第463話 朝食は手作りで

 翌日は、朝からよく晴れていた。

「克臣さん、おはようございます。何をして……」

「しーっ」

 支度を済ませて部屋を出たリンは、廊下の途中で克臣が何かを見下ろしているのを発見した。何をしているのかと尋ねれば、楽しそうな顔をして人差し指を口元にあてている。

 首を傾げたリンに、克臣は顎をしゃくる。見てみろ、ということだろう。

「……あ」

 リンが克臣の横に行って覗くと、ソファーで向かい合って眠る唯文と天也の姿があった。どうやら、ここで話し込んでそのまま寝てしまったらしい。

「起こした方が良いですよね……?」

「ああ。ちょっとかわいそうな気もするけどな」

 肩を竦め、克臣が苦笑する。それから克臣は両手をメガホンのようにして、口元にあてた。スッと息を吸い込み、声を出す。

「起きろー、二人共!」

「うわっ!」

「わあっ!」

 ソファーから転げ落ちそうな勢いで、唯文と天也が目を覚ます。目を瞬かせて声の主を探し、リンと克臣に見下ろされていると気付いて顔を赤くした。

「お、おはようございます」

「団長、克臣さん。おはようございます……」

「ああ、おはよう」

「おはよう、二人共。レオラたちが朝食を準備してくれているらしいから、支度を済ませたら玄関ホール横の食堂においで」

 リンに言われ、唯文と天也は何度か頷いてその場を駆け出した。焦ってつまずく天也に苦笑し、克臣は「急がなくて良いからな」と叫んでいた。

 二人を見送り、リンと克臣は並んで食堂へと向かう。何となく話すことも思いつかずに黙っていたリンだったが、克臣から話を振ってきた。

「そういえば、昨日はよく眠れたか?」

「ああ、はい。疲れていたのか、ぐっすりと」

「それはよかった。俺も、いつの間にか寝てたよ。……色々と片が付いたんだと思ったら、気が抜けたかな」

「そうですね……」

 長かった神や王国との戦いが終わり、リンたちは今日リドアスへと帰る。そのことが現実となり、未だに不思議な気分だ。

「とはいえ、戻ったらまた仕事ですよ。それに、いつ何が起こるかなんてわかりませんから」

「そうだな。今度は世界が崩壊でもするか? 一回なりかけたから勘弁してほしいけどな」

「ですね。俺は、もう――いや、何でもありません」

 異世界とこちらとを繋ぐ扉の消失事件。あれがダクトとの最終決戦でもあったわけだが、リンにとっては心の痛みを伴うものだった。今思い出しても、心臓が冷たくなる。

 グッと胸の前で拳を握り締めるリンを見下ろし、克臣はニヤッと笑った。そして、ポンポンと頭を撫でてやる。

「大丈夫。もう二度と、お前と晶穂が離れ離れになるようなことはないよ。というか、俺たち全員で阻んでみせるから心配するな」

「なっ!? 俺はそんなことッ」

「はいはい。顔に出てるんだから諦めろ」

「うっ」

 図星を突かれて言葉に窮したリンだが、克臣のお遊びは止まらない。

「そういや、部屋は晶穂と近かったんだろ? 夜の間に何か……」

「何もありませんって!」

「クック。そうムキになるなって、わかってるから」

「……」

 昨夜は部屋に入ると同時に寝落ちていた。確かに部屋に入る直前にヴィルに案内された晶穂と挨拶を交わしたが、それだけだ。

 その時、克臣の頭を背後からはたく人物がいた。パチンと良い音がした。

「克臣、あまりリンで遊ぶな」

「おお。おはよう、ジェイス」

「おはようございます、ジェイスさん」

「おはよう、二人共」

 ジェイスが合流し、三人は目の前にやって来た食堂に入る。すると三人に最初に気付いたユーギがブンブンと手を振ってきた。

「来た来た! おはよう」

「おはようございます」

「おはよう、兄さんたち」

 ユーギの後に続き、春直とユキもこちらに気付いた。まだ唯文と天也の姿はない。

「おはよう。よく眠れたか?」

「うん。ベッドはふかふかだし、秒速で寝たよ」

 リンの問いに笑顔で応じたユキは、きょろきょろと食堂を見回す。

「唯文兄と天也さんは?」

「二人は多分……」

「「おはようございますッ!!」」

 リンの答えを遮り、唯文と天也が食堂に走り込んで来た。顔を真っ赤にして肩で息をしているところを見るに、全力で走って来たらしい。

「おはよう。大丈夫かい、二人共?」

「あ、はい……」

「ジェイスさん、おはようございます……」

 ジェイスに心配され、二人は荒い呼吸を繰り返しながらも頷く。二人が遅れた理由を知るリンと克臣は、彼らに「お疲れ」と労うにとどめた。

 唯文と天也が席に着き、リンたちもそれに倣う。テーブルには、新鮮そうなサラダの他、冷たいコーンスープが置かれていた。

「あ、揃ったね」

「晶穂。おはよう」

「おはよう、リン」

 ひょこっと食堂に顔を出したのは晶穂だ。その手には、大きなお盆がある。上に乗っているものを見て、年少組が歓声を上げた。

「パンケーキ!」

「美味しそう!」

「晶穂さんの手作りのやつ!?」

「うん、そうだよ」

 にこりと微笑んだ晶穂に、年少組が騒ぎ出す。

 晶穂は施設にいた頃から先生の手伝いをしていたためか、料理が上手い。特にお菓子関係は甘過ぎず、甘いものが苦手な男性陣からの評判も良い。

 春直は銀の華に加入する時に晶穂のシフォンケーキを食べており、その時から大ファンだ。今も、目を輝かせてパンケーキを見詰めている。

「……」

「リン、気持ちが顔に出てるよ」

「えっ」

 少し嫉妬に駆られたリンが眉を寄せていると、前に座っていたジェイスに指摘された。無意識だったリンは、慌てて表情を取り繕う。

 眉間を伸ばすリンに、ジェイスはクスクスと笑った。

「ふふ。本当に、リンと晶穂は見ていて飽きないな」

「どういう意味ですか、ジェイスさん」

「そのままの意味だよ」

 リンの困惑を流し、ジェイスは晶穂から皿を受け取った。それを横にいた天也に手渡してやる。

「はい、天也」

「あ、ありがとうございます」

 受け取った天也も、ユキたちと同じように顔をパッと明るくした。唯文によれば、彼はスイーツ男子らしい。

 それぞれに皿が行き渡り、果物のジャムやバターが置かれる。飲み物は紅茶とミルクだ。

「へえ、凄いな」

「でしょう? キッチンを使いたいって言われた時は驚いたけど、本当に料理が上手で。わたくしも少し教えてもらったんです」

「ほんとにおいしそう。晶穂さん、上手だね!」

 甘い香りに誘われたか、レオラとヴィル、そして甘音も顔を出した。二柱の神と少女に絶賛され、晶穂は頬を染める。

「あ、ありがとうございます。あ、温かい方が美味しいですから、どうぞ!」

 晶穂の勧めもあり、一同はホカホカと湯気を出すパンケーキとサラダ、スープに手を出した。

 シャキシャキのサラダとひんやりとしたスープ、そして温かくてふわふわなパンケーキ。それらがこの後の別れの悲しみを一時忘れさせたのは、言うまでもない。

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