第479話 消せない・消させない
「……」
ユキの鎖骨の間に、細い筆で描かれたような複数の花びらを持つ花の痣が浮き上がっている。その事実を目の前にしながらも、その場にいた誰もが言葉を発することが出来ずにいた。
「サーカスで歌が始まって、物凄い魔力の拡散を感じたんだ。だから三人を促してテントの外に出て、しばらく様子を見てた」
「だけど、出てきた観客の人たちは特に変わった様子もなくて。けど嫌な予感がしたから、早くリドアスに戻ろうってなったんだけど……」
ユキの言葉を繋げたユーギが、ちらりとユキの痣に目をやった。
「なんとなく違和感を感じて、服の下を覗いてみた。そうしたら、これが浮かび上がってきたんだ」
「ユキ、ちょっとごめんね」
ジェイスは一言断りを入れると、そっとユキの痣を指でなぞる。凸凹している訳ではなく、さらりとした肌の感触が伝わってきた。
「痣とはいえ、痛みは?」
「ないんだ。それがかえって不気味で」
「……もう一度触れるよ」
目を閉じ、ジェイスはユキに付けられた魔力の根源を探す。植え付けられたものならば、それを絶てば浄化することが出来るからだ。
しかし、ユキの体の何処にもその根源はない。まるで、ただスタンプが押されただけのように。
更にジェイスは、ユキの体に痣をつけた張本人の魔力を辿ろうとした。辿るために魔力の軌跡を手繰るのだが、途中でふつりと切れてしまっている。
眉間にしわを寄せて指を動かすジェイスに、克臣は身を乗り出して尋ねた。
「どうだ? ジェイス」
「……この魔力の持ち主を探すことは難しそうだ。魔力の根を切りたかったんだけど、それも見付からない」
首を横に振り、ジェイスは目を開ける。そして、今更ながら気付いたことを口にした。
「そういえば、一緒にいた君たちは大丈夫なのかな?」
「おれたちには、痣が見当たらないんです」
ジェイスの問いに対し、唯文が答える。彼に同意を求められ、春直とユーギも頷いた。
「歌を聞くなとユキに言われて、耳を思い切り塞いでいたのがよかったのかもしれないです。でも、ユキも同じように塞いでいたのに……」
しゅんと項垂れるユーギの頭を撫で、リンはユキの前に膝をついた。弟を見上げ、その肩に手を乗せる。
「何か、条件があるのかもしれない。ユキ、異変があったらどんな小さなことでも良い。必ず誰かに教えてくれ」
「わかったよ、兄さん」
不安げな笑みを見せる弟の頭を撫で、リンは「ありがとう」と呟いた。
「ユキだけじゃない。唯文も春直もユーギも、何かに気付いたら言うこと。俺もあのサーカスについては調べてみる」
「わかりました」
「はい」
「勿論だよ!」
「じゃあ、頼むな。夕食は多めに作ってあるらしいから、たくさん食べて元気を付けておけよ。……ジェイスさん、克臣さん。こいつらを頼みます。俺は、ちょっと外します」
「わかった」
「ああ。早く来いよ?」
「ええ」
リンは兄貴分たちに頷くと、さっと会議室を出て行く。彼の背中を追おうとして、晶穂は思わず手を伸ばした。
その晶穂の肩を、克臣が引く。
「晶穂」
「克臣さん、あの、リンが……」
ジェイスと共に年少組は移動してしまい、会議室には晶穂と克臣しかいない。突然駆け出そうとした晶穂を無意識に引き留めてしまった克臣は、晶穂の涙目を見てぎょっとする。しかし晶穂の顔に浮かんだ不安が誰に対するもの何かを察した克臣は、思わずくすりと笑ってしまった。
(何で、こいつらはこんなに優しいんだろうな。最早、痛々しいくらいに)
「あの……」
「わかってる。多分あいつは、今頭の中が整理し切れていないんだ」
「出て行く直前、リンの目が潤んでいた気がして……。わたしじゃ何も出来ないけど、せめて傍にいたいって思ってしまって」
言いながら、晶穂は赤面している。それでも懸命な様子に、克臣は改めて意志を固める。大切な彼らをずっと護っていくことを。
そして、弟分を護るのは、もう自分とジェイスだけではない。
「頼むな、リンを」
「――はい」
素直に転がり出た克臣の言葉に、晶穂は強く頷く。
転がるように走って行く晶穂を見送り、克臣もジェイスたちの待つ食堂へと歩いて行った。
「――あらら」
「どうかしたの、ゼシアナ?」
移動の馬車の中、
「いえ……ふふっ。どうやら
「ならば、わたしたちのことがバレる心配はない?」
「今のところは、でしょうか」
くすくすと微笑んだゼシアナは、膝に乗せた水晶玉を優しく撫でた。
水晶玉の中には銀色の花びらと黒い花びらが一枚ずつ入っている。向かい合わせになるように固定されたそれらは、とある場所で見付けたものだ。
ここは、サーカス団『世界を手にする者たち』所有の馬車の中。幾つもの馬車を連ね、次の目的地へ向かって移動している。その前から二番目の馬車は、サーカスでも人気を得ている女性役者の特等席だ。
ゼシアナが水晶玉を見詰めていることに気付き、夏姫が「それ」と指差す。
「あの時、散ったやつ?」
「ええ。……とても綺麗でしたね、アリーヤ?」
「ん? ああ、そうね」
くあっと大欠伸をしつつ応じたのは、夏姫と同じくピエロを演じるアリーヤ。いつも気だるげな彼女だが、本番ではスイッチが切り替わる。
「あたしの人形もうまく動いてるしぃ、支配人の野望実現も間近かもね?」
「勿論よ」
自分のことのように自信ありげに、夏姫が豊かな胸を反らせる。
「私の魔力は、特別製ですから」
「はいはい」
アーリヤはそんな夏姫に対し興味なさげに、手作りの人形をもてあそんでいた。
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