第510話 魔力の貸し
リンは葉月がその場を去る足音を聞きながら、ユキのもとへ向かうために翼を広げた。魔力の消費が激しいが、ひとっ飛びするくらいならば問題ない。
「ユキ!」
「に……さ……っ」
「喋らなくて良い。体の中の、イザードたちの魔力に勝て!」
「――っ、あぁっ」
ユキの傍らに下り立ち、リンは弟の体を抱き締める。悲鳴を上げわななくユキを支えたまま、リンの視線は氷柱の下へと注がれた。
現在、氷柱で区切られた区画の外側には、銀の華のメンバーが倒していない操られた魔種が数え切れない程押し寄せていた。その中には大人も子どもも混じっており、人とは思えない唸り声が響いている。
その群衆の中、聞き馴染みのある声や魔力が感じられた。砂煙が上がり、何人もの魔種が吹き飛ばされる。晶穂たちが確かにそこで戦っているのだ。
リンの気持ちは逸るが、同時に彼らならば大丈夫だという信頼もある。
(早く、彼らを魔力の支配から解放しないと。あの町は壊滅してしまう)
今のところ、操られている人々の狙いは銀の華のメンバーに限定されている。しかし、自分たちがここを離れたらどうなるのか。リンはそれを考え、血の気が引く感覚を覚えた。
魔種である彼らが仮に町の獣人や人間たちを襲い始めたとすると、このヒュートラは終わるかもしれない。人間は勿論、獣人も基本的には魔力を持たない。多種多様な魔力を有する魔種は、ソディールにおいて戦闘で他の種族に負ける要素が無いのだ。
勿論、それぞれの力の差はある。魔種の子どもよりも大人の獣人の方が強いのは自明の理だ。
人間と魔種と獣人。それぞれの種族がぶつかり合いを経て共に暮らす現在を、サーカス団は壊そうとしている。そう思い当たり、リンはユキを抱き締める腕に力を籠めた。
まずは、ここに集まっている魔種たちをどうにかしなければならない。イザードたちの行方を追うためには、ここで立ち止まっている暇はないのだ。
リンは数回深呼吸すると、ある決意をもってユキに語り掛けた。
「……ユキ、聞こえるか?」
「う、ん」
「よし。これから、俺の魔力をお前に貸す。それも加えて、イザードたちの魔力を打ち消せ」
「でも、そんなことしたら兄さんが……」
ぎゅっと瞼を閉じていたユキが、眉間にしわを寄せて目を開けた。そこに不安の色を見付け、リンは苦笑する。
「こんな時にまで、他人の心配か? 貸すって言っただろ? 回復したら、俺に返してくれれば良い」
「わか……った。兄さんの気持ち、絶対、無駄にしないから」
「おう」
本人の了承を得て、リンはユキと手のひらを合わせた。お互い目を閉じ、呼吸をシンクロさせる。それが成った時、リンは強く念じた。
(ユキを、勝たせる。俺の魔力、ユキへ届け!)
