V.D番外編❀チョコレートに想いを籠めて➁
その日の夜。いつものメンバーがリドアスの食堂に集まっていた。
夕食の時間は既に終わり、各々食事後の談笑を楽しんでいる。その中で、リンは克臣とジェイスと共に仕事の予定を打ち合わせていた。
「リン、明後日には俺とジェイスで北に行って来るからな」
「はい、お願いします。ジェイスさん、向こうではどれくらいかかりそうですか?」
「この報告書を読む限りは、盗賊団の拠点さえ見つかれば一日で終わるね。だけど、これだけ土地の人たちを悩ませるってことは、探すのに数日はかかると見て良いと思う」
「わかりました。こちらも常に連絡を取れるように……って、晶穂。どうした?」
「へっ!?」
三人の話を聞きながら、そわそわしているのがばれたらしい。晶穂が思わず変な悲鳴を上げると、リンは眉をひそめた。
「何か、あったのか? 俺に出来ることがあれば……というか、もやついてることはあるなら聞くからな。いつでも話せよ」
「あ、ありがと……。でもね、今はそうじゃなくて」
本気で心配させてしまい、晶穂は申し訳なさでいっぱいになる。緊張するのを深呼吸で落ち着かせ、リンたち三人を順に見てから笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってて下さい。すぐ用意しますから」
「「「用意?」」」
異口同音の三人を残し、晶穂はキッチンへと消える。そこには既にユキたちがいて、晶穂を待ち構えていた。
「晶穂さん、お皿とかフォークの準備は出来てるよ」
「ケーキ、切る用のナイフもある」
「これ、持って行けばいいんですか?」
「うん、唯文お願いね」
「晶穂さん」
春直とユキがケーキを持ち、ユーギが皿とフォークを入れた籠を手に持っている。準備万端という彼らから少し離れ、春直が冷蔵庫の前で晶穂を呼んだ。
「どうしたの、春直?」
「これは、ぼくらから晶穂さんに。是非、後で食べて感想聞かせてよ」
そう言うと、春直が冷蔵庫を開けた。そこに入っていたのは、四つのカップケーキだ。それぞれにデコレーションが違う、チョコのカップケーキ。
可愛らしいそれらに、晶穂は目を丸くする。
「これ、どうしたの?」
「晶穂さんと一緒にこれを作った後、ぼくらだけで作ったんだ。晶穂さんに、ありがとうって伝えたくて!」
「……嬉しい。ありがとう、四人共!」
慣れないながらも、一生懸命作ってくれたのだとわかる。晶穂は感極まり、嬉し涙を流して四人を抱き締めた。
「ちょっ! な、泣くのはまだ早いんじゃないですか? 晶穂さんには、もう一つあるでしょ!?」
ユキとユーギ、春直は素直に抱き締めさせてくれたが、唯文は照れて顔を赤くした。照れ隠しで指摘すると、晶穂は顔を真っ赤にした。
唯文たちが作ったカップケーキ。その隣に、チョコレートケーキがある。それはホールではなく、直径十センチない程の小さな丸型チョコレートケーキだ。
四人がケーキ作りをしている横で、晶穂はもう一つ作っていた。それが、ホールケーキよりも少しだけ力を入れて飾り付けたこれである。
「……そう、だね。これは、リンに渡したいんだ」
「絶対、兄さん喜ぶよ。ちゃんと、ぼくらがみんなの気を引いてる間に連れ出してよ?」
「頑張ります」
晶穂がぐっと両手を握り締めたのを確かめ、ユキたち四人がケーキと共にキッチンから消える。食堂の方向から、歓声が聞こえて来た。
「おおっ、凄いな!」
「これ、四人が作ったのかい?」
「おれたちが作ったのはこっち。そっちは晶穂さんだよ」
「そうそう。今日はバレンタインデーなんだって」
「日頃の感謝を籠めてるから、みんなで食べようよ」
「あ、一香さんもシンもおいでよ」
賑やかな食堂を覗き、晶穂は決心を固める。冷蔵庫からケーキを一つ取り出し、小さな箱に収める。そこに木製のフォークも入れて、蓋をした。
「リン」
「どうした、晶穂?」
ケーキに集まる仲間たちを少し離れた所から見守っていたリンは、そっと近付いて来た晶穂を見て目を瞬かせた。何処か恥ずかしそうな彼女に袖を引かれ、どきっとする。
そうとは知らない晶穂は、懸命に言葉を紡いだ。
「あの、ね。お願い、一緒に来て」
「わかった」
晶穂に手を引かれ、リンは食堂を後にする。二人が消えたことにその時気付いていたのは、ユキたち四人とジェイスだけだった。
「どうしたんだ、ここまで連れて来て」
晶穂とリンが立ち止まったのは、廊下の途中にあるフリースペースだ。リドアス全体は魔力によって冬でも温かく保たれているが、それは廊下であっても変わらない。テーブルと椅子二脚が置かれたそこは、銀の華のメンバーが談笑するのに使われることが多い。
