第503話 ひと波乱
晶穂とジェイスが気を張っていた頃、克臣たち四人は注意深くテントの中を見回していた。
ゼシアナという名の歌姫が喉を震わせると、途端に観客席を静寂が支配した。大人も子どもも、老若男女問わず、誰もが固唾を呑んでいる。
その異様な光景の中、克臣の視線はじっとゼシアナに固定されていた。
「ユーギ、唯文、春直。俺はあの歌姫を注視する。他に何かあれば、すぐに教えてくれ。俺はおそらく、気付けない」
「わかったよ、克臣さん」
ユーギが代表して胸を叩き、年少組三人は観客席を見回した。
呼吸すら忘れたように聴き入るのは、見た目から判断して、魔種が圧倒的に多い。魔種の身体的特徴として黒い髪の色が上げられるが、その黒髪が微動だにしない。
反対に、良く動くのは獣人や人間の子どもたちだ。異様な雰囲気にあてられたのか、泣き出す子の声も聞こえる。しかし、魔種の子どもにその様子は見られない。
「何か、怖い」
最も目が良い春直が呟くと、ユーギと唯文も頷く。
「なんだか、異様だよね」
「ああ。だけど、前回はこんなことなかったぞ」
「うん。……今までとは違うってことかな」
前回、アラストでのサーカス公演。ゼシアナの歌を聴く人々の様子に不審な点は見受けられなかった、と三人は思い出す。ある程度はざわめきがあり、身を乗り出したり手を振ったりする客の姿があった。
三人がひそひそと話し合う中、克臣の目はゼシアナの周囲を取り巻く魔力の流れを見ている。もともと魔力を持たないただの人である克臣だが、ソディールに出入りするようになってから徐々に魔力の流れのようなものが見えるようになっていた。何となくの範囲ではあるものの、こういう時に役に立つ。
(あの魔力の気配は、ゼシアナ自身のものじゃないな。でも、歌にまとわせて広範囲に散らしている?)
じっと観察していると、歌に乗った魔力に巻き付くようにして、もう一つの力が拡散していく。広がっていく音は魔力に惹かれるのか、魔種へと集中的に集まっているように見えた。
ゼシアナの歌はサビに入り、盛り上がりと共に魔力が一気に増幅されていく。膨らむ力はテントの中だけでは留まらず、外へと漏れ出す。
歌声が漏れて出て行くだけでなく、魔力すらも遠くへと飛んで行く。克臣はそれに気付き、サーカス団の狙いに気付いた。
(そうか……。リン、ジェイス、頼むぞ)
外のことは、外の仲間たちに任せるしかない。その代わり、テントの中は。
克臣は歌を半分聞き流しながら、ユキたちに声をかけた。
「三人共、いつでも動けるように準備しとけよ」
「わかったよ、克臣さん」
「はい、いつでも」
「大丈夫です!」
「よし」
三人がそれぞれに準備万端だとわかり、克臣は微笑む。少し硬さを残す表情のまま、いつでも剣を抜けるようにと手のひらから剣の柄だけを出した。
「~~~っ」
歌声が止まり、最後の演奏が響く。
その頃には観客席にいる魔種たちは時を止めたかのように動かず、克臣の真横に座っていた魔種の青年も頭を垂れて微動だにしない。克臣は肩を掴み揺すり起こしたかったが、ぐっと耐えて状況の変化を待った。
そして待ちたくもないその時は、突然にやって来る。
音が消えた。
妖艶な姿の歌姫は、唇を歪め、見惚れる微笑みを浮かべる。そして、手にしたマイクでスイッチを押す。
「さあ、我らが
「ユーギ、春直、唯文、散れ!」
ゼシアナと克臣の叫びが重なり、テントの中はにわかに騒がしくなった。
隣にいた青年に襲い掛かられ、克臣は彼の鳩尾に蹴りを入れて吹っ飛ばす。それを皮切りに、魔種の血を持つ者たちが暴れ出す。
突然の出来事に肝を潰したのは、何の関係もない獣人や人間の観客だ。直ぐ傍にいた魔種が、自分たちに見向きもせずに一方へと走る。
「な、何!?」
「怖いよぉぉっ」
「一体これは……うわぁっ」
「危ない!」
一人の犬人の男性の頭上を、魔種の女性が飛び越えようとした。それに驚き頭を抱えた彼の上に、もう一つの影が横切る。
まだ甲高さの残る声に目を開け追えば、狼人の少年が彼女を蹴り飛ばしたところだった。
ユーギは更にもう一人を、後ろにいた魔種もろとも蹴り飛ばす。そしてくるりと振り返ると、呆然とする男性に向かって叫んだ。
「おじさん、この人たちは操られてるんだ! 危ないから、みんなと一緒に外に出て!」
「しかし、君たちは!?」
「こいつらの狙いは、おれたちです。だから、あなた方が襲われることはありません」
ユーギを後ろから狙った魔種を刀の石突で殴り気絶させた唯文が言い、春直が身軽に客席最上段へ登って全体へと呼び掛ける。
「ぼくの声が聞こえる皆さん、暴れているのは操られた人たちです! 彼らの狙いはぼくらですので、落ち着いて家に帰って下さい!」
言うやいなや、春直は客席の出口を確認した。左右の端にある出入口のうち、左に魔種以外の観客が多いらしい。
(サーカス団も、観客の配置は考えたのかな?)
春直は仲間たちに合図を送り、敵となった魔種を右側へと集めるために移動する。彼の意図に気付いたらしい人間や獣人の観客が、数人リーダーとなって人々を誘導し始めた。その中には、先程ユーギと話した男性も含まれる。
「よくやった、お前たち!」
克臣は子どもたちを褒め、鼓舞する。
出来るだけ、外に出る魔種を減らすこと。それが四人に課せられた使命だ。
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