W.D番外編❀きみを喜ばせたいから➁

 ホワイトデー当日、朝から細かい雪が降っていた。

 積もるほどの雪ではないが、リンは南の大陸へ向かう汽車が止まらないかと心配していた。しかしそんな彼を他所に、早朝に出会ったシンが笑う。

「もしも汽車が止まったら、ボクが乗せてってあげるから」

「……そういえば、巨大な竜だもんな。気持ちは有り難くもらっておく」

 小さな竜の申し出をやんわりと断り、リンは今汽車の駅にいる。

 リンは黒に近い藍色の薄手のコートを羽織っている。今日は昼間、雪が止んで暖かくなるという。背中には小さめのリュックを背負い、晶穂との待ち合わせ場所である駅構内の時計広場に立っていた。

 折角なら待ち合わせをしよう。晶穂の提案で別々にリドアスを出たのだが、彼女がどんな格好で来るのかリンは知らない。リンが出る時にはまだ部屋にいたらしいが、声をかけに行こうとしてユキに止められたのだ。

「兄さん、先に行って待ってなよ」

「わ、わかった」

 有無を言わさぬ圧を弟から感じ、リンは苦笑した。

「……晶穂、喜んでくれるかな」

 リンは晶穂に行き先を告げていない。ただ、汽車の駅で待ち合わせをと決めただけだ。

 リュックの中には、一昨日アクセサリー手作り教室で作ったものが入っている。晶穂をイメージして石を選んだが、彼女の反応を見るまでが怖い。

(俺は、こんなに憶病だったんだな)

 晶穂が絡むと、リンは手を伸ばすのが怖くなる。二度と失いたくないと願い、一生を賭けて大切にすると誓った最愛の人。恋人として過ごしてきた時間は短くはないが、まだ越えられない境界がある。

 はぁ、と白い息を吐く。徐々に増えていく待ち人たちの中、リンは現れるはずの晶穂の姿を探していた。

「遅い、な。待ち合わせに遅れるなんてあいつらしくない……ん?」

 待ち合わせ時間を過ぎ、五分。いつもならば時間よりも早く来るのに珍しいと思っていたリンは、ふと喧騒を聞いて首を巡らせた。

「あれは――」

 駅の外、行き交う人々があえて避けている場所があった。そこには五人くらいのガタイの良い青年たちがいて、その中の一人が誰かの手を掴んでいる。その誰かは嫌がっているようだが、青年たちは下品に笑うだけだ。

 止めに入りたい様子を見せる大人もちらほらいるが、喧嘩の強そうな青年たちには手が出せない。それをいいことに、青年たちは捕らえた少女をいやらしい視線を向けている。

「離して! 人と待ち合わせしてるんですから」

「ねえちゃん、そう急ぐなって。オレたちと一緒に来た方が楽し……ぐあっ!?」

「――こいつを離せ、下衆」

 ドスのきいた声で威嚇したのは、晶穂を抱き締めたリンだ。晶穂と青年の間に滑り込み、同時に男の手を払って鳩尾を蹴り飛ばした。

 顔から地面に突っ込んだ青年の仲間が彼を助け起こすと、鼻から血を出してよろめく。そしてリンを罵倒しようとした瞬間、リンの眼光に怖気付く。

「……う」

「これに懲りたら、二度とするな。……銀の華は、いつでもお前たちを返り討ちにする用意があるぞ」

「ぎ、銀の華……」

 銀の華といえば、アラストを拠点に活動する自警団。そしてどんな敵とも渡り合い、倒してきたとして有名な武装集団だ。その武勇伝は裏社会にも知れ渡り、銀の華には決して牙をむくなという戒めすら囁かれてる。

 青年たちもその辺りのことを少しは知っているらしく、顔を見合わせ挙動不審に陥った。リンに対抗しようとしていた男も、リンが銀の華の団長だと気付いて口をパクパクとさせている。

「――お巡りさん、こっちです!」

「!? ず、ずらかるぞ!」

 その時、タイミングよく誰かが呼んだ警官たちがこちらに走って来た。それに気付き、破落戸たちは這う這うの体で逃げていく。

 警官たちも大半が彼らを追い、現行犯で捕らえられているが遠目に見えた。

「……ふう、よかった」

「あの、リン……」

「え? ――……ご、ごめん」

 警官からの事情聴取を簡単に終えた後、リンは自分が晶穂を背中から抱き締めたままであったことにようやく気付いた。そういえば、周りからの好奇の視線が痛い。

 本当は好奇というよりも微笑ましさに和まされている視線だったのだが、リンは好奇と解釈した。実は銀の華の団長・リンと晶穂のカップルはアラストでは有名で、見ていると幸せな気持ちになると噂されている。

 慌てて晶穂を解放し、リンは改めて晶穂の格好を見た。

 ブラウンの薄いコートを羽織り、裾からは白と水色のスカートが見えた。ショルダーバッグはコートよりも濃いブラウンで、白いフリルがあしらわれている。更に灰色の髪は結わえず、スカートと同じ水色のカチューシャが付けられていた。

「ど、どうかな……?」

「ああ。……よく似合ってる」

 顔を赤らめながらも、リンの言葉に微笑む晶穂。

 そんな彼女を見て、リンは内心悶えていた。恥じらう晶穂の全てが愛おしい、などと口に出来るはずもなく。

 密かに深呼吸すると、リンは晶穂の手を取った。

「行こう。もうすぐ汽車が来るから」

「――うん、楽しみ」

 乗るつもりでいた汽車には間に合い、二人は目的地である南の大陸へと出発した。

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