第497話 カレーライスと報告会

 久し振りの野宿ということで、夕食のメニューはカレーライスだ。キャンプだとはしゃぐような現状でもないが、少しでも気持ちを明るくしたいというリンたちの気持ちの表れでもある。

 一口サイズに切った肉と野菜を煮込み、カレーを仕上げていく。ぐつぐつと煮立つ頃には、辺りには良い匂いが充満していた。

「春直、こっちに皿持って来てくれ」

「あ、はい!」

 カレーの番をしていた克臣に呼ばれ、春直は使い捨ての皿を人数分持って行く。克臣は受け取ったそれに、白ご飯と具だくさんのカレーを注ぎ入れた。

 何でもない風を装う春直だが、彼の目が輝いていることに克臣は気付いている。他の少年たち同様、春直もカレーライスが好物なのだ。

「春直、ルー多めにするか?」

「えっ、良いんですか!? あ、いや、だいじょうぶです……」

「遠慮するな。お前ら四人のカレーはどれも多めにしてるから、春直一人が多いとかじゃない」

「じゃあ……お願いします」

「りょーかい」

 遠慮がちに頷いた春直に笑いかけ、克臣はお玉を使って深底の皿から溢れそうな程カレールーを注いだ。それを春直に二つ持たせ、もう一人呼ぶ。

「唯文、頼めるか?」

「わかりました。――っていうか、凄い量ですね」

「子どもはたくさん食べて大きく育て。うちの明人あきとも食い意地張ってるぞ」

「あまり子ども扱いして欲しくないですけど。でも。好物なので嬉しいです」

「おう。誰がどれを喰うかはお前らで決めろよ」

「わかりました」

 白い犬のしっぽを嬉しそうに振り、唯文は顔は落ち着いたままで三人の弟分がいるところへと戻って行く。

 すぐさまユキとユーギが我先にと皿を指定しているのを遠目に見つつ、克臣はあと四枚の皿にカレーライスをよそった。その内二枚を自ら運び、ジェイスに手渡す。そしてもう二つの皿は、難しい顔をして考え事をしていたリンに運ばせた。

「お前と晶穂の分、置いといたからな」

「あ、はい。ありがとうございます、克臣さん」

 リンたち四人とユキたち年少組は、焚火たきびを挟んで反対側に座っている。椅子なんてものはないが、丁度良い切り株と大きめの石が転がっていたため、それらを椅子として活用していた。

 克臣が皿を突き出すと、小型通信機をいじっていたジェイスはようやく顔を上げた。

「ああ、ありがとう。克臣」

「いいけどさ。何してるんだ?」

「リドアスの様子を、文里さんに訊いていたんだ。私たちが出かけてすぐ、数人の魔種にリドアスは襲われたらしい」

「は?」

「え、皆さん無事ですか!?」

 唖然とする克臣の後ろから、隣で話を聞いていたらしい晶穂が身を乗り出す。焚火の向こう側からは、年少組も不安そうな顔をしていた。

 配膳台の前にいたリンも、目を見開き硬直している。

 皆の様子を見て、ジェイスは苦笑して通信機の画面を見せた。

「大丈夫。あの人たちだって歴戦の戦士だってこと忘れてないかい? 先代の頃のことを聞いている限り、あの人たちに隙はないよ」

 確かに、スマートフォンに似た通信機の大きな画面には「無事にお帰り頂いたから心配しなくて良いよ。こちらは任せて」という文里のメッセージが表示されている。どんな方法かは不明だが、無事に事態を切り抜けたようだ。

