第504話 押し留めろ

 流石に子どもたちは泣き叫んだり騒いだりしていたが、大人たちの行動は迅速だった。少し乱暴に子どもを引っ張る親の姿も見受けられたが、この場合は仕方ないだろう。

(何せ、隣人が暴走してるんだからな)

 克臣は操られた魔種を引き付け、観客の避難を優先する。銀の華のメンバーだけが攻撃対象であるらしく、獣人や人間の観客が襲われないことだけは幸いだ。

「克臣さん!」

「あぁん?」

 くるりと振り返った克臣の目の前に、折りたたみ椅子を振りかぶった女性が立ちはだかる。ギョッとする間もなく、ユーギが飛び蹴りで彼女を転倒させた。ガッシャンと椅子が落ち、ユーギも着地する。

「危ないって言ったよ、克臣さん」

「ああ、助かった。柄にもなく考え事なんてするもんじゃねぇな」

「へぇ、珍しいね。……っ、わあっ!?」

 ニヤッと笑ったユーギの腕を克臣が無言で引くと、彼がいた場所に氷柱が撃ち込まれる。無理矢理にでも離れさせなければ、串刺しになっていたかもしれない。

 ユーギもそれを理解したのか、いつものように文句を言うことはしなかった。その代わり、お返しとばかりに襲って来た魔種を体当たりで吹っ飛ばす。

「次行くぞ、ユーギ!」

「うんっ」

 克臣の言葉に頷いたユーギは、脚力を活かして跳び上がる。落下したのは、春直に殺到しようとした魔種のグループの真ん中だ。

「ユーギ!」

「春直、行くよ!」

「うんっ」

 二人は息を合わせ、襲い掛かって来た人々を躱す。少年たちが視界から消え、魔種たちが迷う様子を見せる。その時にはそれぞれが一人の背後につき、同時に蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた魔種は他の魔種を巻き込み、何人もが一斉に倒れる。その後ろからも仲間を踏み台にしてやって来る人々がいたが、彼らは唯文によって転ばされてしまう。

 唯文は彼らの横から体当たりし、将棋倒しを狙ったのだ。その目論見は見事に達せられ、春直たちの分も含めて一挙に十数人を戦闘不能にした。

「おらぁっ」

 一方の克臣も、得意の大剣に鞘をつけたままで振り回す。ハンマーのような破壊力を持つそれに巻き込まれ、克臣の周囲から敵が消えた。

(相手は操られているとはいえ、一般人だ。本気が出せないのが逆にきついな)

 額の汗を拭い、現状を把握する。克臣たちが倒した魔種は、暴れている人々の約半分。残り半分はこちらの出方を窺いながら襲ってきており、中には出入り口から外に出ようという者までいる。

「――ちっ。全部は留め切れないか!」

 観客の避難は終わったが、人のいなくなった出入り口は開放されたままだ。しかしそこを塞ごうにも、道は塞がれて通れない。更にステージにいたはずのゼシアナも姿を消しており、克臣たちは一刻も早くこの場を切り抜ける必要に迫られていた。

「うわっ!?」

「春直!」

 悲鳴を聞き、ユーギが叫ぶ。

 猫人の武器である爪を出せず蹴りだけで応戦していた春直に、魔種の女が炎の攻撃を仕掛けたのだ。それを跳び退いて躱した春直だが、攻撃のされ方が変わったことで声をあげざるを得ない。

「魔力を使って来た……!?」

「攻撃パターンが変わった。ってことは、それを指示する奴が何処かにいるんだろうな。――っと」

 冷静に分析する唯文の足下に、小さな雷が落ちる。跳んで躱し、唯文は水流に圧されている克臣のもとへ応援に駆け付けようとした。

「克臣さん!」

「唯文、こっちは良い。外に出た奴らを追え!」

「わ、わかりました!」

 克臣の指示を受け、唯文は固定された座席の背もたれを蹴りながら跳んで移動する。ユーギと春直の援護も受け、無事に客席右端の出入り口まで辿り着いた。

 簡素なドアの外には、サーカスの団員が二人待ち構えている。彼らは犬人と狼人であり、本気で襲い掛かって来た。

「ここを通すわけにはいかない!」

「通せ!」

 唯文は叫ぶと同時に刀を鞘から抜き去り、二人を峰打ちする。数本の骨が折れた音がしたが、命に別状はなはずだ。

 ほっと息を吐いたのも束の間、唯文はこれ以上魔種を外に出さないためにドアを閉めることに決める。取っ手を掴み、克臣に向かって声を張り上げた。

「克臣さん、こちらは閉めます!」

「頼む!」

 ギギッときしみながら、ドアが閉じる。その時集まっていた魔種たちはドアを開こうとバンバン叩いていたが、開かないとわかると方向転換した。

 しかしその時には、残っていた魔種の半分を倒した克臣たちが反対側の出入り口近くで戦っていた。三人は唯文を追うため、そして魔種たちを一時的にテントに閉じ込めるために移動している。

「くっ。克臣さん、そろそろ限界です……っ」

 前髪の一部を焼きながら炎を斬り裂いた春直が悲鳴をあげる。彼の傍では植物の蔓を力づくで踏み千切ったユーギが、ガタイの良い男に首を掴まれ絞められた。

「ぐっ」

 ジタバタと暴れるが、男の体に足が届かない。暴れる間にも首を絞めつける指の力は強くなり、ユーギは息をするのが辛くなっていく。

「……かはっ」

「ユーギ、歯を食い縛れよ!」

「!?」

「ガハッ」

 ユーギの目の前で、不意を突いた克臣が男の鳩尾に剣を叩きつける。男はたまらずユーギを手放し、宙を舞ったユーギは壊れて倒れた椅子の側面に着地した。

「けほっけほっ」

「大丈夫か?」

「ちょ、乱暴過ぎるでしょ。克臣さん」

「許せ」

 ユーギの文句を受け流し、克臣はちらりと観客席全体を見た。

 彼らと魔種たちが大暴れしたため、椅子や飲み物、食べ物などが散乱してしまっている。ただ、力加減をしたために気絶で済んでいる魔種たちは、いつ目覚めてもおかしくない。

(潮時かな)

 克臣はふっと軽く息を吐き、鞘から大剣を抜く。そして、たじろぐ魔種たちに向かって技を放った。

「――竜閃!」

 斬撃が輝く竜となり、観客席を駆け抜ける。その光に目がくらみ、魔種たちの動きが鈍った。

 今がチャンスだ。

「行くぞ! ユーギ、春直」

「うん!」

「はいっ」

 克臣の合図で三人は出口から飛び出し、ドアを閉める。そして唯文が倒していった見張りを踏まないよう気を付けつつ、ジェイスと晶穂のいるテントの外へと駆け出した。

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