W.D番外編❀きみを喜ばせたいから③

 リンと晶穂を乗せた汽車は、最近ようやく南の大陸へ繋がったものだ。大樹の森を大きく迂回し、海側に線路を敷いた。

 真新しい車内でたわいもない話をしながら、二人は海辺の町ノルアースへ到着した。この町は漁業が盛んな港町だが、最近は観光業にも力を入れているらしい。その一環が、今日開園を迎えた『ソディリークランド』という一種のテーマパークだ。

 テーマパークとはいえ、巨大なジェットコースターや大型のアトラクションがあるわけではない。どちらかと言えばそういうものは観覧車くらいしかなく、異国情緒溢れる街並みや花畑を楽しむ穏やかなものだ。

 二人が着いた時、既に開園して人々が入り始めた頃だった。アトラクションがないためか、子どもよりも若者や大人の入場者が多いらしい。

「綺麗。こういう場所、ソディールにもあるんだね」

「俺も、ジェイスさんに聞くまで知らなかった。……入ろう」

 入口には、大きな花のアーチがトンネルになるように立てられている。花はバラのような大輪のものから、小さくてたくさん集まったものまで様々だ。

 そのアーチを潜り、二人は受付で貰ったパンフレットをもとに歩く。異国情緒ある街並みはハリボテなどではなく、それぞれがきちんと建物として建造されている。その中のいくつかは店舗であり、土産物屋やレストランになっているようだ。

「まだ昼前だけど、後であっちにも行ってみるか?」

「うん。メニュー見てるとわくわくする。絶対行こう!」

 楽しげに笑う晶穂に笑いかけ、リンは彼女と繋いだ手を握り直す。

 建物を見て歩くだけでも楽しいが、パフォーマーが広場などでダンスや曲芸を披露している。それを見て拍手を送り、二人は感想を言い合った。

「さっきのナイフ放り投げる人、凄かった!」

「刃物の方を絶対に掴まなかったな。タイミングとか、難しそうだ」

「本当に。わたしだったら、たぶん取り落とすなぁ」

 ふふっと笑った晶穂は、ふと前方に広がる景色を見て目を輝かせた。リンの手を引き、駆け足になる。

「見て、すっごく綺麗な花畑!」

「この時期、ヒメヨツバが綺麗なんだよな」

 二人の目の前に広がったのは、クローバーのような三枚の花びらを持つ白い花々だ。ヒメヨツバの名の通り、小さな花が群生している。まるで白い絨毯が何処までも広がっているように見え、ソディールでは春の花として有名だ。

 リンは晶穂と共に遊歩道を歩きながら、事前に調べたことを話す。遊歩道は花畑を潰さないよう、低い柵が設けられていた。

「ここは、季節毎に一番綺麗な花畑を見せられるように植え替えているらしい。そして、種を取ってまた翌年の花を育てるんだってさ」

「そうなんだ……。じゃあ、また夏にも来なきゃだね」

「――そうだな、来よう。二人で」

「約束」

 晶穂が小指を立て、リンもそれに応じた。自然な指切りげんまんは、次のデートの約束になる。

 花畑を通り抜け、木々の薫り溢れる林道を歩く。すると出口はあの街並みに戻り、丁度昼を告げる時計が鳴った。

「晶穂、どれが良いか決めたか?」

「うう……どれも美味しそうで。どうしようかな」

 幾つもの店の前を歩きながら、晶穂が頭を抱えた。レストランは値段設定が低く、手を出しやすい価格帯のものが多い。しかも料理も伝統的なものから日本などから入って来た異文化料理まで幅広く、カフェメニューまでそろっている。

