番外編

V.D番外編❀チョコレートに想いを籠めて①

 二月十四日は、バレンタインデー。しかしそれは、地球に限ったイベントである。ここソディールに、そのイベントは存在しない。

「晶穂さん、何やってるの?」

「あ、ユキ」

 キッチンにいた晶穂の元に、ユキが顔を出す。彼の後ろからは唯文と春直、そしてユーギもやって来た。

 テーブルの上には、ボウルに入ったチョコレートやハンドホイッパー、ケーキ型、小麦粉などが散乱している。晶穂が何を作ろうとしているのかを察し、ユーギが目を輝かせた。

「わかった、チョコレートケーキ作るんだね!? ぼくも手伝っ」

「ユーギ、声大きい!」

「むーっ」

 晶穂に突然口を塞がれ、ユーギが抗議の声を上げる。言葉は聞こえないが「何なんだよ!」くらいのことを言っているのだろう。

 ユーギを後ろから抱き締める形で口を塞いでいた晶穂は、苦しそうにするユーギの抵抗にあい、慌てて解放した。

「あ、ごめんね! 慌てちゃって……大丈夫?」

「けほっ。うん、大丈夫。それにしても……」

「何で大声出したらいけないの、晶穂さん?」

 ユーギに続いて疑問を口にした春直に、晶穂は頬を染めて言い淀んだ。その態度だけで、四人が優しい顔をしているのには気付かない。

 ここで悪戯心を起こしたのは、ユキだ。にやっと悪い笑みを浮かべ、晶穂に耳打ちする。

「これ、兄さんに作ってるの?」

「えっ!? えと……そうなんだけどそれだけじゃなくて」

「違うの?」

 目を瞬かせたユキに、観念したのか晶穂が答えを口にした。内緒だよ、と約束させた上で。

「今日、二月十四日って、日本ではバレンタインデーなの」

「バレンタインデーって?」

「好きな人とか、いつもお世話になっている人に『ありがとう』を伝える日なんだ。その時、感謝と一緒に渡すのがチョコレート」

 勿論、伝えるのは感謝だけではない。その他の大切な気持ちも伝える日であるのだが、晶穂はあえて口にしなかった。

 言葉にすれば、この四人は確実に悪戯心を起こすに決まっているからだ。流石に学習している晶穂だが、それすらも四人にはバレていることには気付いていない。

 日本の高校に通った経験のある唯文は「成程」と頷いた。そして、それでと唯文が話を戻した。

「団長宛だけどそうじゃない、ってどういうことなんです?」

「唯文兄、率直に訊くね……」

「そういう話だろ?」

 あちゃぁと額に手を当てる春直に対し、唯文は首を傾げてみせた。意外と天然なのかもしれないなと思いつつ、春直は苦笑気味に唯文の言葉を受けて繋げた。

「団長だけじゃなくって、他の人にも宛ててるってことですよね。確かに、こんな大きなケーキ型だから複数?」

「ほとんど正解かな。本当は、春直たちにも見付かりたくなかったんだけど」

 肩を竦め、晶穂は優しい笑みを浮かべた。

「これはね、銀の華のみんなのために作ってるチョコレートケーキ。いつもたくさん助けてもらって、楽しく過ごさせてもらって、支えてもらってるから。……わたしに出来ることって少ないけど、喜んで欲しくて」

 へへっと照れ笑いを浮かべ、晶穂はハンドホイッパーを手に取った。ボウルの中に振るった小麦粉や卵を入れ、かき混ぜていく。湯煎にかけたチョコレートは、もうすぐ使えるくらい溶けるだろう。

「だから、ジェイスさんとか克臣さん、それにリンには秘密だよ? 夕食のデザートに出したいから、急がないとね」

「……」

 一人作業を再開した晶穂を見て、ユキが三人の顔をちらりと見る。すると彼らも考えていたことは同じらしく、目が合った。

 四人は頷き合い、ぱっとキッチンを出て行く。

「……?」

 晶穂は突然四人がいなくなったことを不思議に思ったが、気を取り直して材料を混ぜ合わせる。レシピは、日本にいた頃に購入した本だ。

 完全に同じものではないが、近いものはソディールにもある。それらの材料を駆使し、ケーキ作りを進める。

「晶穂さん!」

 ユーギに呼ばれて顔を上げた振り返った晶穂は、そこにエプロン姿の四人がいることに気付いて目を丸くした。

「どうしたの、四人共?」

「晶穂さんのこと、手伝おうと思って!」

「そ。こんなに大きなケーキって作るの大変だし」

「おれらも、感謝を伝えたいですしね」

「だから、一緒に作りたいんです。手伝っても、良いですか?」

 手伝う気満々の四人を見て呆気にとられていた晶穂は、勿論と頷いた。

「一緒に作ろう。きっと、みんな喜んでくれるよ」

「やった!」

 ガッツポーズをしたユキに続き、春直たちは順番に手を綺麗に洗った。それから役割を決め、ケーキ作りをしていく。

 作るのは、二つのチョコレートケーキだ。あまりに大きいとうまく膨らまないと考えた晶穂が、そう決めた。

「一つ目はもう焼くだけだから、ユキたちには二つ目をお願いしようかな」

「わかった! 晶穂先生、作り方教えてね」

 晶穂を「先生」と呼び、ユキが小麦粉を手に取る。それをふるいを使ってボウルに振るい入れるよう指示しながら、晶穂は一つ目をオーブンに入れた。


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