第472話 子どもたちの団らん
ジェイスを見送った春直は、そのまま本来の目的地を目指してぱたぱたと駆ける。学校が休みの今日、課題をユキたちと片付ける約束をしているのだ。
幸い明日も休みであるため、明日はみんなで町へ遊びに行く予定だ。なんでも、遠くの土地から有名なサーカス団が来ているらしい。明日が最終公演日で、リンたちの許可も得ている。
(サーカスなんて、初めてだ。楽しみのためにも、今日終わらせないとね)
弾む気持ちが春直の猫耳にも表れ、ピクピクと動く。スキップしそうになりながら、春直は宿題の入った布のトートバッグを肩にかけ直した。
そして集合場所の食堂に向かう途中、髪と耳を濡らした二人組を見付けて手を振る。
「あ。唯文兄、ユーギ!」
「春直、すまない。少し待っていてくれるか?」
「ぼくら、克臣さんの手伝いしてきたところなんだ! すぐ用意するから、先に食堂に行ってて」
風呂場から出てきたばかりの二人は、これから髪を乾かすのだという。風の魔力が籠められた所謂ドライヤーを使うのだろう。
「わかった。待ってるね」
頷き、春直は二人と別れる。その足で食堂に入ると、ユキがジュースを飲みながら宿題に手をつけずにボーッとしていた。
「ユキ、お待たせ」
春直が手を振ると、ユキはようやく気付いて手を振り返した。少しぎこちないそれを春直が不思議に思っていると、ユキが目を彷徨わせながら口を開いた。
「あ、春直。なあ、宿題やる前に、話を聞いてくれない?」
「話? 良いよ。あ、でも唯文兄とユーギが来てからの方が良いかな?」
「……うん、そうしよう。春直は何か飲む?」
「ぼくもジュースかな。持って来るよ」
歯切れの悪いユキの態度に首を傾げながら、春直はキッチンの中にある冷蔵庫へと向かった。すぐに唯文たちもやって来るだろうと思い、コップは三つ用意する。
ジュースを注いでいると、唯文とユーギもやって来た気配を感じた。お盆にジュースを乗せ、春直は席へと戻る。
「お待たせ、みんな」
「ありがとな、春直」
「ありがとう、春直! で、ユーギの話を先に聞こうか?」
ユキが促すと、ユーギは小さく頷く。全員が自分に注目しているのを見て、彼は「あのね」と話し出した。
「午前中、ジェイスさんにお使いを頼まれたから町に行ってきたんだ。お使いは無事に終わったんだけど、帰りに変な人とすれ違ってさ」
「変な人?」
「そう。なんか、おとぎ話に出てきそうなおばあさん。黒いフードを被った小柄な。その人とすれ違った時、ぼくにしか聞こえない声でこう言われたんだ。──『じきに、呪いが起こる。お前たちは試される』って」
「……呪い。試される、か」
腕を組み呻く唯文に、ユキは「そうなんだ」と大きく頷く。
「近くの屋台で訊いたら、そのおばあさんはこの辺じゃ有名な占い師さんなんだって。お店を持たず、頼まれれば占いをしてくれるらしいんだ。そして、よく当たるって」
「この話、団長には?」
春直の言う団長とは、リンのことである。その問いに対し、ユキは首を横に振った。
「まだ。でも、宿題を終えてから話そうと思ってる。さっき、中庭で鍛練してるのを見たから、集中を途切れさせたらいけないもんね」
「じゃあ、さっさと宿題終わらせよう。で、団長たちに相談しようよ」
ユーギの提案に、三人が同意する。
早速鉛筆と消しゴム、そしてテキストとノートを取り出した年少組は、年長者の唯文を中心に宿題に取り掛かった。
宿題を全員が終えたのは、それから二時間後のことだった。
「終わったぁ!」
ガッツポーズと共に体を伸ばしたユーギが机に突っ伏す。机の上には閉じられたテキストとノート、そしてプリント類が散乱している。
そんな解放感に浸るユーギを穏やかに見守るのは、いの一番に宿題全てを片付けた春直だ。彼のクラスでは国語と算数のドリルが五ページ分出たが、どちらも得意なためにユキやユーギ程手間取らなかった。
「終わったねぇ」
「唯文兄の説明、わかりやすかった。ありがと」
「ユキはみんなよりも学校に行くのが遅かったからな。でも、もうそんな負い目は感じなくても良さそうだ。ほとんど躓かずに出来てたし」
「本当? よかった!」
唯文の褒め言葉に、ユキが目を輝かせる。
ユキはとある事件で母親と共に誘拐され、一人生き残った。その後も囚われ続け、数年前にようやく自由を取り戻したのだ。当時は記憶を失っており体も成長を止めていたが、今では年相応の十四歳の少年となっている。
「これで、ぼくをからかう奴らを無視出来るよ」
「……ユキ、いじめられてたの?」
不安げに呟き問いかけたのは、ユーギの耳を撫でていた春直だ。ユーギも机から顔を上げ、目を丸くしている。
「ぼくがぶっ飛ばしてやろうか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、ぼくが突然編入したものだから、裏口入学だなんだって陰口叩く奴らがいるだけ。ちゃんとぼく自身の学力とか生活態度を見せれば、いずれ収まるだろうし。ぼくは無視してるしね」
「でも、何かあったらすぐ言えよ? おれは学校が違うからすぐには手出し出来ないけど、下の学年にはユーギと春直がいるんだから」
「うん。とっても心強いよ」
平気そうに笑うユキだが、人一倍他人の気持ちに敏感だ。記憶を失っていた間に自分の体がどう使われていたのかを知り、一時的にふさぎ込んだこともあった。
それでも笑っていられたのは、実兄のリンや仲間たちの存在が大きい。だからこそ、ユキは何も知らない他人のからかいに負けないと断言出来るのだ。
ユキが虚勢でなく本当に平気なのだとわかり、唯文は「そうか」と肩を竦めてみせた。安心したのか、少し口元が緩む。
話が落ち着いたと判断し、ユーギが「はーい」と手を挙げた。
「そろそろ、団長も鍛錬終わったんじゃない? みんなで行こうよ」
「だな。各自鞄に宿題片付けて、中庭の扉の前に集合な」
唯文の指示に三人が頷き、一時散会となった。
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