 何を食べるかと悩んでいた晶穂だが、ふとある店の前で足が止まった。リンが彼女の見ているものを見ると、和食の専門店らしい。

「……ここにしよう」

「え、でも。デートっぽくないというか」

 躊躇いを見せる晶穂に、リンは苦笑した。そんなことを気にしているのか、と。

「俺は、晶穂を楽しませたいんだ。だから、素直に食べたいものを言ったら良い。和食、こっちじゃなかなか食えないからな」

「……うん、ありがと」

 はにかみつつ、素直に頷いた晶穂。彼女の同意も得て、リンはまだ客の少ない店内に人数を告げた。


「お待たせ致しました。ごゆっくり」

 店員が去り、リンと晶穂は改めて注文した料理を見る。

 晶穂が注文したのは、色とりどりの小さなおにぎりと和風豆腐ハンバーグのセットだ。おにぎりは定番の塩むすびの他、海藻を干したものを砕いてまぶしたものと野菜で赤く色づけしたものとがある。

 リンは大根おろしをソースに使った唐揚げの定食だ。味噌汁と玄米ご飯がついていて、ボリュームは充分である。大根おろしはわずかに辛みがあり、良いアクセントだ。

「なんか、向こうに帰ったみたい」

「確かに。このクオリティとは思わなかったな」

 にこにこと箸を動かす晶穂に、リンも頷く。

 日本とソディールとの繋がりは切れてしまったが、長く細く繋がっていた期間自体は長い。その間に行き来した者もまた多く、料理人の交流もあったのかもしれない。

「ごちそうさま。お金、自分の分は払うのに……」

「ここは俺が払う。ホワイトデーだからな」

「ありがとう。次の時は、わたしがおいしいものごちそうするね」

 目を付けてるお店があるんだよ。笑みを浮かべ、晶穂が言う。「楽しみだ」とリンが言うと、一層嬉しそうにした。

 昼前には雪も止み、暖かくなって来ている。二人はそれぞれ羽織っていたコートを脱いでしまった。

 リンは黒の薄手のセーターに、ジーンズというシンプルな出で立ちだ。対して晶穂は、白いブラウスに白と水色を使った膝下までのプリーツスカートという装いである。

「次、何処に行く?」

 リンが尋ねると、晶穂は一瞬考えてから「あれに乗ろう」と提案した。晶穂の言うあれとは、大きな観覧車のことを指す。

「パンフレットで、あれに乗ると園内を一望出来るってあったから。乗ってみたいな」

「ああ、行こう」

「ありがと!」

 晶穂に手を引かれるようにして、リンは観覧車の列に並んだ。


 やがて二人の番が来て、パークのスタッフが扉を開けてくれる。

「では、ごゆっくりお楽しみください」

 スタッフの言葉が終わらないうちに扉は閉められ、二人っきりの空間となる。向かい合わせに座った二人は、膝がくっつきそうな距離に今更ながらどぎまぎしていた。

「あき……」

「――っ、あ、あそこ。花畑が見えるよ」

「あ、ああ。そうだな。もう人があんなに小さく見えるのか」

 しばし無言だったところで、リンが意を決して話しかけようとする。すると晶穂は先制とばかりに外に向かって目を向けた。

 巨大な観覧車は、まだ頂上まで上がっていない。それにもかかわらず、眼下の人々は手のひらサイズくらいに見えた。

「……っ」

 リンは外を見詰める晶穂を見て、深呼吸をした。今ならば、多少恥ずかしいことも出来る気がする。いつも茶々を入れて来るジェイスも克臣も、ここにはいない。

「晶穂」

「え。り、リンッ!?」

 軽くゴンドラが揺れた。晶穂は呼ばれたことで振り返り、リンが隣に移動してきたことでより動転する。

 真っ赤な顔をしてわたわたする晶穂を可愛いと思いつつ、リンは彼女の体の向きを自分と反対に向けさせた。そして「動くなよ」と注意する。

「あ、あの……」

「もう少し。目、閉じててくれ」

 リンは努めて冷静な声を出し、向かい側の席に置いていたリュックから小さな箱を取り出す。そこには一昨日作ったものが入っている。

 音をたてないように取り出すと、金具を外した。

「……」

「……」

 ひやり、と晶穂の首元に何かが触れる。ぴくっと反応した晶穂だが、リンの言葉を守って顔を前に固定した。

「……よし、もう良いぞ」

「……? これっ」

 瞼を上げた晶穂は、ゴンドラの窓に映ったものを見て声を上げた。

 晶穂の胸元には、ペンダントのトップが輝いている。それは晶穂の目の中にある光と同じ、青空の色をした石だった。石は五つ使われており、楕円に近いその小さな石が花の形に嵌め込まれている。

