特別な時間の始まり
リンと晶穂がサラたちに捕まった頃、ジェイスはユキたちに頼まれたことを玄関先でやっていた。
「ジェイス、進んでるか?」
「克臣。ああ、そろそろ終わるけど……お前は?」
「俺は終わった。で、お前に教えたいことがあって来たんだ」
「わたしに……?」
ジェイスはテーブルの設置などを終えると、首を傾げながらやって来た克臣に近付く。克臣の手には、携帯端末があった。
不審そうな顔をする幼馴染に、克臣は楽しそうに端末の画面を突き出す。
「見てみろよ」
「は? えーっと…………えっ」
正しくは、「え」に濁音が付いたような声だ。こんな声をジェイスが上げるのは珍しい。
「驚いたか?」
楽しそうを通り越してニヤニヤしてる克臣に、ジェイスは端末を突き返す。彼の顔は仄かに赤く染まり、目が泳いで動揺していた。
珍しいものを見られたとおちょくってくる克臣に、ジェイスは声を荒げる。
「克臣、お前っ」
「どうどう。……あ、じゃあ俺はこの辺で!」
「あっ、こら待て!」
手を伸ばすが、速い逃げ足で克臣はリドアスの中に戻ってしまった。取り逃がし、ジェイスは思わず舌打ちしそうになる。
舌打ちを止めたのは、視界に思わぬ人物が映ったからだ。信じられない気持ちで、ジェイスはその人の名を呟いた。
「……アルシナ?」
翠色の長い髪が、ふわりと風に遊ばれている。薄緑が差し色となっている白のワンピースが、よく似合う。彼女はリドアスの入口でキョロキョロしていたが、ジェイスの声が聞こえたのかくるっとこちらを振り向いた。
「ジェイス! 会いたかった!」
「わぁっ」
抱きつかれ、一気にジェイスの顔の温度が上がる。見下ろすとすぐ下にふわふわな髪が揺れて、ジェイスは戸惑いながらもアルシナの背中に手を回した。
「……アルシナ、どうして」
「克臣が、『今日は特別な日だから』って誘ってくれたの。それに、報告もしたかったし」
「報告?」
ジェイスから少しだけ離れ、アルシナは染まった頬のままではにかんだ。
「そう。里のこと」
「ああ……」
アルシナの故郷は隠れ里と称され、大昔から竜人という希少種の命を繋いできた。そのために竜化国から狙われ、ほぼ壊滅してしまったのだ。
里の復興の為に尽力してきたアルシナだが、一応その進捗状況は月に一度メールでジェイスに送られて来ている。そういえば前月は家々の工事が終わりそうだと言っていたな、とジェイスは思い出した。
「確か国王がニーザさんの知り合いで、復興に手を貸してくれたって」
「そう。『これまでカリスに全てを任せてしまった自分の責任だ』っておっしゃって、技術の面でも金銭的な面でも援助して下さったの。お蔭で、
アルシナが里を離れている間は、弟のジュングが中心となって進めてくれるという。ヴェルドはまだ眠っているというが、復興後の里を見てもらうためにも早く工事を進めたいところだろう。
心から嬉しそうに里のことを話すアルシナを愛しげに見詰めていたジェイスは、ふと話すのを止めて俯いたアルシナに、どうしたのかと尋ねる。すると、アルシナは「えっと……」と迷いを瞳に宿した。
「あ、あのっ。突然来て、だ……抱きついて一方的に喋って、ごめんなさい。驚いたよね?」
「……そんなことで?」
あわあわとしているから何かと思えば、とジェイスは吹き出す。笑われて、更にアルシナは焦燥した。耳まで真っ赤にして、恨めしそうにジェイスを見上げる。
「じ……ジェイスの意地悪っ」
「ふふっ。仕方ないだろう? わたしはアルシナが来て、抱きついてくれたことが嬉しくて仕方ないんだから。謝る必要なんて全くない」
「う……」