 画面を読んでほっとしたリンは、ふと思い出してカレーライスの皿を晶穂に手渡す。

「ごめん。渡すのが遅くなったな」

「ううん、気にしない……で」

「……っ」

 周囲がリドアスに襲撃してきた魔種について話す中、リンと晶穂は人知れず硬直していた。皿を受け渡す時、うっかり互いの指が触れ合ってしまったのだ。

 ほんの一瞬の出来事だが、二人にとっては意識せざるを得ないこと。顔を赤くして俯いた晶穂と、軽く顔を横に逸らして冷気で顔を冷やそうとするリン。

 二人の微笑ましい様子は、実は全員に見られていた。しかし、阿吽の呼吸で誰一人としてそこに茶々を入れる者はいない。二人が返って来た直後に散々からかったため、これ以上はかわいそうだという意見で一致しているのだ。

「――さて、向こうは文里さんたちに任せるとして、こちらのことだね」

 こほん、と咳払いをしたジェイスが話の糸口を作る。それに乗ったのは、ようやく気持ちを落ち着けたリンだった。わずかに頬に朱が残るが、本人は気付かない。

「はい。まずは俺とジェイスさんが出会ったシエールという男のことから……」

 リンの報告にジェイスが付け足し、更に晶穂と克臣、ユキたち年少組と話は進む。

「わたしたちが遭遇したのは、葉月という男の人でした。狼人で、克臣さんと渡り合う程の実力の持ち主です」

「実は晶穂がいなかったら危なかったけどな。そういう意味では、ジェイスたちが戦ったシエールって奴と似てるか? 葉月はお前らの所にも仲間が行ったと話していたからな」

「確かに、相当な実力の持ち主だったよ。あのまま続けていたら危なかったかも、ね」

「ええ。……それで、四人も出会ったんだろう?」

 リンに話を向けられ、ユキが頷く。

「うん。ぼくらは森の中でジスターって人に会ったんだ。サーカス団の支配人、イザードの弟だって言っていた」

「イザードの弟……」

「そうなんですが、ちょっと他の団員とは違う感じがしたんですよね」

「違う? どういうことだ、唯文」

 リンに問われ、唯文は「何と言いますか」と言葉を濁した。

「話を聞いている限り、シエールも葉月もこちらを倒しに来ていますよね。でもジスターは……おれたちと戦うことに積極的でないように見えました」

「そうそう。何だっけ。『弟でしかないオレに、理解出来るはずもないだろう』って言ってた。なんだか、諦めてるみたいな顔で」

 ユーギの脳裏に、あの時のジスターの表情が蘇る。何処か厭世えんせい的な、全てを諦め放棄した表情。

 な、と同意を求めると、春直が最初に頷いた。

「うん。あの人なら、もしかしたら話が出来るかもしれません」

「サーカス団も一枚岩じゃないってことなのか?」

 考え込むリンの前に、ジェイスが立つ。彼の手には、いつの間に作ったのかプリンが乗っていた。

「真実に近付くには、まだ情報が足りない。私たちは敵地に乗り込み、襲撃を受けた。ならば、向こうも私たちを意識しているということだ。何が起こるかわからないのなら、食べられる時にきちんと食べておくべきだろう?」

 話しながら食べていたカレーライスは、それぞれの皿にもうない。デザートだよと微笑んだジェイスに、リンは苦笑を見せた。

「そうですね。ありがとうございます、ジェイスさん」

「あ、ぼくも食べたい!」

「勿論。全員分あるよ、ユキ」

「やったぁ!」

 嬉々として配膳台として使っている折り畳み式テーブルに向かう年少組を見送り、リンはプリンにスプーンを入れた。甘過ぎず、喉を潤してくれるスイーツは、ささくれ立ったリンの心を少し癒してくれる。

「リン」

「どうした、晶穂?」

 穏やかにデザートタイムを過ごす中、晶穂が少し難しい顔をしてリンの前に膝をついた。彼女もプリンを楽しんでいたはずだが、それは食べ終わったらしい。

 リンが促すと、晶穂は「これ」と一枚の紙を差し出した。

「ヒュートラの町を出る時、配っているのを見て貰って来たの」

「これは……」

 晶穂が見せてくれたのは、サーカス団『世界を手にする者たち』の公演初日を知らせるチラシだった。

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