第512話 王子様の目を覚ます方法

 眩しい光が射す。リンは顔をしかめ、ゆるゆると意識を浮上させた。まだ覚醒していないためか瞼は重いが、腕の中に何かがある。

(温かくて、安心する。……そうか、戻って来られたのか)

 死の瀬戸際にありながらも生還したことに安堵しつつ、リンは腕の中の何かを抱き寄せる。その瞬間、前方から「きゃっ」という小さな悲鳴が聞こえた。

「んっ? …………えぇっ!?」

 悲鳴の主に覚えがあり、リンの意識は一気に覚醒する。瞼を上げ、目の前に真っ赤な晶穂の顔を見た時、リンは彼女を腕から解放すると共に飛び起きて叫んだ。

 リンの声を聞きつけ、部屋の外に幾つもの足音が集まって来る。そして制する間もなく、扉が開けられた。

「――ッ、兄さん!」

「ユキ!? お前もうだいじょ……ぐっ」

「それはぼくの台詞だからね!? 目覚めてくれてよかったよーーー!」

 ユキに抱き付かれ、、リンは目を丸くする。助けを求めてユキと共に入って来た兄貴分たちを見るが、得られない。それどころか、彼らは顔を見合わせて笑っている。

「ちょ、ジェイスさんも克臣さんも助け……」

「諦めろ、リン」

「ユキがどれだけ泣いてたか、知らないだろう? それに、この子たちもね」

 ジェイスに「この子たち」と言われたのは、年少組三人だ。普段クールな唯文さえ目を赤くしていることに気付き、リンは肩を竦めて微笑んだ。弟に抱き付かれている手前、きまりは悪い。

「……ごめん、心配かけた。もう、大丈夫だ」

「だ、団長っ」

「どれだけ心配したと思ってるんだよ! 本当に、死んじゃったかと思っただろう!?」

「……お帰りなさい、団長」

 ユキと共にリンに抱き付く春直とユーギ、そして迷った挙句にその場で泣きそうな顔で笑う唯文。

 三人に抱き付かれ、リンは彼らの頭をかわるがわる撫でた。そして、何度もごめんとありがとうを繰り返す。

 一方晶穂は六人が突入して来た直前に体を起こし、そっとリンのベッドの端に腰を下ろしていた。そして、リンを中心とした様子を眺めて目を細めている。

 胸に手を当てれば、未だ心臓が暴走している。顔の熱も引かず、頬を両手で挟んでみるが状況は変わらない。

(ど、どうしよう!? り、リンの添い寝してたのは事実だし、やましいことは何もなくて、一緒の布団で眠った事自体は初めてじゃないけど……けど!)

 実はリンよりも先に目覚め、そっと彼の腕から抜け出そうとしていた晶穂。しかし突然腕を引かれ、悲鳴を上げて戻ってしまった。そこから動けずに身を縮こまらせていたところ、リンが覚醒したのである。

 一人頭を抱えていた晶穂だが、何度か深呼吸を繰り返すことである程度は落ち着いていく。しかし晶穂の努力は、後でより多く必要になってしまうのだが。

 同じ時、リンも弟たちの拘束からようやく逃れることが出来た。部屋にあった四人掛けのソファに年少組を座らせ、彼らはようやく落ち着きを取り戻す。

 そこで気になるのは、自分が何処にいるのかということだ。ユキたちの涙で濡れてしまった寝間着に苦笑したリンは、様子を見守っていたジェイスへと顔を向けた。

「あの、ジェイスさん。俺はどうなったんですか? それにここは……」

「ここは、ヒュートラじゃないんだ。アルジャの宿の一つだよ。リンはユキに魔力を貸したことで力を失って倒れたんだ。……全く、あの時は大変だったよ」

「確かに。ユキもユーギも春直も唯文も泣いてるし、晶穂はリンから離れないし。どうしたもんかって天を仰ぎそうになったもんな」

 遠い目をするジェイスと、笑うしかないといった様子の克臣。二人はリンの求めに応じ、その時何があったのかを話してくれた。


「こりゃあ、派手にやったな」

「氷の花……。ユキの魔力だろうけど、これは」

 克臣とジェイスがサーカステント前での戦闘を終えてやって来た時、既に氷の花が咲き誇っていた。遠くから見ても甚大な魔力の爆発があったと察していたが、と二人は顔を見合わせる。