相手に混乱されると、自分は冷静さを取り戻すものだ。ジェイスは朱に染まったアルシナへの愛しさが募り、再び彼女を優しく抱き締めた。
「来てくれてありがとう、アルシナ」
「~~~っ」
恥ずかしさと喜びでいっぱいいっぱいになったアルシナを離し、ジェイスはアルシナの手を引いた。彼女を導く先は、設けられた席の一つだ。そこには既に、皆に配るお菓子の一部が置いてある。
「おいで。主役はもうすぐ来るから。それまで、わたしの話も聞いてもらいたい」
「――うんっ」
笑みを見せ、アルシナはジェイスの手をぎゅっと握った。
ユキとユーギがリンを待っていると、そこに唯文と春直がやって来る。二人はもう着替えを済ませ、交代するために来てくれたのだ。
「二人共、似合ってるね」
「うん。普段着ないだろうけど、どんな感じ?」
ユキとユーギに問われ、唯文と春直は顔を見合わせる。互いの格好を見て、困ったように笑った。
「うーん、こそばゆい感じかな」
「だね。緊張感があるよ」
「っていうか、お前らと代わる。着替えて来いよ」
「わかった。後よろしくね」
パタパタと走って行く二人を見送り、唯文はちらっと後ろを振り返った。そこには、戸が一枚ある。
「リン団長、滅茶苦茶戸惑ってるだろうな」
「うん。ちょっと驚かせて申し訳ないけど……驚かせたかったから大成功かな?」
春直は苦笑いを浮かべ、戸の向こう側に声をかける。
「団長、どうですか?」
「どうって……」
ガチャッと戸が開き、困惑を顔に貼りつけたリンが現れる。その姿に、二人は「おおっ」と感嘆の声を上げた。
「団長、かっこいいです!」
「うん、似合ってます。流石、サラさんだ」
「……お前ら、図ったな?」
褒められて悪い気はしないものの、リンは二人の頭を乱暴に撫でた。楽し気な悲鳴を上げる年少組に呆れつつ、リンは自分の格好を改めて見詰めた。
「これって、もしかしなくてもそういうこと……なのか?」
「どうだと思います?」
ニヤニヤと楽しそうな唯文に問われ、リンは朱に染まった顔をふっと横に向けた。
春直と唯文はリンの全身を見回し、よしと頷き合った。そして、リンの腕を両方から引く。
「お、おいっ」
「リン団長、こっちに」
「覚悟は良いですか?」
「……もう好きにしてくれ」
白旗を揚げたリンを引きずるようにして、二人は玄関の外へと向かって歩いて行った。
晶穂もリンが去った後、五分後には部屋の外に出た。服を着ることは出来たのだが、付属品をつけるのに手間取り、サラに手伝ってもらっていた為だ。
手を施し終えたサラは晶穂の全身を見て、うんうんと頷く。
「晶穂、とっても綺麗だよ」
「は、恥ずかしいよ……」
羞恥で真っ赤に染まった晶穂の背を押し、サラもまた玄関の外へと向かう。押されながら、晶穂は後ろのサラに焦った様子で話しかける。
「あの、サラ! これってどういうこと!?」
「わかんない? 団長へのプレゼント兼二人へのわたしたちからのサプライズだよ」
「え……ええっ」
慣れない足下に戸惑いながら、晶穂はとうとう玄関の戸の前に押し出された。振り返れば、笑顔のサラがそこにいた。
「晶穂、これはあなたとリン団長へのプレゼント。だから、本番じゃなくて仮だけど、思い切り楽しんでね。それ、あたしが全力で作ったんだから」
「う……うん。とっても素敵だよ、サラ。ありがとう」
はにかみ、晶穂は前を向く。どくんどくんと激しく鼓動する胸を抱えたまま、ベールの向こう側に見える扉が開くのを待つ。
少し待つと、外側からゆっくりと扉が開く。晶穂は外光の眩しさに、思わず目を閉じた。
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