稚拙な言葉だ。しかし、だからこそ思いは伝わる。
リンの体が淡い青に輝き、その光が手を通じてユキへと移動していく。ユキの体が彼自身の水色の光と青い光に包まれ、やがてその光は消えてしまった。
「これなら、いけるかも」
ユキは体の力が戻ったことに気付き、自分を抱き締めてくれている兄を抱き締め返した。そして、リンの耳に囁く。
「兄さん、僕出来るよ。……捉まってて」
「……わかった。全力でやれ」
「うんっ」
兄の鼓舞を受け、ユキは深く息を吸い込む。そして己の体を巡る異物を外に出すため、リンと自分の魔力を合わせて内側から弾き出すように解放した。
「――『
ユキとリンを中心に大きな氷の花が咲き、光の粒が氷の粒と共に輝きながら飛散する。氷はどんどんと拡大し、光も湧き上がって止まらない。
いつしか氷の花は氷柱で区切られた枠を打ち砕き、外で暴れる魔種たちを上から包み込むように花びらを伸ばしていた。
しかし無差別に人々を呑み込もうとする花びらから逃れようと、精一杯の抵抗を試みる者たちもいる。本来氷漬けにされるべきでない晶穂たちだ。
「うわっ!?」
「唯文兄、こっち!」
「ユーギも走って!」
「――っ、凄い魔力。これ、わたしたちの出る幕ないね」
氷と光の花が大きく開いたことで、その下にいた魔種たちは全員凍結した。ユキとリンの魔力が合わさったからこそのなせる業だが、魔種たちの体は半透明の光の膜に覆われており、凍傷は免れている。
春直に呼ばれ、晶穂たち三人はなんとか花の追撃から逃れた。ほっと息をついて見渡せば、透明な氷の花が咲き誇っている。花の中心には、氷山兄弟の姿があった。
晶穂はしばらく離れ離れだったリンたちの無事を遠目で確認し、胸を撫で下ろす。
「これで、一安心かな」
「元を絶っていませんから、一安心とまでは。でも、次の段階へは進めますね」
「唯文兄、現実的過ぎ! ようやく集まれたんだから、それを喜ぼうよ」
「痛っ」
どんっとユーギに横から体当たりされ、唯文は顔をしかめる。そんな唯文の反応を面白がり、ユーギはわざともう一度突進した。
「ユーギ、気を緩ませ過ぎだよ」
「こいつはこれくらいで丁度良いよ、春直」
ユーギの頭を掴み、唯文は突進を止めた。ぐるぐると手を回して抵抗しようとするユーギだが、身長の差が災いして唯文には届かない。
おろおろする春直と、苦笑しながらユーギを寄せ付けない唯文。晶穂から見れば、二人もまた、一息ついてほっとしているのだとわかる。
「今のうちに、ジェイスさんと克臣さんとも合流しないとね。まずは、リンとユキを迎えに行こう」
「「はい」」
「うん」
自分の言葉に頷いた少年たち三人と共に、晶穂は滑りやすい氷の上を慎重に進む。スケートリンクのようなそれだが、結果として誰一人滑り転ぶことはなかった。リンの光の魔力が四人の進む道を作り、導いたのである。
その道を辿り、晶穂は自分が少しずつ速足になっていることに気が付いた。いつしか歩いていた足は駆け足となり、ダッシュで目的地へと向かう。
(何だろう? 凄く、嫌な予感がする)
再会の緊張感が、別の何かとすり替わっていく。晶穂は己の予感を否定しながら、そっと足を止めた。
目の前には、リンを抱き締めるユキの姿がある。その震える背中に、晶穂は声をかけた。声の震えを抑え、出来るだけ穏やかに。
「ユキ、お疲れ様」
「……っ、あ。晶穂、さん」
「凄かったよ、二人の合体技。……どうして、泣いてるの?」
「あき、ほさ……っ。に、兄さんが」
振り返ったユキの目は充血し、大粒の涙がぼろぼろと落ちていく。涙はユキの服を濡らし、抱き締めるリンの髪を濡らした。
「―――」
嫌な予感が的中したとわかり、晶穂は立ち竦む。
「晶穂さん?」
「どうかしたの?」
「……ユキ? 何で泣いてるの? 何処か、痛い?」
動かない彼女を心配し、後から来ていた唯文たちも駆け足で合流した。しかしユキが泣いているのを見て、三人共狼狽する。
いの一番に春直がユキの傍にしゃがみ、目元を拭った。
「どうしたの、ユキ。……団長、どうかした?」
「はる、なおぉぉぉっ」
「え、え、え!?」
号泣し始めてしまったユキを持て余し、春直は晶穂に救いを求めて顔を上げた。その額に、冷たい雫が落ちる。
「晶穂、さん?」
「……ごめん、立ってられないや」
「晶穂さん!?」
へたりこんでしまった晶穂に、春直は驚き腰を浮かせる。後ろにいた唯文とユーギも、おろおろと手を彷徨わせた。
「晶穂さん……」
「――っ、ユキ! 何がどうなってんだよ!」
「兄さんのッ……兄さんの魔力の気配が消えたんだ!」
「「「え……?」」」
ユキの叫びに、唯文たち三人の顔は蒼白になった。
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