第489話 選んでくれ

 リンたちが中庭から室内に入ると、暗がりに立つ人物がいた。彼は壁に背中を預け、リンたちに気付くと「よっ」と右手を挙げた。

 ジェイスは廊下の明かりを付け、苦笑する。

「克臣、明かりくらい付けなよ」

「何となく、な。お前らの話、聞かせてもらったよ。早く食堂に行こうぜ。ユーギたちも待ってる」

 それ以上言うことなく、克臣はくるりと背中を向けた。

 中庭に入ることなくジェイスや晶穂たちに全てを任せ、決まったことを受け入れる。今回はそういう役割をすべきだろう、と克臣自身が決めた結果だ。

 何も言わずに歩いて行く克臣の背中を追い、リンたちは食堂へと向かった。

「あ、おはようございます。団長たち」

「おはようございます」

「おはよう!」

 食堂には、既に三人の年少組が席についていた。

 しかし今までと違うのは、彼らの声の他には話し声が聞こえないこと。普段であれば、近所の人々や仕事の前にやって来る人である程度賑やかだが、人影が少ない。サーカスの公演を見たという昨日の今日だが、魔種が銀の華を悪く言う事態は少しずつ広がっているのかもしれない。

 そんな事態に寂しさを感じたものの、リンはそれを顔には出さない。ただ、全く食堂内を見渡さずに真っ直ぐユーギたちの元へと向かったために、晶穂たちには心情が察せられてしまったが。

 席につく直前、晶穂が「あっ」と声を上げる。この食堂では、受付まで出向いてメニューを選び注文しなければならないのだ。

「注文して来ないと」

「それはぼくらがやっといたよ! 春直と取りにに行ってくるから待ってて」

 ユーギがいの一番に手を挙げると、隣の春直も頷く。二人が駆けて行くのを見届け、唯文も「お茶を持って来ます」と席を離れた。

「唯文兄、ぼくも手伝う」

「助かる」

 八人分の飲み物を一人で運ぶのは難しい。それに気付いたユキが唯文を追い、少し周囲が慌ただしくなった。


 まずは腹ごしらえをということで、話し合いの場が設けられたのは全員の食事がある程度終わってからだった。

「……それで、昨日何があったの?」

 最初に口を開いたのは、食後のヨーグルトを食べ終えたユーギ。ぺろりと唇についたフルーツヨーグルトを舐め取ると、向かい側に座るリンに目を向けた。

「サーカス団の行方を聞いたという男の子の家に向かったんだが、そこでその子が男に襲われていたんだ」

 リンはジェイスと克臣の助けを借りながら一部始終を語り、あの場にいなかった全員が息を呑む。

「そんな……酷い」

 話を聞いた春直が青い顔をして、ぎゅっと手を握り締める。

「ぼくらがやってきたことが自作自演? なんでそんなこと言われなくちゃいけないんですか……」

 半べそをかいて、春直は訴えた。春直自身、銀の華に命を救われてここにいる。銀の華のこれまでを否定されるということは、自分自身の過去を否定されることに近い。

「落ち着け、春直。サーカス団の奴らは、おれたちを利用して何かをしようとしているんだ。だから、操られた奴が何を言おうと、それに揺さぶられたら負けになる」

「唯文兄……」

 春直は大きく深呼吸を繰り返すと、ようやく肩の力を抜いた。それを確認し、唯文はリンを見据える。

「とはいえ、おれたちを貶められていることには変わりありませんよね。奴らは、何をしようとたくらんでいるんでしょうか?」

「それがわかれば苦労はしない。……だけど、奴らの目的を知るために動くことは出来る」

 真正面から唯文の目を受け止め、リンは頷く。

「サーカス団所属の男がシュロンに言ったことが正しければ、奴らはヒュートラという町に向かった。俺はそこへ行く」

「ヒュートラ。今まで縁のなかった地名だけど、どういうところなの?」

 ユーギが首をひねると、ジェイスが語り手を代わった。A4サイズの紙を近くの棚から取り出すと、それを机に広げる。それは、ソディリスラ北部の地名を記した地図だった。

 ジェイスが指差したのは、北の大陸の町アルジャとアラストを結ぶ汽車の線路の上部三分の一の場所。オオバ村に比較的近いその土地が、ヒュートラと呼ばれる場所だ。

「私もほとんど知らなかったが、ここは魔種の割合が大陸の中でも多い町らしい。銀の華の名はある程度知られているかもしれないけど、魔種が多いということは……」

「……サーカス団の『毒』に侵される人が多いということですね、ジェイスさん」

「そういうことだよ、晶穂」

 晶穂の答えに頷き、ジェイスはリンに語りを譲る。

「だからここへ向かうということは、アラストよりも嫌な思いをする可能性が高いということだ。俺はみんなと共にサーカス団の目的を砕きたいが、無理強いはしたくない。だから、もし一緒に来てくれると言うのなら」

 掛け時計を見上げ、リンは言う。

「今日の正午、ここを出る。その時、玄関ホールに来て欲しい」

「私と晶穂、ユキ、克臣は行くよ。だから、ユーギと春直、唯文は自分たちで決めるんだ」

「留守を預かるというのも、危険な役割になる。まあ、文里さんがシュロンの父親、セージュンさんと連携を取ってくれると昨夜約束してくれた。テッカさんも明日には戻ると連絡をくれたから、心配はないがな」

 リンに続き、ジェイスと克臣が現状を説明する。

 晶穂は三人の話を真剣な表情で聞く年少組を見ながら、内心肩を竦めて苦笑していた。 

(きっと、リンもわかってるだろうにね。出来るなら、危険から遠ざける選択肢を残して置きたいんだろうな)

 リドアスに残るにしろ、ヒュートラへ行くにしろ、危険は付きまとう。しかしこれまで共に戦いに身を投じてきた彼らが選ぶのは、わかりきった選択だろう。

「じゃあ、一度解散だな」

 リンの合図を受け、各自が動き出す。

 年少組も何かを決意した顔で、それぞれの部屋へと戻っていった。


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