第464話 また、を望む

 甘音の目が潤んでいる。それを見るだけで、胸が締め付けられるようだ。

 リンたちは今、神庭とソディリスラの境界線上にいる。ここから一歩外とに出れば、日常だ。

「甘音、また来るよ。もう俺たちとの縁は結ばれたから、いつでも出入り出来るってヴィルさんが言っていただろう?」

「そうだよ、甘音。ぼくもまた遊びに来るから」

「うん。……絶対だよ? 待ってるね」

 リンとユーギに慰められ、甘音はこくんと頷いた。そして、ぎゅっと晶穂にしがみついた。

「みんな、またね?」

「うん。またね、甘音」

 甘音のふわふわとした髪をき、晶穂は少し涙を含んだ顔で微笑む。

 その近くでは、唯文と天也も別れの挨拶を交わしていた。昨晩随分話し込んだはずだが、それでもまだ何か足りない気がする。

「天也、ちゃんと大学行けよ?」

「大学が全てじゃねえだろ。けどお前の分も勉強して、いつか驚かせてやるよ」

「ははっ。それは楽しみだ」

 互いに泣きながら笑っているなど指摘しない。肩や背中を叩き合って、何かを振り払うかのようにふざけ倒す。

「あの……」

「どうしたんですか、ヴィルさん?」

 目元を赤くした唯文が、突然のことに首を傾げる。少し言い辛そうにしていたヴィルだが、クッと顔を上げるとある提案を口にした。

「もう一度、次元を繋げようと思うのですが、如何ですか?」

「「―――へ?」」

 唯文と天也が同時に、ぽかんと口を開ける。更に、話を聞いていたリンたちも加わった。

「ちょっと待ってくれ、次元を繋ぐってもしかして……」

「はい。もう一度、と思うのです」

「思うのですって、そんな簡単に」

「ええ、ジェイスさんの言う通り簡単なことではないです」

 だから、とヴィルは指を一本立てた。

「年に一度だけ、開く扉を創ります」

 年に一度、ある日にだけ開く。そうすることで、次元干渉の傷を少なくしようということらしい。

 一瞬目を輝かせた天也だが、ふと目を伏せる。

「そんなことが出来れば嬉しいけど、良いんですか?」

「過干渉だろうって? こんだけお前らの運命に介入したんだ。少しぐらい返さないといけないだろう」

 天也の不安を撥ね飛ばしたレオラは、フッと軽く笑った。ぽんっと天也と唯文の頭に手を置くと、すまなかったなと呟いた。

「扉の消滅は、あの時点では仕方のないことだった。だがそれだけでは済まされないくらい、お前たちの運命は何度も捻じ曲げた自覚がある。その罪滅ぼしというわけではないが……やらせてくれ」

