第499話 お祭り騒ぎ
報告会の翌日は、爽やかに晴れていた。
リンたちは支度を済ませると、ヒュートラの町へと向かう。今日がサーカス団の公演初日であり、充分に用心しなければならないからだ。
襲撃を警戒しつつ、リンたちは町の傍までやって来ていた。その中にいたユーギが、フードの端を持って年長組を見上げる。
「ねえ、このフードの意味ある?」
「ないわけじゃない。この町は圧倒的に魔種が多いから、獣人が肩身の狭い思いをするかもしれないだろ?」
「えぇ~。見づらいんだけど」
克臣に説明されても頬を膨らませるユーギに、晶穂は苦笑した。
「我慢させてごめんね、ユーギ。必要ないってなったらすぐに取って良いから」
「わかった。ぼくだけじゃないし、我慢する」
「ありがとう、ユーギ。春直と唯文もすまないな」
晶穂のみならず、リンもユーギを励まし二人の獣人少年にも苦笑いを向ける。
「いえ」
「ぼくらは平気です、団長」
唯文と春直もフード付きのパーカーを着ている。デザインはお揃いだが、唯文は紺色、春直は深緑、そしてユーギはオレンジ色のものだ。一度ヒュートラに入ったことのある晶穂と克臣が、午前中に服屋に行って購入してきたものである。
一方魔種であるリンとユキ、鳥人のジェイス、人の晶穂と克臣は特に顔や頭を隠してはいない。魔種であることを示すものとして魔力と黒い翼があるが、それらは普段から外に出すものではない。そのため、一目では判断出来ないものだ。
不貞腐れそうになっていたユーギだが、町に中心部に着くとパッと目を輝かせた。サーカスの公演を記念してか、一種の祭りのような賑わいを見たからである。
「おいしそうなものがたくさんある!」
「本当だ。兄さん、見に行っても良い?」
ユキに問われ、リンは「仕方ないな」と肩を竦めた。公演開始まで、あと三十分近くある。それまでは祭を楽しむのもありだろう。
「ただし、警戒は怠るな。あと絶対に一人になるなよ?」
「「わかった」」
神妙に頷いた二人の後ろで苦笑したり肩を竦めたりしている同年代の二人に目配せし、リンはお目付け役を頼んだ。
春直と唯文は無言で頷き、ユキとユーギに引っ張られるようにして屋台へと向かい人混みに紛れた。
「やれやれ。あいつらには危機感ってものがないのか?」
肩を竦めたのは、四人の向かった先を目で確認した克臣だ。それに対して彼を諫めるのは、白髪を紐で束ねたジェイスだった。
「危機感がないわけじゃない。むしろ、その目で見た分だけ私たちよりも緊張しているだろうね」
「ま、あいつらには本当の意味で笑っていて欲しいけどな」
「同感」
克臣とジェイスが年少組を遠目で見守りつつも周囲を警戒する中、リンは何となくサーカスのテントを見ていた。町中心部に作られた広場にはベンチを兼ねた花壇が多くあり、その一つに腰掛けている。
サーカス団の公演が行われるテントは、ヒュートラの町の中心部から離れた町外れに建てられている。そこが最も広く場所をとることが出来るからであり、おそらくはどれだけ人が騒いでも大きな問題にはなりにくい場所なのだろう。
テントの方向からも、賑やかな声が聞こえる。風船を貰ったのか、嬉しそうな子どものはしゃぐ声が届く。
リンは楽しそうな声を耳にしながら、残念な気持ちでいっぱいだった。
(これが、ただのサーカス団だったらよかったのにな)
「サーカスが普通に楽しめればよかったね」
「えっ」
「ん?」
ぼんやりと考えていたリンは、今まさに自分が考えていたこととほぼ同じ内容が隣から聞こえて顔を上げた。すると、隣に座っていた晶穂がきょとんとした顔をしている。
「どうかした?」
「いや。……全く同じこと考えてたなって思ってな。俺も、純粋にサーカスを楽しめればよかったなって思ったところだったから」
「そっか……。前に、テーマパークに行ったことあったよね。あんな風に楽しみたかったな」
「ああ、あれは楽しかったな」