 振り返って言葉を失う晶穂に、リンは照れ笑いを見せた。

「ホワイトデーのお返しだ。何が喜ぶかわからなくて、手作り教室で作ってみた。晶穂の瞳の色と、銀の花をイメージして……っ、うわっ!?」

「嬉しい……っ。素敵なプレゼント、ありがとう」

 感極まり、涙を流しながら晶穂がリンに抱き付く。驚いたものの受け止めたリンは、優しく晶穂の髪を梳くように撫でた。

「俺こそ。いつも俺の傍にいてくれて、ありがとう。……照れくさいけど、晶穂がいてくれるから、俺は戦えるんだ」

「わたしも。――大好きだよ、リン」

「晶穂……」

 涙で濡れた瞳に、リンは囚われる。自然と、無意識に近い形で二人の唇が近付く。

 その時だった。

「「――っ!?」」

「お疲れ様でした! 到着です」

 お約束のように、スタッフがゴンドラの扉を開けた。その一瞬前、二人はガタンというゴンドラの音に気付いて何事もなかったかのように向かい合わせで座っていたのだが。

「ふふ。またお越しください」

「あ、はい」

「あ、ありがとうございました」

 二人の赤面から何かを察したらしい女性スタッフが、彼らを見送った。それすら恥ずかしくて、リンも晶穂も振り返ることは出来ない。


「今日は本当に楽しかった。計画してくれてありがとう、リン」

 夕方、リンと晶穂は再び汽車に乗ってリドアスへと帰って来ていた。仲間たちにお土産のパーク限定クッキーを配り終え、再び二人っきりでリンの部屋で座ったところだ。

 ラグの上で足を崩し、晶穂が微笑む。彼女の胸元には水色の花が輝き、それをそっと手に取る。ふにゃりと気の緩んだ笑みを浮かべた。

「これ、本当に綺麗。リンの気持ち、たくさん入ってるね」

「それだけじゃ、なくて」

「え。り……っ」

 晶穂がはっと息を呑む。

 そっと頬に触れたリンは、真剣な顔をして揺れる晶穂の瞳を見詰める。言葉をなくしたように呆けてしまった晶穂の唇に、リンは自分のそれを触れさせた。

 唇が離れてからもぼんやりと溶けた表情をする晶穂の耳元に、リンはそっと呟く。

「……――ずっと、傍にいてくれ」

「あ……はい」

 まるで、プロポーズのような言葉。晶穂は止まりそうな程にドキドキと拍動する心臓をどうすることも出来ず、懸命に首肯することしか出来なかった。

 どうしようもなくなったのはリンも同じで、晶穂の顔を真面に見られない。照れている顔を見られないため、ハンガーにかけていた厚手のカーディガンを取って晶穂の頭から被せる。

「……。ほら、寒いからこれ羽織れ」

「わっ。これ、羽織ってるって言わないっ」

「頼むから、そのままでしばらくいてくれ。……体の熱が引かない」

 ぼそりと呟いたリンに、晶穂はしばし頭にカーディガンを被ったまま固まる。そして、カーディガンを頭から取ると吹き出した。

「……なんだ、一緒だ。ふふっ」

「し、締まらないだろうが。笑うなよ」

「ふふっ」

「全く……っ。ははっ」

 なんだか可笑しくなって、二人は笑い合った。

 いつまでもこうして笑っていられたら。リンはそう願いながら、隣で微笑む晶穂を抱き寄せるのだった。

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