投げつけられる悪意
第501話 敵の巣窟
「リン、様子はどうだ?」
「ジェイスさん! 一体何処に行っていたんですか?」
ジェイスが後ろからやって来たことで驚きの声を上げたリンだったが、その声は囁き程度に抑えられている。傍には晶穂とユキもいて、静かに二人の会話を聞いていた。
リンに問われ、ジェイスは肩を竦めてゼシアナとの出会いを話す。その内容に、リンたちは目を見張った。
「では、歌姫と支配人の二人がいて初めて成立する呪いだと言うのですか?」
「そういうことになる。ゼシアナとは軽く一戦交えたけど、彼女は魔種だね。歌に魔力をまとわせ、音波とすることで相手を攻撃することが可能だ」
「じゃあ、支配人の力が歌を呪いに変えているということですよね?」
「そういうことになるね、晶穂」
「人をあんなにも変えてしまう魔力って一体……」
「ぼくの感覚だと、毒とかそういうものに近い気がするけど」
「毒、な」
ユキの言葉に、リンの頭の中では違法魔力を創り出した男の面影が浮かんだ。既に過去のことだが、人が魔力に近い力を創り出すという衝撃は忘れられない。
軽く頭を横に振り、リンはその考えを隅に追いやる。
「魔種だけに効くと言いますから、中にいる四人には無毒のはずです。克臣さんたちが、何か掴んでくれると良いんですが」
「だね。ぼくらはその瞬間に逃げないとだけど」
「アナウンスがあるだろ。それまでは待機だ」
リンが言い、晶穂たちは無言で頷いた。
同じ頃、テントの中では獅子による輪くぐりが観客の歓声を浴びていた。観客の視線を集めているのは、年少組と森で出会ったジスターである。
無表情な彼は、己の魔力で創り出した獅子と水の輪を操って華麗なショーを演出していた。淡々と進むが、水の透明感が神秘性を持って華を添える。
前回アラストで見たにもかかわらず、春直はほぅと息を吐くように呟いた。
「……綺麗」
「俺は初めて見たけど、そうだな」
克臣も同意し、これがただ感動出来る状況ならば良かったのにと思わずにはいられない。彼らの視線の先では、最後の水の輪を潜り抜けた獅子がくるんっと宙返りをして弾けた。
「あれが、あいつの魔力か」
「そうですよ、克臣さん。あの人は、水を操る魔力の持ち主です」
「そういや、あの獅子もなんとなく透明感あったもんな……。魔力で獣を創り出す、か」
唯文の密やかな説明を聞き、克臣は渋面を作ってライトのあたらない場所へ下がって行くジスターを見送った。
魔力で何かを創り出すという能力は、決して珍しいものではない。例えば克臣の傍には武器を周囲の空気から創り出すジェイスという存在がおり、そういうことは可能なのだと知っている。
しかし、本物と見紛いそうな程精巧な偽物の生き物を創り出す力となれば話は別だ。更に言えば、獅子から感じる魔力量も相当なものだった。
(ここは敵の巣窟。そうだということを忘れちゃいけないな)
克臣は改めてテントの中の魔力の気配を探し、軽く鳥肌が立つのを感じた。ジスターだけではなく、幾つもの強い力の気配がある。それは少しずつ増幅されているようだ。
「克臣さん。空中ブランコを含めた幾つかの演技が終わったら、本番だよ」
「わかってる。全員、気を緩めるなよ」
ユーギの声を聞き我に返った克臣は、彼の頭を軽く撫でた。そして、素晴らしい演技に沸く会場の雰囲気に紛れて小さな声で四人を鼓舞する。
年少組三人は勿論だという顔で頷き、再び舞台へと視線を戻す。スポットライトに照らされた二人の猫人が、限りなく天井に近い場所で空中ブランコと綱渡りを披露していた。
「よっ! 夏姫ちゃん、世界一!」
「シエールくんかっこいい!」
客席から歓声が飛び、それが聞こえたらしい二人が手を振る。
その掛け声から、四人は舞台に立つ片方がシエールだと知った。リンとジェイスの二人と対峙し、彼らに引けを取らない強さを示したという男である。
「あの人が……」
「たぶん、もう一人の人も簡単な相手じゃないよね」
ごくんと喉を鳴らす春直と、夏姫という猫人を見詰めながら呟くユーギ。二人の言い合いを聞きながら、克臣は少しずつ心の戦闘準備を整えていた。
そして、克臣と晶穂の二人と戦った葉月が司会者として場を締める。彼はにこやかに進行をし、最後の演目紹介を支配人へ渡した。
暗がりから現れたイザードは、ちらりと克臣たちを見る。もしくは偶然かも知れないが、四人は一気に緊張感を高めた。ぶるり、と隣の席の観客が悪寒を感じる程に。
イザードは葉月から手渡されたマイクを構え、柔らかな声で観客たちに告げる。
「さあ、皆様楽しんで頂けていますでしょうか? 残念ですが、次がこのサーカス団最後のショーとなります」
その言葉に、会場全体からため息に似た声が漏れる。イザードはそれらが落ち着いたところを見計らい、言葉を続けた。
「残念に思って下さる皆様のお気持ち、我らにとって本当に有難いことです。ですが今回は終われども、次を是非待っていて頂きたいと願います」
両手を広げ、にこやかに会場全体を見渡す。
「――さあ、最後は我らの歌姫の歌をご堪能下さい。是非、最後まで」
含みを持たせた言い方をして、イザードは奥へと下がる。彼と交代して、煌びやかに着飾った歌姫こと、ゼシアナが姿を見せた。
「――っ」
ゼシアナが息を吸い、美しい旋律に声を乗せる。
その瞬間、テント内の何かが変わった。
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