晶穂は胸の鼓動が大きく聞こえ過ぎ、もしかしたら口から心臓が飛び出すのではないかと危ぶんだ。それ程までに緊張して赤面しながらも、大事に抱えていた箱をリンに差し出した。
「これ、リンに」
「俺に? ……開けても?」
「……ん」
どうにか頷くことだけはした晶穂は、テーブルに置いた箱を開けるリンの手元を見詰めている。
「これ……っ、ケーキ?」
「うん。バレンタインの、チョコレートケーキ。リンに、渡したくて」
「作ってくれたのか。――やばいな、照れる」
普段のクールな表情からは想像も出来ない程、リンの顔が緩みそうになっている。それを必死に我慢しているが、隠し切れない喜びが垣間見えた。
真面にリンの顔を見ることが出来ない晶穂だが、必死に目線を上げた。それが所謂上目遣いだと気付いてはいない。
「あのね、食べてみて欲しい……なって」
「ああ。……頂きます」
椅子に腰かけたリンが、フォークを手に取ってケーキを切る。
ブラックチョコレートでコーティングされた中には、チョコスポンジとチョコクリームが重なっている。上にはホワイトチョコで作った銀の華のマークを乗せた。
リンの感想を聞くまで、晶穂は気が抜けない。ハラハラと見守っていると、リンはケーキを飲み込んでから何も言わなかった。
(もしかして、美味しくなかった!?)
焦りを覚えた晶穂が身を乗り出しかけると、リンはもう一口分をフォークで切った。そしてそれを、晶穂に差し出す。
「え?」
「晶穂も食べてみろよ。お前、きっと自分じゃ食べてないだろうからな」
ほら。そうせっつかれ、晶穂はおずおずと口を開ける。リンがそこにケーキを入れ、どうだという顔で晶穂を見た。
苦いチョコレートの中に、甘い生クリームが混ざる。苦過ぎず甘過ぎず、丁度良い。
ごくん。ケーキを飲み込んで、晶穂は「おいしい」と呟いた。
「え、あの……リンはどう思った?」
「うまいよ。これ、あとは全部貰うぞ」
リンはそう言うと、ケーキを全て食べてしまった。嬉しそうに食べるリンの顔を見て、晶穂はほっと胸を撫で下ろす。
そんな晶穂の顔を、リンがじっと見詰めていた。どうしたのかと首を傾げると、リンが「付いてる」と口にした。
「そこ、チョコレート付いてるぞ」
「え、ほんと? 何処に……」
何処に付いているのか。それを晶穂が問う前に、リンの顔が近付いて来て息が止まる。
リンは、キュッと目を瞑った晶穂の唇の近くをそっと舐めた。そこにくっついていたチョコレートを舐め取ったのだ。
「え、あの……そのっ」
目を開いた晶穂は、舐められた部分に触れて顔を真っ赤にする。慌ててしどろもどろになる晶穂を見詰め、リンは楽しそうに微笑んだ。
「一生懸命作ってくれたんだな。ありがとう、晶穂」
「リン……」
晶穂は胸がいっぱいになり、控えめに微笑んだ。そして、バレンタインを知らないかもしれないリンに説明する。
「今日はね、バレンタインデーなんだ。地球では、この日に感謝を伝えたり……大好きって気持ちを伝えたりするの。チョコレートと一緒に」
「……そう、か」
照れる晶穂に影響され、リンも赤面する。
実はリンもバレンタインデー自体は知っていた。日本の学校に通っていた期間も長く、カレンダーに記載されたイベントは大体わかる。
しかし今回のように恋人がいた試しはなかったため、そういう日だと改めて自覚したのだ。
「……」
「……」
互いに言葉を発しなくなってしまい、沈黙が降りる。
それを打破したのは、リンだった。
身を乗り出し、向かい側に座る晶穂の頬に触れる。そして、そっと顔を上げさせた。
これ以上ない程に赤面し、晶穂の瞳が潤んでいる。ぐらりと欲求が突き上げて来るが、今はまだそれに身を任せるわけにはいかない。
リンはそっと晶穂の唇に触れ、それからびくっと震えた彼女の唇に自分のそれを押し付ける。
どくどくと音をたてる心臓を抱え、リンは惜しむように唇を離した。
瞼を上げて最初に見えたのは、恥ずかしくも嬉しそうに微笑む恋人の姿だった。
「晶穂」
「リン、大好きだよ。そして、いつもありがとう。これからも宜しくお願いします」
「ああ、俺もだ。こちらこそ宜しくな。……大事にする」
何を、とは言わない。そんな言葉でも、晶穂はリンの真意をわかっている。促され、椅子から立ち上がってリンの前に立つ。
とろけるような幸せな笑みを浮かべた晶穂は、リンの腕に抱き締められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます