第460話 新たな道へ

 静かな夜に響いていた泣き声が落ち着いてからしばらくして、リンたちの前に突然光が弾けた。

「なっ……!?」

 眩しさに目を閉じ、光が落ち着いて瞼を上げる。すると、彼らの前には一つの扉が立っていた。白く輝き、花や蔓が彫り込まれた美しい扉だ。

「何だ、これ」

 リンがそっと近付き、扉に触れる。するとノブを回していないのにかかわらず、ギギと音をたてて開いた。

 扉の向こうは白い光に溢れ、何が待ち受けているのかわからない。二の足を踏むリンに、克臣が笑って背を押した。

「通れってことじゃないか?」

「気配から察するに、レオラだろうね」

「……ああ。そういえばあいつ、神でしたね」

 レオラの名をジェイスから聞き、リンは肩を竦めた。神というものは、タイミングを見計らうのも上手いらしい。

 確かに扉からは清浄な気が流れ、こちらに安心感を与える。神庭へ戻るために再び町中へ行かなければならないかと案じていたため、これは渡りに船だ。

「ユキ、平気か?」

 リンが尋ねたのは、数分前まで泣き腫らしていた弟だ。外灯もほとんどなく月明かりが頼りだが、ユキがしっかりと頷いたのが見えた。

「うん。もう、泣いてないから」

「わかった」

 リンはもう一度だけ弟の頭を撫でると、仲間たちを見回す。まだ若干目元が赤い者もいたが、ずっとここに留まる訳にもいかない。

「行こう、リン。戻らなきゃ」

 春直と共に、いつの間にか泣いていた晶穂の目は赤い。しかし、もう大丈夫だと晶穂は笑った。

「ああ」

 リンは頷き、扉へと一歩踏み出す。

 体が白光に包まれたと思った瞬間には、既に神庭への転移を果たしていた。

「リンさん、晶穂さん……みんな!」

「わっ!」

 どんっと何かがリンにぶつかる。不意を突かれてよろめきそうになり、リンはぐっと足に力を入れてそれを防いだ。

 何がぶつかったのかと見下ろせば、紺色の髪が見えた。顔を上げると、大きな水色の瞳にリンが映る。

「甘音、か」

「はいっ。お帰りなさい!」

「……ただいま」

 リンがそっとボブのふわふわとした髪をすいてやると、甘音は「えへへ」と嬉しそうに笑った。

「ただいま、甘音」

「晶穂さん。お帰りなさい!」

 リンの後ろから顔を出した晶穂にも抱き付き、甘音はぞくぞくと戻って来る仲間たちを笑顔で迎えた。

「お帰りなさい、皆さん」

「天也……」

 甘音が一通りの挨拶を終えた頃、木の影に座っていたらしい天也がこちらへとやって来る。彼の姿を見て、唯文は笑みを溢した。

「ただいま。よかった、待っててくれたんだな」

「当たり前だろ? 俺が何のためにこの世界に来ることを了承したと思ってるんだ」

 照れ隠しにそっぽを向いて、天也は腕を組んでそう言った。唯文はまばたきを繰り返し、嬉しそうにしっぽを軽く振った。

「おお、戻ったか」

「レオラ、ヴィル」

 リンが声がした方を振り返ると、ソディールの神々が笑みを浮かべて立っていた。リンは背後にある扉を指差し、レオラに問う。

「これ、繋げてくれたのはあんただろ?」

「ああ。見てる限り、そのまま市中に取って返す訳にも行かなさそうだったからな。便利だろ、神ってやつは」

「ああ。助かった、ありがとう」

 茶化してくるレオラに、リンは素直に礼を言う。それに対して「うっ……」と言葉を濁したレオラは、隣でクスクス笑うヴィルに渋面を向けた。

「ヴィル……」

「ふふっ、ごめんなさい。レオラ様が面白かったものですから」

「笑いすぎだ」

 笑いが納まらないヴィルに呆れ、レオラは咳払いをして表情を改めた。

「兎に角。……リン、みんな、ありがとう。お蔭でこの神庭かみのにわを守ることが出来た」

「わたくしからもお礼申します。皆さん、この場を守って下さりありがとうございました」

