第505話 気の剣と爪

 一方、テントの外。晶穂は中から聞こえて来る騒音に対して警戒しつつ、ジェイスと共に待機していた。

 しかし、ただ待っていたわけではない。

 ――タンッ

「晶穂、そっちは?」

「はい。大丈夫です」

 ジェイスに尋ねられ、晶穂は手元の縄の具合を確かめて頷いた。

 歌が始まった直後、二人はサーカスの団員や操られた魔種の人々に囲まれた。ざっと数えて二十人にも及ぶ敵に対し、無抵抗で捕縛されるわけにはいかない。

 ジェイスの指示を受けながら、晶穂も敵の攻撃を躱し隙を見て転倒させた。彼女のシールドに真正面からぶつかり、跳ね飛ばされた者もいる。

 そうやって戦闘不能になった者たちを近くの木の幹に縛り付け、動けないよう固定した。全体の三分の二をジェイスが倒し、晶穂が拘束しやすいように空気の輪で捕らえておく。

「流石ですね、ジェイスさん」

「まあ、色々な悪人と渡り合ってきたから。あ、晶穂。そこは結び方を変えると良いよ。……こうやって」

「成程」

 堅結びのやり方を教わり、晶穂は感心して頷く。この結び方であれば、少しくらい暴れても解けることはない。少なくとも、晶穂たちがこの場を去るまでは。

 パンパンッとジェイスが手をはたく。

「これで掃除は完了……であれば良かったんだけどな」

「残念ながら、そうはいかねぇ」

「貴方は、シエール」

「ご名答」

 晶穂とジェイスの前に現れたのは、猫人の青年。切れ長の目が鋭く二人を映し、猫人の武器である爪を長く伸ばす。

 ジェイスが指を鳴らし、気の力で剣を創造する。フェンシングで使われそうな細長い刀身を持つそれを構え、ジェイスは戦闘態勢を整えた。

「晶穂」

「はい」

 すぐ後ろに控える晶穂を見ず、ジェイスの目は正面の青年へと固定されている。そしてそのまま警戒を怠らず、晶穂へ指示を出した。

「私がここを引き受ける。晶穂はリンのもとへ」

「え? 彼って……」

 ジェイスが言う『彼』とは誰か。晶穂が混乱していた時、テントから誰かが飛び出してきた。

「晶穂さん、ジェイスさん!」

「た、唯文!? よかった、無事だったんだね」

 飛び出してきたのは、テントの中で克臣たちと共にいるはずの唯文だった。体の所々に怪我をしているが、体力はまだあるように見える。

 思わず声を上げた晶穂とは対照的に、ジェイスは彼らを見ずに落ち着いた声色で言う。

「お帰り、唯文。悪いけど、晶穂と一緒にリンのところへ。克臣たちのことは、心配しなくて良い」

「わかりました。お願いします。――行きましょう、晶穂さん!」

「ええ」

 晶穂も、誰と共に行くべきかがわかれば振り返らない。

(ジェイスさんなら、絶対に大丈夫)

 仲間への信頼を支えに、二人はその場を走り去る。

「逃がしたのか。お前、この俺に勝てると思ってんのか?」

 晶穂と唯文を見逃したシエールは、ちらりと彼女らの行き先を眺めただけで視線を戻す。ニヤリと犬歯を見せて笑うシエールは、両手の指の刃を構えた。

 それに対し、ジェイスはあえて黙ったままで答えない。代わりに、先手必勝とばかりに地を蹴ってシエールの上を取った。

「はっ」

「甘いな!」

「――っ」

 ガキンッという金属音に似た音が響く。ジェイスの剣とシエールの爪がぶつかった音だ。ぶつかった次の瞬間には二つは離れ、再びぶつかり合う。

 徐々にスピードが上がり、常人には見えない速さで音だけが鳴る。何度目かの火花が散り、二人は距離を取った。

 シエールはテント近くの電灯の上に下り立ち、ジェイスはテントの出入り口を背に跳び下りる。ジェイスの後ろからは、今も戦闘音が聞こえた。しかし唯文が出て来てから、少し小さくなっている。

