傷付けずに倒せ

第507話 人々の群れ

 パラパラ、とテントの残骸から何かが剥がれ落ちた。それが支柱となっていた鉄の棒だとは、最早思えない。

 克臣は砂埃に巻かれて一つ咳き込むと、煙の中の人物に向かって「おい」と呼び掛けた。

「流石にやり過ぎだ。テントまで焦がして……これで何で怪我人も死人も出ないのか、不思議でならないんだが?」

「一応、手加減はしたんだけどな。大丈夫か、克臣?」

「俺はしぶといんでな。まあ、何にせよ助かった」

「ふふっ。そりゃどうも」

 一際大きな砂煙の中から現れたのは、白髪に黄色の目をしたジェイスだった。魔力を行使していた時のそれぞれの色は、跡形もなく消えている。

 ジェイスは軽く服についた砂を落とすと、ある方向へ向かって歩き出す。克臣も彼に続き、そして横で膝を付いた。

「……うん、息はしてる。気絶したな」

「動けなくしないと、シエールは何処までも追って来そうだからね。しばらく、ここで寝ていてくれると助かるんだけど」

「ま、あれだけの実力者なら大丈夫だろ。俺たちも、リンのところへ急ごう」

「ああ」

 克臣にせっつかれ、ジェイスは向かうべき方向へ足を向けた。しかしすぐに振り返ると、シエールの頭上で手のひらを開く。

 すると、砂埃を防ぐベールのようなものがシエールを包み込んだ。満足げに「よし」と呟くと、ジェイスは克臣を追って行った。


「……敵なんかに、情けをかけやがって」

 シエールは閉じていた瞼を上げ、苦笑する。

 彼は気絶したふりをしていたのだ。ジェイスと克臣が自分に背を向けた瞬間に再度襲うつもりだったが、動く隙さえ与えられなかった。

(砂埃から守ると共に、オレが一定距離以上は動けないようにしてやがる)

「はぁ、だっせぇ」

 その場に大の字に寝転がり、シエールは自嘲気味に笑った。

 少なくとも、ジェイスが魔力を解除しなければ動けない。解除される頃には、計画の前半は終わっていることだろう。

(……さあ、お前らはあの方の目的を全て潰せるか?)

 昼寝を決め込み、シエールはそのまま目を閉じた。




 少し時間を巻き戻す。リンはユキと共に、ヒュートラ全体へ響き渡るゼシアナの歌声を聴いていた。

 二人がいるのは、ヒュートラの郊外。サーカスのテントからは五キロは離れた場所にある、寂れ切った住居跡だ。

「室内に入れば、歌声を少しは遮断出来ると思ったんだけどな……。ユキ、耳を塞いでおけよ」

「……っ」

 コクッと頷いたユキは、更に手のひらを耳に強く押し付ける。歌声が響き始めてから、少しユキの顔色は悪くなっていた。

(ユキ、耐えてくれ)

 自分も顔をしかめながら、リンはユキの両耳と手を自分の手のひらで覆う。耳栓を持って来ても良かったのだろうが、肝心な時に仲間の声が聞こえなければ意味がない。

(……体の中に、得体の知れない何かが入ろうともがいてる感じがする。気を張っていなかったら、気付かずに付け入られてしまいそうだな)

 姿形はないが、歌声という媒体に乗っかったが魔種へと影響を及ぼしていることが身を持って感じられていた。リンは神経を研ぎ澄ませ、自らとユキを覆う光の壁を構築する。ある程度の魔力であれば、これだけで遮断することは可能だ。

(ジェイスさん、克臣さん、ユーギ、春直、唯文……晶穂。全員、無事ていてくれ)

 魔種であるがため、リンはユキと共に前線へ出ることを諦めた。しかし今は、仲間と共に戦えないことへの不甲斐なさがにじむ。

 己を責めかけた時、リンの手にユキの体温が蘇った。考え事に集中し過ぎて、弟に手を引っ張られていたことに気付かなかったのだ。

 リンがユキを見るため下を向くと、ユキは手を耳から外して窓の外を指差した。

「兄さん、見て!」

「どうかしたのか、ユ……っ」

 ユキが指した方を見て、リンは息を呑む。そこには、町からやって来たらしい魔種の群れがこちらへ走って来る光景だった。

「あれだけの人々が、サーカスの手に堕ちたのか!?」

「兄さん!」

「ああ、行くぞ!」

 リンとユキはあばら屋の壁を蹴り抜くと、魔種のただ中へと突っ込んだ。

「だああっ!」

 魔種の中、突然氷の花が咲く。その中心にいるユキは、花びらを幾重にも重ねる。そうすることで魔種たちの足をその場に留め置き、余計な動きを制限したのだ。

 ユキの思惑通り、花びらに触れた者たちが動きを止めていく。凍傷を起こさせることは本意ではないため、氷の温度は調節済みだ。

(それでも、長く触れていてほしくはないんだけど)

 ユキは花の中央から跳ぶと、花びらの外側へと着地する。そして花の方を振り返ると、大きく腕をを広げた。

「凍れし花よ、籠となれ!」

 ――パキンッ

 ユキが唱えた瞬間、花びらが幾重にもわかれて伸びた。伸びた氷は上部で交わり合い、結ばれる。そうすることで、花びらに捕まっていた魔種たちを全て籠の中に入れることに成功した。

「よし!」

「やあっ」

 ユキがガッツポーズを決めた時、彼の後ろではリンが杖を振り回していた。

 大抵の戦いではより得意な剣で戦うリンだが、今回は操られているとはいえ一般人が相手だ。より傷付ける心配の少ない魔力行使の方が良いだろう、と考えたのである。

「光の帯、人々を捕らえろ!」

 リンの詠唱と同時に杖の天辺から帯状の淡く輝く光が生み出され、それらは杖をグンッと振ることで飛んで行く。飛んだ先で、光は魔種たちを包み込んでその場に固定された。一度に放たれる光の帯は五本。

 帯一本で十人程の魔種を捕らえ、捕縛していく。

「ユキ、怪我は?」

「怪我はしてないよ。兄さんは?」

「俺も大丈夫。……晶穂たちが来る前に、この辺りを掃除するぞ」

「了解!」

 動くことで気分が変わったのか、ユキはゼシアナの歌を聴いたにもかかわらず元気だった。リンの合図を受け、今度は巨大な細い氷柱を宙から落下させていく。

 落下した氷柱は檻を創り出し、何十人もの魔種を閉じ込めた。

「一丁上がり!」

「くっ……。そんなもので、諦めるものか!」

 一方リンは、炎を操る男と対峙していた。

 男が幾つもの火の玉をリンに向かって投げ、リンはそれらを杖から剣に切り換えて斬り飛ばしていく。そして攻撃の合間を突いて、男の後ろから石突で急所を突いた。男は「ぐっ」と呻いて倒れ伏す。

「……はぁ」

 男が倒れ、リンはようやく深く息を吸い込んだ。

 これで一安心かと思いきや、強い魔力の気配を感じて森の方角を振り返った。

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