「わたくしも、ごめんなさい」

 レオラとヴィルに頭を下げられ、リンたちは慌てる。

「頭を上げてくれ。……そもそも、扉がなければ出逢うことのなかったやつもいる。感謝こそすれ、それ以外はない」

 扉がなければ、ジェイスが克臣と出逢うことはなかった。そして、リンが晶穂と出逢うことも、唯文と天也が親友になることもあり得なかったのだ。

 全ての出逢いは、扉から繋がっていく。

「そうですよ。わたしは、感謝してるんですから」

 晶穂はヴィルの肩に手を添え、彼女の頭を起こさせた。潤む青い瞳に、晶穂の優しい笑みが映る。

「ありがとう、晶穂さん」

「だったら、扉が開く日を決めても良いですか……?」

 食い気味に言ったのは天也だ。レオラとヴィルは顔を見合わせ、頷き合う。

「勿論。いつが良い」

「今日」

 天也は迷うことなく指定した。色々なことが起こり過ぎて忘れていたが、今日は五月十日だ。

「わかった」

 即決したレオラが、ヴィルに「良いだろう」と確認を取る。

「否定するものがありません」

「だな」

 頷き合い、横に並んだ二人は手のひらを重ねて瞼を閉じた。同時に白く輝く魔法陣が出現する。魔法陣には古代文字が並び、花のような模様が散見された。

『――今、二つの世界を繋ぐ。年一度、縁ある者たちの再会の為に』

 短い詠唱の後、魔法陣が発光する。眩しさに眉を顰めた唯文は、天也の叫び声を聞いて目を見開いた。

「唯文、扉が……!」

「扉が、開いた」

 二人の少年の前に、白い扉が現れた。それは開いており、先には見たことのない喫茶店の外見が見えた。

「あれは?」

「あれは!」

 首を傾げる唯文と反対の反応を示したリンは、バッとレオラたちを振り返った。すると、レオラがニヤリと笑う。

「驚いたか?」

「驚いたも何も、あれはアイナとソイルが向こうで開いている喫茶店じゃないか」

「え……」

 リンの言葉を聞き、晶穂の目が見開かれる。アイナという名に、懐かしさがこみ上げる。

「生きてた……」

 アイナこと高崎美里は、晶穂にとって大学で初めて出来た友人であり、敵でもあった。狩人としてのアイナは晶穂を誘拐させたり戦わざるを得なくなったりしたが、それでも晶穂は彼女を友だと信じていた。

 何処に行方をくらませたのかわからなかったが、ソイルと共に喫茶店を営んでいたとは驚きだ。

「言わずにすまなかった。アイナに口止めされたんだ」

 リンに謝られ、晶穂は頭を振る。アイナは、晶穂に居場所を知られたくはないだろう。

「大丈夫。ちゃんと生きててくれてるってわかっただけで十分」

「この喫茶店を、ソディールと繋げる。年に一度だけ、扉が現れる聖域となるんだ」

 既に話は通してある、とレオラは胸を張った。

「……」

「……」

 目を瞬かせ、唯文と天也は互いを見詰めた。これは、そういうことではないだろうか、と目で会話する。

「よかったな、二人共。年に一度だけど、会うことが出来そうだぞ」

「まるで七夕みたいだな」

 ジェイスと克臣が笑みを零し、リンも頷く。

「……天也」

「……ああ、唯文」

 二人は強く手を握り合い、笑顔で声をそろえた。

「「また来年、必ず会おう」」

 手を離し、パンッとハイタッチをする。それから、天也はリンたちの方を振り返った。深々と頭を下げる。

「色々、ありがとうございました。唯文のこと、宜しくお願いします」

「任せてくれ。天也も、また遊びに来てくれ」

「うん、待ってるよ」

 リンと晶穂の言葉に、天也は泣きそうな笑顔で頷いた。そこへ、春直やユキ、ユーギも近付いて来る。

「天也さん、また会いましょう」

「今度は、こっちの色んな所案内するよ」

「元気でね」

「みんなもな」

 天也は笑みを深くして、踵を返した。その背に、レオラが呼びかける。

「向こうではこちらと同様に時間が流れている。お前の親には、お前が友人の家で勉強合宿をしていると思わせている。話を合わせろよ」

「わかりました。――ありがとう、みんな」

 手を振り、天也の姿が扉の向こうに消える。彼が扉を通るのと同時に、向こう側の景色は歪んだ。そして、パタンと扉は閉じる。

「……あれ?」

「どうした、唯ふ……!」

 唯文の顔を覗き込んだリンは、ぎょっとした。唯文の頬を細い涙が伝っていたのだ。

「え、あ、唯文?」

「だ、大丈夫ですよ。おっかしいな……ははっ」

 おかしい。すぐに会えるじゃないか。来年の五月十日に、必ず会える。なのに、何で涙が出るんだ。

 自分の感情をコントロール出来なくなった唯文の肩に、晶穂の手が置かれる。その温かさに、唯文の体がびくっと反応した。

「大丈夫って思わなくていいよ。唯文、全部外に出してしまったらいい。……わたしたちみんな、一緒にいるから」

「晶穂、さっ……」

 肩が震え、唯文は手の甲で顔を覆った。年下の少年たちのように誰かに縋る勇気はないが、晶穂が肩を支えてくれているのがわかる。その他にも、リンがジェイスが克臣がユキがユーギが春直が、そして甘音とレオラとヴィルが、優しい眼差しを向けてくれているのがわかる。

 それらの眼差しがこっぱずかしくて、嬉しくて。唯文は己の感情に任せて、しばしの間涙を流し続けた。

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