 これは唯文が扉を閉めたからなのだが、二人はまだ知らない。

 改めて、剣と爪が打ち合う。至近距離で顔を合わせ、ジェイスはシエールに尋ねた。

「……お前たちは、何のために人々を操っている?」

「何のため? 支配人たるイザード様の目的を果たすためだ。あの人は、はぐれ者たちのための世界を創ろうとしているんだよ」

「はぐれ者たちのための世界、だと?」

「わかんねえだろうな、お前らには……さ!」

「ぐっ」

 弾かれ、ジェイスは尻もちをつきそうになったのを翼を広げることで回避する。更に空中で体勢を立て直し、剣を解体して複数の矢へと変化させた。

 矢を円状に配置した上で、ジェイスはシエールの回答について考える。

「はぐれ者、というのはきみも入っているのか、シエール?」

「……さあな。俺は満足いくまで暴れられれば、それで良い」

「暴れられれば、か。それで悲しむ人がいてもかい?」

「知るか」

 シエールはジェイスの問いに正面からは答えず、突き放す。それ以上は話すだけ無駄だとばかりに、シエールは攻撃の激しさを増す。

 爪が左右交互に繰り出され、ジェイスは防御に追われる。流石にそれら全てを躱すことは出来ず、腕に傷がつき服が破れた。血の飛沫が飛び、思わず顔をしかめる。

「痛っ」

「何だ何だ? 銀の華ってのは喧嘩負けなしって聞いたぜ? けど、こんなもんか」

「……煽ろうとしているのなら、逆効果だよ。その手には乗らない」

「ふぅん。残念だ」

 余裕の表情で嗤うと、シエールはジェイスに向かって突進する。それに対し、ジェイスはそれまで一度も飛ばさなかった矢を彼に向かって発射した。

 ヒュンヒュンと勢い良く飛ぶ矢は目標をシエールに定め、飛んで行く。

「見え辛いな、その攻撃はよ!」

 四方八方に散らばった矢に狙われ、シエールは舌打ちする。そして空気で出来ているが故に時折姿を消す矢にてこずり、その間に一本が彼の肌を裂く。

「いっ……」

「隙あり」

 激痛に思わず足を止めたシエールに、ジェイスは無遠慮に矢を浴びせかける。しかし彼の体自体ではなく、服にのみ矢を放ち、傍にあった建物の壁に縫い留めた。

 シエールは服を破って逃げようとしたが、その前に彼の顔の両脇にも一本ずつ矢が撃ち付けられる。カンッと音をさせ、ジェイスが半透明の弓を下ろした。

 ジェイスはそっと磔になったシエールの前に移動し、新たに創ったナイフを手に彼の喉にその刃を添わせる。シエールに尋ねる声は、冷え冷えと氷のようだった。

「……質問を変えよう。お前たちは、ここに私たちを止め置いて何をしようとしている? 私たちの評判を下げる目的があるというだけでは、状況が説明出来ないんだがな」

「察しの良い奴。だが、俺も詳しくは知らない」

「だが、仲間が何処へ向かっているかは知っているだろう? それを教えろ」

「……はぁ」

 仕方ない。シエールはそう呟くと、同時に右足でジェイスの手を蹴り上げた。突然のことで対応出来ず、ジェイスはナイフを取り落とす。

 シエールは服を破きナイフを拾おうとしたが、魔力供給を失ったナイフは空気に溶ける。舌打ちし、ジェイスに再び向き合った。

「正直不満なんだよ、ここにお前たちを止め置くために配されるのはな。だが、お前のような強い奴と戦えるのなら、と受け入れたんだ」

「……もう一度訊こう。イザードたちは何処へ向かった? このテント周辺には、最早いないだろう」

「俺に勝ったら、教えてやるよ!」

「……やっぱりか」

 想像通りのシエールの回答に肩を竦め、ジェイスはもう一度剣を創り出した。そして「仕方ない」と呟くと同時に、剣に更なる魔力をまとわせる。

「時間もない。一気に片を付けようか」

「死ぬのはお前だよ」

 同時に地を蹴った二人は、互いの得物を突き出した。




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