第495話 獣使い

 ユキたちが薪を探し始めて三十分後、四人の手に余るほどの薪を集められていた。更に獣人である三人の活躍で水場も見付け、そろそろ戻ろうかという空気になる。

 ジェイスから渡されていた縄で薪の束を四つ作ったユーギが、周囲を観察していた唯文に声をかけた。

「唯文兄、これくらいあれば明日までもつ?」

「充分だろ。そろそろ戻らないと、火を使えな……」

「唯文兄? どうかし――っ」

 唯文が見ていたものに、ユーギも気付いた。そして、近くにいた春直とユキもほぼ同時に同じ方向を見る。

 そこに立っていたのは、一頭の獅子だった。

 青いたてがみを風になびかせた獅子は、短く唸り声を上げる。その声と敵意を剥き出しにした瞳を見て、四人は理解した。

 猫人の爪を伸ばし、春直が戦闘態勢に入る。

「あれは敵、だね」

「うん。しかも、あの獅子だけじゃない」

「主人がいるな。……様子見か?」

「それなら、引きずり出してやる」

 ユキが魔力を増幅させ、氷柱として放つ。針のように鋭い氷柱が獅子を襲うが、獅子はひらりと跳んでそれを躱した。

 しかし、跳んだことで見動きは限定される。それを好機として、ユーギが木の上から得意の蹴りを放った。

「ぎゃっ」

「今だ、にい!」

「了解っ」

 見事獅子の横腹を蹴り飛ばしたユーギに応え、唯文は手のひらから取り出した和刀わがたなを抜きざまに一閃させる。光が弾け、獅子の体を割った。

「やった!」

 連携プレイが成功し、春直が嬉々とした声を上げる。しかしそれも、一瞬の出来事だ。

 空中で二つに斬られた獅子の体は、そのまま落下するかと思いきやそうではない。それぞれが水の塊となり、パンッと水風船のように弾けたのだ。

 獅子の真下に着地した唯文は、その水飛沫を回避するために横に跳ぶ。彼がいた場所には、獅子であった水が水溜まりを作った。

「――何だったんだ、これは」

「唯文兄、大丈夫?」

 パタパタと自分の周りに集まって来た三人に頷いて見せ、唯文は水溜まりとなってしまった獅子を見下ろした。既に地面に染み込んでしまった水に、獅子の跡形はない。

 じっと地面を見詰める唯文と同じく目を落としていた春直は、唯文と同じことを口にした。

「あの獅子、何だったんだろう?」

「それはそうと、あいつを操っていた奴を探さないと! きっとあのサーカス団の一人だよ」

 ユキがぐるりと周囲を見回し、魔力の残滓を探る。そして、ふと背後へと一本の氷柱を投げつけた。

 パキンッと氷柱が砕ける。その方向を見た四人は、水の盾で氷柱が防がれ折られたのを目にした。すぐに盾は崩れ、その向こう側にいた青年が現れる。

「あんたは……」

「公演、見に来てくれただろう。オレの獅子が倒されるとは思わなかったけど。子どもだと思って手を抜き過ぎたか」

「あんた、何者だ?」

 唯文は一歩三人より前に出て、青年を問い詰める。三人を守るのは自分の役目だ、とその強い光を放つ瞳が物語った。

 青年はじっと唯文を見詰めると、気だるげにフッと息を吐き出す。

「オレの名は、ジスター・べシア。『世界を手に入れる者たち』支配人、イザードの弟だ」

「支配人の」

「弟っ」

「ぼくらを、殺しに来たのか?」

「……」

 唯文の後ろで改めて戦闘態勢を整える少年たちに、ジスターは目を向ける。何か言いたげに唇を動かし、それから軽く首を横に振った。

「オレの兄貴は、お前らを倒すことで自分の理想を現実のものにしようとしている。それが、世界のためになると信じて、な」

「たくさんの人を傷付けて、操って、その先に何があると言うんだ!?」

「兄貴の考えることだ。……弟でしかないオレに、理解出来るはずもないだろう」

「ジスター……?」

 今にも飛び出しそうなユキたちを抑え、唯文は胸の奥に生じた違和感の意味を探そうとした。わずかに伏せられたジスターの目に映るものは何だ。

 しかし、唯文がそれを言い当てるより早く、ジスターは身を翻した。

「あっ、ジスター!」

「今日は、挨拶だ。次に出会った時は、本気で行く」

「……おれたちは、絶対に負けない。そちらがそちらの理想を貫くなら、おれたちも理想を貫いていくだけだ」

「ふん」

 鼻で笑い、ジスターは森の中に消えていく。彼を追おうとしたユーギだったが、足元に小さな渦潮が生じて足を止めざるを得なかった。

 ユーギが立ち止まると、渦潮は姿を消す。

「逃げられた、かぁ」

「深追いしても良いことはないと思うぞ、ユーギ」

「わかってるけどさ」

 唯文にたしなめられ、ユーギは鼻を鳴らす。

「悔しいだろ? ぼくらのこれまでを否定されて、それがあいつらの利益になるだなんて!」

 頬を膨らませるユーギに対し、少し考える素振りを見せていた春直が言う。

「……これまでが否定されるなら、これからを創って上書きしよう。ぼくらなら、それが出来るでしょう?」

「……これからを創る、か」

「そう。過去を封じられたなら、未来を創ってあいつらが追い付けないくらいにすれば良いよ。……って考えたら、どうかな、なんて」

 少しずつ小さくなる声は、春直の自信が失われていっていることを示す。三人が自分を見つめ、何も発しないがために不安になったのだ。

 とうとう下を向いてしまった春直に、ユキたちはくすっと吹き出した。

「良いじゃん、春直。それで行こう!」

「え?」

「覆されるなら、更に覆す。兄さんもきっと、そう言う筈だよ」

「ユキ……」

「そうと決まれば、早く戻ろう。団長たちが心配してるだろうし」

「だね。もう暗くなってきちゃった」

 ユーギも加わり、いつものわいわいとした雰囲気が戻る。三人を後ろから見詰め、唯文もようやく胸を撫で下ろした。


「私の出番はなさそう、かな」

 四人が歩き始め、ジェイスは木陰でくすりと微笑んだ。年少組は自分たちに負けず劣らず、真っ直ぐに成長しているらしい。

(喜ばしいことだ。……だが、ジスターという彼のことは気になるな)

 何処か他の団員とは異なる雰囲気を持つジスターに首を傾げたジェイスだが、それは後で考え直すことに決める。

(まずは、四人より先に戻らないとね)

 年少組と同じ方向に、少しだけ回り道をして、ジェイスは駆けて行った。

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