W.D番外編❀きみを喜ばせたいから➀
バレンタインデーから約一か月後、リンは一人でアラストの商店街を歩いていた。
ホワイトデーに相当する三月十四日は、後二日後に迫っている。しかしリンはまだ、晶穂へのお返しを何にするか決めかねていた。
(菓子……は、晶穂の方がうまいしな。作れない訳じゃないんだが)
リンも時折、自分用の昼食を簡単に作ることはある。更に以前、晶穂と二人っきりで留守番をした際には、食事を彼女に振る舞った経験もあった。
しかし、それとこれとは別の話だろう。リンは晶穂を喜ばせられる贈り物は何なのか、未だに考えている。
「たぶん、お前がくれるものなら何でも喜ぶと思うぞ」
「というか、晶穂はリンが自分のためを思って用意してくれたなら、心から喜ぶんじゃないかな?」
昨日の夜、どうしても思いつかないと相談した兄貴分二人はそう言って笑っていた。克臣の言うこともジェイスの言うこともわかるのだが、リンの欲しい答えはそうではない。
「俺は、晶穂にお世辞でなく喜んで欲しいんですよ……」
思わず漏れ出た呟きを聞き、何故か二人は苦笑し合っていたが。
そんなこともあり、リンはヒントを得るために商店街に出ている。晶穂と仲の良い女性陣に尋ねても、明確な答えは得られなかった。そもそも女性メンバーの少ない銀の華だが、克臣の妻である真希からのアドバイスはこうだった。
「リンくん自身が、晶穂ちゃんが何をしたら喜ぶか、考えることが一番大切よ」
「そう、ですよね」
わかってはいるのだが、良い考えは浮かばない。時間がないと焦るリンだが、歩く彼の目に止まったポスターがある。
(……様々な石で作る、アクセサリー? プレゼントにもどうぞ、か)
それは、手頃な値段で可愛らしいアクセサリーが購入出来るとして人気のアクセサリーショップだ。店頭には桃色や黄色、紫色などの鮮やかなアクセサリーが所狭しと並べられている。中には学生や若い女性の姿が見え、リンは入るのを
「あれ、団長さん?」
ポスターを見ていたリンに気付いたのは、店の店長の男性だ。彼は猫人で、時折リドアスの食堂に昼食を食べに来る常連でもある。そのため、リンとも顔見知りなのだ。
「店長」
「ふふ、助かったって顔してますね。宜しければ、裏からどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
店長の招きに応じ、リンは裏口から事務スペースに入らせてもらった。そこには四人が向かい合って座れるほどの大きさのテーブルが置かれ、壁際には資材を置くための棚がある。
椅子を勧められるがまま、リンは何とはなしに店長に相談を持ち掛けていた。晶穂の名は伏せて、ある女の子に贈り物をしたい旨をぼやかして。
「そういうことなら、表に貼っていた『アクセサリー手作り教室』はオススメしますよ?」
店長は、微笑みながらそう言った。
手作り教室では、様々な色と輝きを持つ石の中でも綺麗で安価なものを使い、ペンダントやブローチ、ブレスレット等のアクセサリーを作ることが出来るという。それを自分用に作る人がいる一方、誰かのために作りたいという人もいると店長は言った。
「手作り、か」
ふと思い浮かぶのは、晶穂にはどんな色の石が似合うかということだ。それをふと思いつく時点で、リンは自分に向かって苦笑する。もう、嘘などつけないのだと。
「お願いしても良いですか?」
「勿論。では、二階へどうぞ」
店長の後に続き、リンはマンツーマンの手作り教室に参加した。
「ただいま帰りました」
「お帰り、リン」
「ジェイスさん」
リドアスの玄関ホールに入ったリンを迎えたのは、本を何冊も抱えたジェイスだった。これから調べものをするというジェイスは、リンの顔を見て柔らかく微笑んだ。
「何か、良いものが手に入ったのかな?」
「良いものというか……。ちょっと」
「ふふ、そう。喜んでくれるよ、絶対にね」
「――っ」
ジェイスには全てお見通しらしい。思わず鞄を押さえて赤面したリンは、部屋に戻ることを告げると廊下を歩いて行こうとした。
「ああ、ちょっと待ってくれるか?」
「? はい」
リンが足を止めると、ジェイスはソファーの上に本を置いた。それから本の間に挟んでいた紙を一枚引き抜くと、リンに差し出す。
「ここ、面白そうだから行って来たら?」
「これ……テーマパークみたいなものですか?」
ジェイスに手渡されたのは、ソディール南部の町に出来たという、広大な敷地を使った施設の広告だった。敷地の中には季節の花々を見られる花畑や異国風の街並み、そして遊園地が併設されているようだ。しかも、開園は明後日。
「そうそう。きっと楽しめると思うし、デートにどうかな?」
「デッ……は、はい」
「素直で宜しい。……そこで、鞄の中のものを渡してあげると良い」
「――っ、本当に、ジェイスさんは」
「これでも、リンの義兄だからね」
赤面して睨みつけて来る義弟を穏やかに見詰め、ジェイスはリンの頭をくしゃりと撫でた。
「ほら、誘っておいで。今なら、部屋にいるんじゃないかな」
「ほんと、ジェイスさんには敵いませんね」
リンは観念して、当初行こうとしていた方向を改めて向いた。そちらにはリンの部屋があり、彼女の部屋もあるのだ。
ジェイスと別れ、リンは一人で廊下を歩いて行く。肩掛け鞄のベルトを握り締める手が汗ばみ、胸の奥の鼓動が大きくなっているのを実感する。
ドクドクドク。リンは落ち着かない気持ちのまま、目的の部屋の前で立ち止まる。中の物音は聞こえないが、扉をノックした。
「――はい」
「晶穂、ちょっといいか?」
「リン? うん、開けるね」
ぱたぱたと足音がして、ドアノブが回される。そして晶穂が顔を見せた直後、リンは退路を断つために声を発していた。
「明後日、一緒に出掛けないか?」
「――つ、はい」
突然の申し出に、晶穂は赤面して頷く。リンはほっとして胸を撫で下ろすと、彼女と待ち合わせ時間と場所を決めてしまった。
「じゃあ、明後日な」
「うん……、楽しみ」
嬉しそうに微笑む晶穂に、リンは笑みを返した。
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