第456話 他のために強くなる
メイデアの剣を思い切り弾き返すと、リンは晶穂をその場に座らせた。本当なら木陰で休ませたいところだが、この荒野にそんな都合の良いものはない。
リンの手が離れた時、晶穂は無意識に追おうとして我に返る。自分の行動を恥じ、ふるふると
「ごめん、リン。わたし、足手まといだ」
「足手まといなんかじゃないっ」
少し語気を強め、リンは膝をついて晶穂の肩に両手を置いた。そして真っ直ぐに、黒く潤んだ瞳を見詰める。
「俺は、お前がいてくれるから立ち上がれるんだ。守りたいものがあるから、前を向けるんだ。……お前は違うのか、晶穂」
「ちがっ、わない」
ぶんぶんと音がなる程勢いよく頭を振り、晶穂は紅い瞳を真っ直ぐに見詰めた。真剣な顔で問われるから、胸が詰まる程苦しくて、嬉しい。
「わたしも、守りたい。たくさん守りたいから、一緒にいたいから、無茶もするよ」
リンのことだけではない。今この場にいないジェイス、克臣、ユキ、ユーギ、唯文、春直。そして、銀の華の仲間たちがいる。更に甘音や天也、アルシナ、エルハとサラなど、関わりを持った人々の姿が脳裏をよぎる。
「だろ? だから、そんなこと言うな」
「……うん。ありがと」
晶穂はリンに笑みを向け、そっと掴んでいたリンの腕を離した。リンはそんな彼女に背を向け、メイデアを見据える。瞬間的に纏う空気が変わった。
「来いよ。俺とお前の一対一だ」
「……良いだろう」
長剣を構え、メイデアはそれを振り下ろした。
リンは余裕を持ってそれを弾くと、一歩前へ出ると同時に地面と垂直の一閃を放つ。斬撃がメイデアを真正面から襲い、その勢いにメイデアは受け流すのが精一杯だ。
「くっ。ならば、これでどうだ!」
メイデアの長剣が紫の光を纏う。そして、真っ直ぐ地面へと振り下ろされた。
その瞬間に大地が砕け、地割れが発生する。岩の欠片が宙を舞い、バラバラと落ちてリンを襲った。
「つっ」
魔種の翼を広げ、傘代わりにして身を守る。しかしそのために、一時的に視界が失われた。
ジェイスならば、気の力で透明な天井を創ることが出来る。克臣ならば、竜閃を使って全て弾き飛ばすだろう。
二人に比べれば未熟なことは知っている。それでもリンは、兄貴分たちを含む仲間を守るためならば立ち上がる。真似も出来ないが、自分なりの方法で戦うだけだ。
「───っ!」
「何っ!?」
翼に隠れたためにこちらの行動はわからないだろうと動いたメイデアだったが、その魂胆はリンに筒抜けていた。隙を突いて串刺しにしようと剣を突き出したが、リンが不意に翼を広げて剣で弾き返したのだ。
「そんなもん、誰でも考え付くんだよっ」
リンは翼を広げ、翼に乗っていた小石や砂を撥ね飛ばした。その上で、羽ばたき上空からメイデアの頭上を捉えようとする。
リンの行動の意味を察し、メイデアは「バカか」と鼻で笑った。
「上空に何があるか、忘れたわけではあるまい? それだけ大量の刃物に八つ裂きにされれば、お前といえども……」
「……」
メイデアの忠告を無視し、リンは上昇する。敵の気配を察知し、飛び交っていた刃物が一斉に向きを変えた。
全ての刃物がリンを追い、動き出す。
「───リン!」
刃物に殺到されるリンを見ていられず、晶穂が思わず声を上げた。その悲鳴じみた声は、メイデアにとって面白いものでしかない。
「お前の恋人は、自ら危険に飛び込んだ。あの刃物は全て、私の思い通りに動く。残念だったな」
「──……っ」
「……お前」
晶穂は、ぎゅっと両手を胸の上で握り締める。その瞳に絶望を宿してはいないことに気付いたメイデアは、理由を問い質そうと一歩彼女へと近付く。
メイデアが一歩近付くと、晶穂は一歩後退した。
───ヒュッ
「晶穂に近付くな」
いつの間に背後へ回り込んだのか、リンがメイデアの背中に剣の切っ先を突き付けていた。痛みはないが、明らかに冷えた気配がメイデアの背を伝う。
メイデアは振り返ることも出来ず、晶穂の方を向いたままで目線だけを後方に向けた。形勢が今逆転したのだ、と悟らざるを得ない。
「いつの、間にっ。あれだけの刃をどうやって……?」
「お前こそ忘れたのか? 晶穂が幾つも結界を創り出していたことを」
確かにリンとメイデアが一対一で戦う前、晶穂が自分たちを守るために結界を幾つか創っていた。そのことを言っているのだと理解したメイデアだが、リンが言わんとしていることに気付いて顔色を変えた。
「まさかっ」
「そのまさかだ」
リンが親指を空へと向ける。誘われるようにして見上げたメイデアは、愕然とした。
確かに彼女が撒き散らした刃物が大量に漂っている。しかしそれは、晶穂が創ってリンが空中へ連れて行った結界の壁に突き刺さった状態でだ。
リンがギリギリまで刃物を引き付け、結界に突き刺す。それを繰り返すことによって、全ての刃物を捕まえることに成功したのだ。
「まさか、そんな……」
驚き目を見開くメイデアは、それでも諦めを知らない。再び攻勢を取るために、手放さない長剣の切っ先を後ろへと向けた。何かに触れているという感覚はないが、これでリンも不用意には動けないだろう。
「……」
「……」
互いに刃物を突きつけ合い、しばしの時が流れた。晶穂はハラハラと気を揉むが、動くことも出来ない。
そんな一触即発の空気の中、突然空間が揺れた。
「うわっ」
「きゃっ」
「な、何事だ!」
メイデアが吼えるが、空間から返答などない。
しかし、地震が起こったわけではなかった。木々は揺れず、草も地面も動きがない。
周りを見渡したリンが首を捻ると、メイデアがぼそっと呟く声が耳に入った。
「……倒された、か」
「何の話だ、メイデア」
「……」
リンに鋭く問われても応じず、メイデアは何かを考えているように見えた。リンと晶穂は顔を見合わせ、メイデアの思考が決着するまで気を抜かずに待つことにした。
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