは既に朝食を食べ終えており、食器のないテーブルの上にはソディリスラの地図が広げられている。よく見れば、ヒュートラからロイラ砂漠へ行く道筋が書かれていた。
「ロイラ砂漠への道、もう目星をつけて下さったんですね」
「ああ、一応ね。道が舗装されているわけではないようだけど、宿の人に訊いたら道はあるってさ」
「とりあえず、お前は朝飯食え。全員揃ったら、出発するからな」
「はい」
克臣に追い払われ、リンは受付でメニューを選び受け取った。真面に一日食べていないために空腹ではあったが、たまごホットサンドとサラダ、そして紅茶を選んだ。
トレイの上に乗せたそれらをジェイスたちの横に置き、早速手を合わせた。
「ユキたちはまだ寝ているんですか?」
「もうそろそろ起きて来るはずだ。早起きはすると言っていたからね」
「だな。……それはそうと、リン」
「はい?」
サンドウィッチを食べる合間に紅茶を口に運んでいたリンは、ふと手を止めて克臣を見る。きょとんとする弟分に、克臣はニヤリと笑ってみせた。
「晶穂となんかあったのか?」
「――っ、ごほっ」
克臣の問いに対し、リンはカッと赤面して次いで咳き込んだ。飲みかけていた紅茶が変な所に入ったらしい。コップを置いて涙目になるリンに、克臣は悪戯を成功させた子どもの目を向けた。
「あーあー、零すぞ」
「急にそんなこと言うからですよ、克臣さん!?」
「そんなことって何だよ、リン?」
「ぐっ……」
「はいはい、からかうのはそれくらいで」
答えに窮したリンを助けるべく、ジェイスが二人の間に入る。
「克臣、リンをからかい過ぎだ。見守っていてやればいいだろう?」
「こいつもそうだけど、晶穂も反応が面白くてな。ついついやり過ぎる」
「自覚はあるのか……」
呆れた、とジェイスは苦笑いを浮かべた。そして食器の片付けを終えてたまごサラダのコッペパンサンドを持って来た晶穂も加え、四人で旅路の確認を始める。
「おはよ~」
「おはようございます」
「おはよう、兄さんたち。もう大丈夫?」
「おはようございます。すみません、遅れました!」
やがて年少組も合流し、にわかに騒がしくなる。
全員が朝食を終えたのは、午前八時前だった。
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