二人で出来たばかりのテーマパークに行ったのは、去年のホワイトデーだった。その時のことを思い出し、リンも晶穂も互いの顔を真っ直ぐ見ることが出来なくなる。
しばし無言だった二人だが、今はそんなことをしている場合ではないと思い直す。
先にリンが咳払いをした。
「……こほん。い、今のところは不審な点もない。やっぱり、本番は夜だな」
「そ、そうだね。夜になったら公演が始まるし……魔種の人たちにあまり影響がないと良いけど」
晶穂が目を伏せ、そう呟く。ユキたちの話によれば、公演が始まっただけでは魔種に呪いがかけられることはない。ただ、歌姫の歌を聴けば突然銀の華の敵と化す。
「公演そのものをぶっ潰せれば良いけどな。流石にそういう訳にもいかないだろ」
サーカスを楽しみにしている人は、リンたちの目の前だけでも数え切れない程いる。そんな人たちを落胆させれば、公演を潰した銀の華はすぐに彼らの敵として認定されかねない。
「どちらに転んでも、わたしたちは戦わないといけないんだね」
「それが早いか遅いか、その違いだろう。……こうやって見ていることしか出来ないのは、辛いな」
「リン……」
晶穂は胸が押し潰される錯覚に陥り、胸の上で両手を握り締めた。隣では、リンが険しい顔をして賑やかな町を見詰めている。こんな時何と声をかけるべきか、と晶穂は悩んだ。
数分悩んだ後、晶穂は意を決して花壇のレンガに置かれていたリンの手に触れた。びくっとしたリンが目を瞬かせる。向かい合わせになり、晶穂は恥ずかしさを呑み込んだ。
「あのね、リン」
「ん? どうかし――」
「ここに、みんないるよ。ジェイスさんも克臣さんも、ユキもユーギも春直も唯文も、みんないる。だから、絶対大丈夫」
「晶穂……」
「みんなで呪いを解いて、一緒にリドアスに帰ろ」
「ああ、そうだな」
目を丸くしていたリンだが、ふと目を細めて表情が柔らかくなる。自分の手に重ねられた晶穂の手をもう一方も使って包み込み、引き上げた。
今度は晶穂が顔を赤くする番になったが、リンは気付くことなく彼女の手ごと額をくっつける。リンの祈るような声が、吐息となって溢れ出た。
「絶対、大丈夫だ。春直も言ってたからな。これまでが否定されるなら、これからを上書きすれば良い。……俺たちが、
「……うん」
「――リン、そろそろ解放してやらんと晶穂が茹でダコになるぞ?」
「解放?」
突然前歩から聞こえた声に、リンと晶穂は同時に振り返った。するとそこには呆れ顔の克臣と、楽しそうに微笑むジェイスの姿がある。
克臣の言った意味がわからず、リンは首を傾げた。しかしふと手の中を見れば、指まで真っ赤になった晶穂の細い手を包み込んでいるではないか。
「……あ、ご、ごめんっ」
「だ、だいじょう、ぶ」
冬が近付き寒いはずなのに、晶穂の体は熱を発している。それはリンも同様だったが、現状を思い出して理性を引き戻した。
「すみません。克臣さん、ジェイスさん。もう時間ですか?」
「あと三十分ってところだろう。四人と合流して、一旦中心部を離れるぞ」
「このまま作戦会議をする訳にもいかないからね。テントと反対側の空き地で、今夜の動きを確認しようか」
「はい」
「じゃ、じゃあわたしが四人を迎えに行ってきます! 三人はここで待ってて下さい」
熱を冷ましたいのか、晶穂がすぐに手を挙げて人混みに消えた。
リンたち三人は彼女の早業に唖然とし、それから苦笑し合う。リンは苦笑しつつも、自分の心臓を落ち着かせることに必死だったが。
「お待たせ! 夕食はばっちりだよ」
そう言ってユキたちが戻って来たのは、晶穂が出てから五分後のことだった。四人の手の中には、八人分の屋台飯が袋に入った状態で下げられている。
「じゃあ、行こうか」
ジェイスの合図で町の中心部を離れたリンたちだったが、彼らの後ろ姿を見つめる影があった事には気付けなかった。
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