第457話 空間崩壊
震動を感じた直後、メイデアの脳内には三つの知らせが立て続けに飛び込んで来ていた。
一つ目は、克臣と唯文によってジウが倒されたこと。二つ目は、ジェイスとユーギによって
「……失敗作だったか」
「おい、それってどういうことだ?」
メイデアの呟きは、はっきりとリンと晶穂に聞こえていた。その内容が気にかかり、リンはメイデアに問う。
「……。きみたちには拒否権を行使するのも難しそうだな」
無視を決め込もうとしたメイデアだったが、リンに剣を突きつけられたことで降参の意を示す。剣を鞘に仕舞い、どっかりと地面に胡坐をかいた。
「もう、お前たちを傷付けることはない。というか、もうすぐこの世界は崩れるからな」
「それは、どういう意味だ」
「その言葉通りだよ。……私の異空間を支える柱を三つ一度に失ったんだ。新たに異空間を作るまで、ゼロに戻る」
「柱。……あの三人の牙獣が?」
晶穂の呟きに、メイデアは反応した。よく気付いたな、といたずらな笑みを浮かべて褒めた。
「そうだ。あの三人は、異空間展開の力を使って私が創った存在だ。異空間と繋がる柱として創り、私が真偽の二つの世界で育てた」
「存在を、創った……?」
にわかには信じがたい事実を突き付けられた。つまりジウと英大とアリーは、生身の人間ではなかったということだ。
あれだけの殺気を放ち、おそらく仲間たちと激しく戦ったあの牙獣たちが現実に生命として存在していなかった。リンと晶穂の動揺する姿を満足げに見て、メイデアはひねた笑みを見せた。
「柱を創り、異空間という私のフィールドで戦ったのに、追い込まれた。……何故だ。何故、スカドゥラ王国を治める私がお前たちのような名もない者たちに敗れる? 大きな力も持たず、ただがむしゃらなだけのお前たちに」
「……さあな」
リンは剣を下ろし、軽く頭を振った。
「少なくとも、俺たちは世界の支配なんてものに興味はない。ただ、生きたい世界を守るために勝手に行動しているだけだ」
「生きたい世界を守るために」
ぽつり、とメイデアが復唱する。何か納得したわけでもないのだろうが、リンも晶穂も彼女に全てを理解させようとは思っていない。
そんなことよりも、二人には重要なことがあった。一つ、彼女に約定させなければならないことがある。
「メイデア、神庭から手を退け。……諦めないというのなら、俺たちが何度でもお前の前に立ちはだかって止めてやる」
「わたしたちは、あなた以上に諦めが悪い。あなたが諦めて手を退くまで、何度でも戦う」
「……どうして、そこまでして神庭を守ろうとする? 神庭が私の手に落ちようとも、お前たちを生かさないとは言っていない。そして、互いに干渉することもないはずだが?」
二人の若者のぶれのない態度に、メイデアは疑問を呈する。どうしてこそまで頑張れるのか。その問いに、リンと晶穂は顔を見合わせた。
「確かに、お前が神庭を手に入れたとしても、日常は変わらないだろうな」
そこは認める。だが、リンたちはそれ以前に関わってしまった。神庭で己の役割を果たそうとする甘音に。世界を見守るレオラとヴィルに。そして、ヴィルによってソディールに連れて来られた唯文の親友である天也に。
かけがえのない、繋がりを結んでしまった。だからもう、関わらないという選択肢は存在しない。全てを賭けて、全力で守る。
自嘲気味に笑い、リンは答えを口にした。
「俺たち銀の華は、護りたいものを護る。自分勝手な自警団だ」
「……ふんっ、仕方ない。今は、手を退こうか」
腕を組み、そっぽを向いたメイデアが言う。それに、と彼女は呟いた。
「もう、この世界は限界だ」
―――バラッ
メイデアの言葉と呼応するかのように、空間が剥がれた。白濁とした空にひびが入り、地面が剥落する。いつか空が落ちた時のように、唐突な変化が異空間に起こっていた。
崩れ始める異空間の中にあっても、メイデアは冷静だ。自分が創り出した場所なのだから当然だが、動こうとしない。
欠片から身を守ろうと手をかざす晶穂は、女王の姿に気付いてその腕を引いた。まさか引っ張られるとは思っていなかったのか、メイデアは目を見開く。そして「やめろ」と身を引こうとした。
「離せ、私を置いて行け」
「置いて行け? そんなこと出来ない。この世界を創ったのはあなたなんだから、あなたでなければ出口を知らないでしょう?」
「……そんなことか」
ため息をつき、メイデアは指を鳴らした。すると、荒野の真ん中に白い丸が浮かび上がる。その向こうには、スカドゥラ王国にある女王の部屋が見えた。
穴を指差し、メイデアは面倒臭げに晶穂に言う。あれを使え、と。
「あれが、出口だ。さっさと行け」
「あなたは、このままなの?」
「……ああ」
晶穂に背を向け、メイデアは頷く。そろそろ異空間の半分が崩れて無に帰した。元の現実へと帰るのならば、時間はあまり残されていない。
「私はいい」
「――――ッ」
晶穂は険しい顔になると、メイデアの腕を乱暴に掴んだ。その様子を、リンは止めずに黙って見ている。
「離せ」
「嫌だ」
「ッ、強情な」
舌打ちすると同時に、メイデアは力任せに晶穂を振り解いた。その勢いが強過ぎ、晶穂がバランスを崩す。彼女の体を受け止め、リンはようやく口を開いた。
「何故、そうまでして拒否する?」
「……。私は、スカドゥラ王国に戻らない。このまま朽ち果てる」
観念したのか諦めたのか、メイデアは力なくそう答えた。
「私は、もう国のために働く気力を持たない。全てを完璧にこなしていくことでしか、女王という存在を国のじじい共に思い知らせる手立てはないのに。……しくじれば、今後愚かな男が立っても女は無能だと蔑まれる」
メイデアは、男社会に風穴を開けるために女王となった。全てにおいて男以上の成果を上げ、認めさせなければならないのだ。それなのに、大一番でしくじった。
「私はもう―――」
―――パァンッ
「ふざけるな!」
「……晶穂」
リンだけではない。メイデアも目を瞬かせて頬に手をあてている。まさかの事態に、声も出ないらしい。
メイデアの頬を思い切りはたいた晶穂は、肩で息をしながら言い募る。
「完璧でないから何? 世界を支配出来ないから何? ―――あなたは、スカドゥラ王国という一国を背負う女王なのでしょう? ならば、最期の瞬間まで女王でいなさい!」
「最期の、瞬間まで……」
「そう、それが責任じゃないの?」
手加減せずにはたいたためにじんじんと痛む手を握り、晶穂はメイデアを見詰めた。
「せき、にん。……そうだな、目が覚めた」
ふっと息だけで笑う。メイデアは自分のすぐ後ろまで崩壊が進んだ世界から背を向け、立ち上がった。
「私は、腐ってもスカドゥラ王国の女王だ。……たった一度の失敗で、自暴自棄になっていては国民に申し訳が立たないな」
お前たちに諭されるとは思わなかった。メイデアは苦笑すると、リンと晶穂を出口へと押した。
「戻るぞ。……勇敢過ぎる若者たち」
その声と共に、異空間は白に包まれた。
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