「とりあえず、リンたちのところに行こう。話はそれからだ」

「だな。……っと、あれか?」

 克臣が指差した先にあったのは、氷の花の中心部。そこに人だかりを見付け、二人はそこへと向かった。

「……何があったんだ?」

「みんな、どうした?」

 辿り着いてみれば、事態は異様だった。克臣が問えど、年少組はしゃくり上げるばかりでまともに答えることが出来ない。

 困り切った克臣とジェイスの目に映ったのは、倒れたリンと彼を抱き寄せる晶穂、そしてリンの手を握って泣くユキの姿だ。

 ジェイスはユキの顔を両手で挟んで自分の方に向けさせ、目を合わせた。

「ジェイスさん、克臣さ……っ」

「ユキ、何があった? ……いや、一つずつ訊こうか。この氷の花はユキの力かい?」

「そう、です。……でも、兄さんの力がなかったら出来ませんでした」

「その兄さんは、何故起きないのかな……?」

「ぼくに……ひっく……魔力を貸すから、イザードの毒を体から追い払えって、言って。毒はなくなった、けど……兄さんが目覚めなくてっ」

「……。克臣、どうだ?」

 声をかけられた克臣は、晶穂からリンを預かっていた。自分にリンの体を預けさせ、彼の額に手をあてている。ちなみに、晶穂はぎゅっとリンの手を離さない。もう一方はユキが掴んでいる。

 克臣はジェイスを見上げ、眉間にしわを寄せた。何度か口を開きかけてはやめ、言葉を探して口にする。

「俺は魔力を持たないから、きちんとはわからない。だけど、魔力の波動みたいな熱が一切感じられない。これって、どういうことだ?」

「見せて」

「頼む」

 いつになく真剣な表情の克臣に頷き、ジェイスはそっとリンの額に触れた。目を閉じて、リンの魔力を探る。

 魔種にとって、魔力はその量に関わらず生命維持のためにも大切なものだ。何らかの要因で全てを失えば、死んでしまう可能性もある。

 一刻を争う状況で、ジェイスはリンの中にわずかに残っていた魔力の火種を探り当てた。触れれば消えそうな灯火に、ジェイスは希望を賭ける。

「ユキ、晶穂。力を貸してくれ」

「ぐずっ……うん!」

「はい」

「よし。ユキはリンに借りた分の魔力を返すつもりで、晶穂には神子の力を借りるよ。私の手を握って。目を閉じて、力をリンへと流し込むイメージを描いて欲しい。……リンを死なせるものか」

 切望が言葉として漏れる。ジェイスは二人の手を取ると、彼女らの手を通じてリンの中へと手を伸ばす。心の奥底で消えそうな火を捉え、三人分の魔力を注ぎ込む。

 すると三人の体が光を発し、その光はリンの中へと溶け込んでいく。淡い光はオレンジ色の輝き、克臣たち魔力を持たない者たちの目にも鮮やかに映った。

「綺麗……」

 涙を拭い、春直が呟く。唯文とユーギも同意の意を持って頷き、じっと光の行方を見守った。

 やがて光はリンの胸元に消え、三人は瞼を上げた。


「……それからリンの呼吸が安定したことを確認して、移動したんだ。リンは克臣に背負ってもらって、アルジャまで」

「そういうこと。ユキと晶穂は魔力を消費したし、俺たちも戦いの疲れがあったしな。宿の部屋は三つしか取れなかったから、俺とジェイス、年少組、それからお前たちっていう部屋割りにしたんだ」

 こともなげに話す克臣。リンはただただ耳を傾けていたが、部屋割りを聞いた瞬間、言葉を失いかけた。今、克臣は何と言った。

「え、ということは……」

「……」

 リンの視線の先には、林檎のように真っ赤な顔を伏せた晶穂の姿がある。彼女の態度が意味することを正確に汲み取り、リンはドクンと心臓が跳ねるのを感じた。

「私たちの魔力で補完したとはいえ、リンは一命を取り留めたに過ぎなかった。だから私から頼んで、晶穂にはリンと一緒にいてもらったんだ。神子の力を持つ晶穂が傍にいれば、緩やかにでもリン自身の魔力が回復すると見込んでね」

「――っ、だからって」

「嫌じゃないだろう? リン」

「……っ」

 図星を指され、リンは顔を赤らめたまま答えに窮する。しかし、その態度そのものが明確な答えだった。

 リンが何も言えないことで全てを察したジェイスは、柔らかく目元を和ませる。そしてよりリンを追い込もうと克臣が口を開くよりも先に、話題を転換させた。

「目覚めたばかりで悪いけど、リン。私たちはサーカス団を追わなければいけない。今はヒュートラだけだが、あれだけの影響力を持つ魔力が彼らにはある。いつソディール全域を覆い尽くすか、わからない」

「……サーカス団の行き先には、あてがあります」

「あて?」

「どういうことだい、リン?」

 晶穂とジェイスに問われ、リンは眠っている間に夢でレオラと会ったことを告げた。そして、目指すべき場所は彼が教えてくれたのだと説明する。

「向かうべきは、ロイラ砂漠の先。――光の洞窟です」

 リンの言葉に、全員の表情が変わった。


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