第481話 サーカス団の行方

 翌日から、リンを中心としてあのサーカスに関する情報収集が始まった。

 サーカスを知る人はアラストに数多く、評判は非常に良い。しかし、彼らが何処から来てこれから何処へ行くのかを知る人は誰もいなかった。

「サーカス団『世界を手にする者たち』、か。チラシをよく読んではいなかったけど、かなり挑戦的な名前だね」

 昼になり、町に散っていたメンバーがリドアスに集まっていた。会議室の机に周辺地図と世界地図を広げたジェイスは、傍に置いていたサーカス団のチラシを読んで苦笑をにじませる。

 サーカス団が今までに立ち寄ったと聞いた地名の上には、黒い碁石が置かれた。聞き取りの結果を春直に読んでもらいながら、ユキが石を地図の上に置いている。

「ユキ、ここもそうだ。グリゼ、ファルスも」

「北の端と南の端にある町だね。……こう見ると、ソディリスラの全土を回ってるんだってよくわかる。世界を手にするとまではいかなくても、世界中を知っているって感じだね」

 グリゼはソディリスラの北の端、ファルスは南海に面した南の端だ。

 碁石を置き終わった地図を見て、克臣が肩を竦める。

「こんだけの場所、全部を調査するなんて不可能だぜ。せめて、これからの行き先がわかればな」

「それがわかれば苦労しないよ、克臣さん」

「ユーギ、俺もわかってて言ってるからな?」

「言いたくなるのもわかるけど、現実のこれだろ?」

「ほらほら、喧嘩しない」

 克臣とユーギの仲裁をしたジェイスは、自分の隣でじっと地図を見詰めるリンに声をかけた。

「リンは、何か情報があった?」

「ほとんど空振りでしたが、一つだけ。サーカス団の団員から、次の開催地を聞いた人がいたんです」

「本当か?」

 リンの発言に、その場にいた全員が驚いた。




 同じ頃、湖の傍で野宿の支度をしていたサーカス団。馬を休ませ、数人が食事の支度をしていた。

 食事当番の一人であるジスターは、己の魔力である水の力を操り煮込み料理に精を出す。アラストの町で仕入れた獣肉を下ごしらえし、野菜と共に鍋に突っ込む。

 他のメンバーに指示を出す役割は別の者に任せ、淡々と作業する。そんなジスターを観察していたゼシアナが、湯気を上げる鍋を覗き込んだ。

「相変わらず、料理が上手いですね」

「……兄が一切出来ないんで」

「確かに、イザード様はそちらは不得手ですから」

 くすくすと笑うゼシアナは、ちらりとイザードのいる方向を見る。

 イザードは馬車の近くにいて、団員たちと談笑していた。その手元には地図らしきものとペンがあり、何かを書き込んでいる。彼が食事の準備に参加しないのは、支配人という立場もさることながら、不器用さが大きな理由だ。

 代わりに、弟のジスターは器用で何でもこなす。水を扱うことにかんして、彼の右に出る者はこのサーカス団には存在しない。

わたくしもお手伝いしましょうか?」

「歌姫だけど、良いんですか?」

「手を使っても良いのか、と? 私も歌うだけではありませんからね」

 そう言ったゼシアナはまな板の上に置かれていた包丁を持ち、リズミカルに野菜を切っていく。トントントンという切る音に合わせ、何となく鼻歌まで歌い出す。

「……」

 ジスターはそれ以上何も言わず、鍋の番へと戻った。

 料理が着々と出来上がる中、湖から離れた空き地では金属音が響いている。

「くっ……。なかなかやるな!」

「お前こそっ」

 火花が散る本気の試合をしているのは、ピエロのシエールと司会を務める葉月だ。

 身軽な猫人であるからこそ、空中での芸を得意とするシエール。そして、彼のライバルであり狼人の葉月。二人は共に戦闘狂と呼ばれる程、戦うことが好きでよく二人で鍛錬している。その激しさは、イザードが数回止めるよう咎めたことがあることからも想像がつく。

「そういやっ、聞いたか?」

「何を」

 響き渡る金属音を奏でるのは、二人が操る長剣だ。鍛錬用のものとはいえ、その切れ味は折り紙付き。

 シエールに問われ、葉月は訊き返しつつ剣を滑らせ弾いた。

「団員の一人が、客に行き先を喋ったらしい」

「へえ……。そいつ、生きてんの?」

「知らんが、無事だとも聞いていない……なっ」

「ちっ」

 葉月は舌打ちし、シエールの剣を受け止めた。そのまま力業で押し切られるのは癪だと思い、思い切り腕力で弾き飛ばす。

「――っはぁ、はぁ」

「はっ、はっ……。今日は、これくらいにしとくか」

「だな」

 汗を拭い、剣の刃に傷が出来ていないか確かめる。二人はそれぞれに呼吸を整えながら、いつもの作業を黙々と行なった。

「……それで?」

 ふと思い、葉月は手元を止めてシエールに尋ねる。

「ん?」

「次は何処に向かうって?」

「ああ、その話か」

 シエールはふっと息で笑うと、とある町の名を口にした。




「聞いたのは、サーカスを見に行ったという商店街の店舗の子です。ユキと共に痣を持つ人がいないか探しに行った時、その子が教えてくれました」

「じゃあ、その町に行けばサーカスの連中に会える可能性が高いってことだな」

「そうなります、克臣さん」

 克臣に向かって一つ頷いたリンは、傍に置かれていた白い碁石を手に取った。

 会議に行方を見守っていた晶穂は、思わず問いかける。

「それは……何処?」

「オオバ近くの町、ヒュートラ。アルジャの南側に位置する、魔種の多く住む地域だ」

 リンが碁石を置いたのは、まさにアルジャとテラフ、そしてオオバの中間地点。アラストから見て来たの地域にあり、今までほとんど銀の華として関わることのなかった地域だ。

「そうとわかれば、事情聴取に行かないとね」

 ジェイスはにこりと微笑むと、指を汽車の線路にはわせる。アラストから伸びる汽車を途中下車すれば、迷うことなくヒュートラに辿り着く。

 克臣もジェイスに同意し、右腕をぐるぐると回す。

「行くのはここにいる奴らだけで良いだろ。ユキは平気なのか?」

「大丈夫。痛いとかはないです。だけど……」

「だけど?」

 訊き返され、ユキは言う覚悟を決めた。

「行く前に、この痣についてわかったことを聞いて下さい」

 ユキの言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。

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