 笑いを納めて深々と頭を下げたヴィルに、リンは困惑する。彼に代わり、ジェイスが応じる。

「わたしたちは、自分たちのやりたいようにやっただけだよ」

「それに、俺たちは友人たちを守っただけだ。そんなにかしこまられると、逆に居心地が悪い」

 克臣もジェイスに同意し、笑う。

 頭を上げたヴィルが見たのは、照れたり笑ったりしている銀の華の面々だった。天也と甘音も混じって、楽しそうに話している。

「……本当に、あなた方に敵愾心てきがいしんを抱いていた過去の自分を叱ってやりたいです」

 ぽそりと呟かれたヴィルの思いは、隣にいたレオラ以外には聞こえていなかった。レオラは「そうだな」と言うように、ヴィルの肩を抱いて頷いた。

「さて、と。頃合いか?」

「ええ。話さなければなりませんね」

 ヴィルの同意を得て、レオラは「おい」と銀の華の面々を呼んだ。そして全員が自分を注目しているのを確かめると、甘音を手招く。

「甘音、皆に報告することがあるだろう?」

「あ、そうでした!」

 パンッと手を叩いた甘音は、くるっとその場で一回転した。そしてパタパタとレオラたちの隣に移動すると、秘密を打ち明けるように嬉しそうに笑った。

「わたし、姫神候補から姫神に昇格したんです!」

 実は甘音は、リンたちが戦いに出ている間に姫神となるために必要な試練をクリアしていた。魔力や知能などを測るものだったが、彼女は見事合格していたのだ。

「え……ってことは」

 目を瞬かせたユーギに、甘音は頷く。

「正式に、この庭で生きることを決めました。わたしはずっとこの場所で、この世界を見守っていこうと思います」

「甘音……」

「間に合ってよかったです」

 嘘偽りのない笑顔で、甘音は言い切った。きっとたくさん悩み思うところはあっただろうに、それらを全て消化して、自らの行く末を決めたのだ。

「勿論、一人きりにはしない」

 不安そうな面々の気持ちを汲んだのか、レオラが口添える。

「我らも様子を見に来るつもりだが、それも万全ではない。だから、傍にを置くことにした」

「彼ら?」

「オレたちのことだよ、リン」

 聞き覚えのある声に振り向くと、木々の間からクロザとゴーダ、そしてツユが顔を覗かせた。春直が驚きの声を上げると、クロザはしてやったりの顔で笑う。

「春直、操血はうまく使えているか?」

「あ、うん。使いこなせてる、と思う」

「それは良かった」

 頷くと、クロザはリンと向かい合う。わずかに警戒の色をにじませるリンに、クロザは肩を竦めた。

「お前らに何かするつもりはない。お前たちは恩人だからな。オレたちは創造主に呼ばれたんだ」

「レオラに呼ばれた?」

 どういうことかとレオラに問えば、簡単な話だとレオラは言った。

「クロザたち古来種は、初代姫神・天歌の子孫だ。同じ血を引く甘音の話し相手には丁度いいと思ってな。お前たちとの縁も深く、世界と甘音を繋いでくれる」

「僕たちは、きみたち銀の華に返し切れない恩があります。それにただ世界を怨むだけでは、先がない。……これは、古来種が生き続けるために変わるきっかけになる」

 レオラに同意したゴーダがそう説明し、ツユがその場を締めくくった。

「あたしたちが甘音の傍にいる。……わたしは奉人まつりびとだから、その役割も果たせるしね。任せてよ」

 奉人とは、古来種の中での役割の一つだ。祖先神を祀り、人々を見守る役目を負う。姫神に相通ずるものを持つツユと彼女の仲間たちならば大丈夫だ、とヴィルも太鼓判を押した。

「……甘音、また会える?」

 少し不安げなユーギに尋ねられ、甘音は笑顔で言う。

「勿論。待ってます、皆さんを」

「うん、必ず会いに来るよ」

 ユーギと甘音は固く握手を交わし、笑みをこぼし合った。




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