第506話 誓いを守る

 二つの刃が交わろうとしたまさにその時、鋭い呼び声とドカッという音が二人の動きを止めた。

「ジェイス!」

「……克臣」

「あいつ、か」

 チッと舌打ちしたシエールが跳び退き、トントンッとその場で数回跳ぶ。

 シエールに注意を向けながら、ジェイスは克臣に目を向けた。その時、克臣は自分が先程蹴り飛ばした魔種の青年を警戒しつつ別の魔種の相手をしていた。

「克臣、子どもたちは?」

「あいつらは先に行かせた。リンの方が、きっとヤバいだろ」

「流石」

 ニヤッと笑うと、ジェイスは残った動ける魔種の相手を克臣に一任することにする。背合わせになった親友に、ジェイスは一言「頼む」と呟く。

「任せろ。お前は、そいつを戦闘不能にしてやれ。それくらいの時間、ももつだろ」

「了解」

 克臣の言う「あいつ」とは、ここにはいない弟分のことだ。彼ならば、必ず持ち堪える。そう信じているのは、克臣だけではない。

 ジェイスはフッと息を吐くと、視線をシエールへと戻す。

 シエールはといえば、軽くジャブして戦う態勢を整え直していた。彼はジェイスの視線に気付き、不敵に微笑む。

「ようやくか。死ぬ覚悟は出来たか?」

「悪いけど、私は死なないし誰も殺しはしない。これは、誓いだ」

「笑止――」

 シエールの姿がかき消えたかと思うと、ジェイスは頭上へと目を向けた。そこには跳び上がったシエールがおり、自慢の爪を大きく広げて振り下ろす。

「死ねや!」

「嫌だね!」

 ギンッと金属音が散って火花が生まれると、上を取ったシエールの爪とジェイスのナイフが力を拮抗させていた。互いに譲らず、押し合いが続く。

 しかし、上を取ったシエールの方に若干の有利がある。体勢を変え、ジェイスの腕の上に足を置く。グググッと体重をかければ、ジェイスの顔に汗がにじみ、苦しげな表情が浮かんだ。

 シエールにとって、戦う相手の苦渋に歪んだ顔は最も愉快なものの一つだ。それが今目の前にあり、彼にとっての褒美に違いない。

「良いな、お前。歪ませろよ。その綺麗な顔、絶望に染めてやる」

「その性癖、辞めた方が良いと、私は思うけどね」

「ふん。喋る余裕があるのも今のうちだ」

 苦痛に顔を歪ませながらも、ジェイスは余裕を失わない。シエールに煽られても、動じることなく己のペースで全てを決める。

 シエールの全体重を直接受け止める腕はぷるぷると震え、徐々に支えきれなくなっていく。痺れを感じ、ジェイスは耐えることを止めた。

 腕を引き、シエールを落とす。そして追撃に備えて痺れる手で陣を描き、予想通りにシエールの爪から身を護った。

「――ちっ」

 舌打ちと共に身を翻したシエールは、鋭い蹴りを放った。蹴りはそれを予測していたジェイスの交差した腕が阻み、腕を解くと同時にジェイスがカウンターを放つ。

 しかしジェイスが蹴りからのダメージを最小限に留めたように、シエールもまた、指を揃えることでガードを作り出し、滑らせるように身を護る。

「なかなか、やるね」

「言われるまでもねぇ」

 互いの力量を認めながらも、力加減は一切しない。

 シエールが跳び、ジェイスが護って反撃に転ずる。その反対もまた然り。

 その攻防は一時間にも及び、町中に散らばっていた操られた魔種たちが集まって来る。そちらの相手をするのは、克臣の仕事だ。

(全く、手間がかかるぜ!)

 克臣は内心文句を言いつつも、軽やかにステップを踏んで魔種へと拳を叩き込む。数メートル飛んで気に背中を打ち付け気絶したのを確かめる暇なく、次に背後から放たれた水流を斬り捨てた。

 決して致命傷を与えてはならないという縛りがあるがため、技の切れ味は多少鈍る。本来ならば決して魔力を攻撃に使わないであろう子どもや老人までもが、銀の華の敵となっていた。克臣たちにとってそれが口惜しく、辛い。

(リンをここに残さずにいて正解だったな。実は繊細なあいつのことだ。俺の状況になったら手も足も出なくなっちまうだろうよ)

 克臣は微苦笑を漏らし、向かって来た子どもの急所を突いて気絶させた。出来る限り傷付けないようにと気を付けているが、何の罪も関係もない人々と戦うのは気持ちが良くない。

 それでも戦い続けるのは、克臣に護りたいものがあるからだ。大切なものを護るために必要な戦いだと理解し、最小限の力で全てを終わらせていく。

「……もう一回、やっとくか」

 ジェイスに向かって炎を放った女の魔種の魔力を斬り、克臣は大剣を正面に構えた。誰一人、ジェイスの邪魔をさせるわけにはいかない。その一心で、克臣は集まりつつあるゾンビのような魔種を一掃する技を解き放った。

「――竜閃!」

 大きく大剣を振り上げ、光に包まれた刃を言葉と共に振り下ろす。

 光は竜となり、地面を縦横無尽に駆けて行く。声もなく唸り声を上げた黄金の竜は斬撃となり、魔種たちを喰らいながら突き進んだ。

 やがて斬撃の竜が消えると、周囲一キロにいた魔種が全てその場に倒れてしまう。『竜閃』は斬撃を竜の形にする技だが、斬撃を受けても怪我をしないという大きな特徴を持つ。そのため、気絶した魔種たちに外傷はない。

 一気に数十人の魔種を戦闘不能にしたことで、その範囲よりも外にいた魔種の気配が遠退く。彼らを操る誰かが、克臣たちから距離を取る様指示したのかもしれない。

「克臣、助かった!」

 克臣が一息ついた時、背後から声がかかる。振り向くと、ジェイスが顔をしかめつつも微笑んでいた。

「そっちもさっさと片付けろ。本当に向かうべき場所は、きっと全然違う場所だ」

「……ああ、善慮する」

 ジェイスはトンッと軽い動作でシエールから距離を取ると、ナイフや矢を全て空気の中身戻し、新たに手のひらの中に魔力の塊を創り出した。塊は徐々に大きく膨らみ、手のひらから溢れんばかりの大きさまで成長する。

 塊にはマーブル模様が流れるように移動しており、少しずつその模様の感覚が狭まっていく。ジェイスの行為の意味を図りかね、シエールは距離を取ってタイミングを見計らっていた。

 その時間が、己の致命傷になっていると気付かずに。

「さあ、チェックメイトだ」

 ジェイスの瞳が黄金に輝き、白髪が銀色に色を変える。その瞬間、彼の中に眠る魔力が爆発的に増加し、手のひらに乗った塊の回るスピードが顕著に変わった。

「――ハッ!」

 気合と共に、塊が前に押し出される。

 ジェイスの力が凝縮されたそれは、勢い良く空中を駆け抜ける。そして、シエールが蹴りを入れようとした瞬間に爆発した。

 ――ドンッ

 地面を揺らす程の魔力の爆発が起こった後、立っていたのは二人だけだった。

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