第493話 健気な一押し
(どうしよう、どうすべき?)
克臣と葉月と名乗る青年の激しい戦闘が続く中、神子の力でシールドを張った晶穂は考え続けていた。
時折葉月のナイフが思い出したように飛んで来るが、克臣が瞬時に反応して叩き落とす。正直、晶穂は自分がここにいることで克臣の足枷になっているのではないか、と悩んでいた。
「でも、何か出来ることはあるはずだよね」
葉月との戦闘を直接手助けすることは出来なくとも、何か出来ることはないか。晶穂は必死に頭を回転させつつ、目では葉月の動向を注視した。もしも注意散漫で怪我でもすれば、克臣を心配させてしまう。
克臣は防御に徹し、攻めているのは葉月の方だ。葉月は克臣を殺す目的があるが、克臣には「殺さない」という銀の華の掟のような決意がある。その戦意の差は歴然としていた。
三人がいるのは、町の中でも人通りが極端に少ない裏通り。葉月に気付いてここに誘い込んだのだが、それが逆に助けを呼べない状況を作り出した。
(戦いに集中するって意味では最善。だけど、葉月の力を削ぐには至っていないよね。頭から血を流しているのに、楽しそうにナイフを振り回してる)
晶穂がじっと見詰めていることに気付いたのか、葉月は口元を歪ませ嗤う。次の瞬間、克臣を出し抜いて晶穂の正面へと躍り出た。
葉月の行動にコンマ数秒遅れて気付いた克臣が、今まさにナイフに突き刺されようとしている晶穂に向かって叫ぶ。
「晶穂!」
「お姫様は、こんなところで何してるんだぁ!?」
「――ッ」
「バカ野郎! 逃げろ!」
まさに葉月のナイフが晶穂の首筋に届こうという瞬間、晶穂は恐怖を跳ね返すように声を上げた。
「――嫌です!」
「!?」
葉月が愕然とした顔で固まった。彼の持つナイフの刃先は折れ、あり得ない方向に曲がっている。
「何が……」
戸惑いの声を上げる葉月の肩に、トンッと何かが突き付けられる。押された衝撃で尻もちをついた彼の胸に、何かの石突が乗せられた。何事かと顔を上げれば、必死の形相で葉月を見下ろす晶穂の姿がある。
「こ、ここは、退いて下さいっ」
晶穂は
彼女の震えは、葉月に余裕を取り戻させる。曲げられたナイフを放り投げ、ニヤリと晶穂を見やった。
「何がどうなって僕の得物が曲げられたのか知らないけど、そんなに震えて……僕を退散させられるとでも? 刃を僕に向ける勇気もないお嬢さんが?」
「――っ」
ググッと石突を押し返され、晶穂は歯を食い縛って手に力を籠める。しかし男の力に晶穂が勝てるはずもなく、形勢は逆転しようとしていた。葉月が本気になれば、矛を奪って晶穂の命を消すことも容易。
しかし、その瞬間は訪れない。
今まさに矛を奪い取ろうと手を伸ばした葉月の手首を、誰かが正面から捻り上げた。更に彼は晶穂と葉月の間に滑り込むと、起き上がろうとした葉月を蹴り倒す。
「俺のこと、忘れてもらっちゃ困るんだけど?」
「――っ、克臣!」
「克臣さん……」
「ったく、無茶しやがるぜ。俺らの神子さんは」
ほっと胸を撫で下ろす晶穂を振り返って微笑んだ克臣は、膝に体重をかけて葉月の動きを封じる。
「ぐっ……。そこを、どけ」
「退いたら俺らを殺しにかかって来るだろ、お前は。だから嫌だ」
「何をっ」
葉月は両手足をジタバタと動かし、どうにかして克臣の拘束から逃れようとする。時折ナイフも飛んで来るが、克臣は余裕の笑みでそれらを受け流していた。
実は、克臣の背中に晶穂が指を触れさせている。そのために晶穂にかけられたシールドが克臣にも影響し、ナイフから身を護っているのだ。
(ちょっと反則技だけど、克臣さんを殺させたりしない!)
克臣も晶穂の神子の力を信頼しているが故に、葉月の拘束に力の全てを注いでいた。葉月が動く度にメキッと音がするのは、無理矢理葉月が動くために彼の骨が軋む音である。
克臣は葉月に全体重をかけながら、周囲の気配も感じ取ろうとしていた。晶穂の神子の力の助けもあって研ぎ澄まされた感覚に、一つの影が引っ掛かる。
(誰かが、監視している? だが、手を出す気はない、か。好都合だ)
監視の目を無視し、克臣は葉月に尋問口調で問い質す。
「晶穂の言う通り、ここを退くなら見逃す。どうせお前たちとは最終的にやり合うんだろうが、ここは町の中だ。住民に迷惑をかけたくない」
「……ふん、偽善的だな」
「どうとでも言え。――ただし、帰ると言うなら一つ質問に答えろ」
「……」
克臣を睨み付ける葉月だが、その眼力は弱まっている。容赦ない克臣の力の入れ方で、あばら骨の数本は折れたのかもしれない。ただ、闘気は失わずに無言を貫く。
何も言わない葉月に、克臣は問いかけた。
「お前たちの、『世界を手にする者たち』の目的は何だ? どうして、俺たちをこけ落とそうとする?」
「……」
「……」
克臣の問いかけから、数分は経過する。それでも口を割らなかった葉月だが、克臣と晶穂も退かないと悟るとため息をついて口を開いた。
「……お前たちは、支配人にとって好都合だ。あの方の目的のためには、圧倒的な支持を受ける者たちの絶望が不可欠だからな」
「圧倒的……」
「支持を受ける者たちの絶望?」
「これ以上は、話せば僕の首が飛ぶ」
はあぁと長いため息をつくと、葉月は克臣の一瞬の隙を突いて彼を突き飛ばした。
「うおっ!?」
「克臣さん!」
もんどりうって倒れた克臣を抱き起した晶穂は、バク転してその場を離れた葉月を見上げる。葉月は近くの住宅の屋根に跳び上がり、こちらを憎々しげに睨んでいた。
「次はない。そう思え」
それだけを吐き捨てると、葉月は夜も町へと消えていった。
葉月を見送っていた晶穂は、克臣の「うっ」という呻き声で我に返る。見れば、克臣は頭や腕から血を流しているではないか。
慌てた晶穂は、ポケットから取り出したハンカチで克臣の額の大きな切り傷を押さえる。
「克臣さん、怪我が!?」
「大したことない。それより、お前のお蔭で命拾いしたぜ。助かったよ、晶穂」
「いえ、わたしは……」
「流石、俺の弟分の恋人だな」
「っ! ちゃ、茶化さないで下さい!」
真っ赤な顔をして怒る晶穂に笑みを見せ、克臣は彼女の手を借りて立ち上がる。彼の視線の先には、もういない誰かのいた時計台があった。
「克臣さん?」
「いや、何でもない……こともないが、これは戻ってから話す。まずは、あいつらの所に戻ろう」
「はい」
葉月によれば、あちらにも敵の襲撃があったはずだ。二人は急いでその場を離れ、仲間たちの元へと向かった。
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