第455話 揺らぎなき

 空には無数の刃、地上にはメイデアという強敵。逃げ場もないように思われる状況だが、リンは漆黒の翼を畳んで何処か冷静に観察していた。

 メイデアの手には長剣が握られている。異空間展開の力によって、本来の長さの倍はある。

「おおおおっ!」

 タンッと地を蹴り、メイデアが跳躍する。そして、リン目掛けて長剣を振り下ろした。

「くっ」

 剣で受け止め、リンは呻いた。予想以上に重い衝撃に、足元を崩されそうになる。

 ギ、ギギ……とリンを押す長剣が、少しずつリンを追い詰めていく。純粋な腕力では負けないかと思ったが、メイデアも覚悟を持ってのぞんでいる。

「ぐっ……」

「ほら、このままでは負けるんじゃないか?」

「負ける、かよ!」

 煽り立てるメイデアの言葉に言い返し、リンは少しずつメイデアを押し返す。後もう少し、と歯を食い縛った時、銀色の光が爆ぜた。

「リンっ!」

「晶穂、助かった」

 リンとメイデアの間を裂くように氷華を振り下ろした晶穂に、リンは礼を言う。すると、晶穂は「うん」と少しはにかんだ。

「ちっ。もう少しだっのに」

 後方に退避し、メイデアが舌打ちをする。

 しかし、当然ながらこれで終わったわけではない。晶穂は追撃に備えて小さな結界を幾つも構築し、自分とリンの守りを固める。決して攻撃が得意なわけではないが、氷華を掴む手に力が入る。

 緊張の面持ちでいる晶穂の肩に、リンは片手を置いた。

「晶穂、無理だけはするなよ」

「うん。でもそれ、そのままお返しするよ」

「それもそうか」

 少し緊張がほぐれ、晶穂はもう一度メイデアを見た。メイデアは二人のやり取りを黙って見ていたが、ふんっと鼻で笑ってみせた。

「見せ付けてくるじゃないか。調べた通り、互いが弱点であるようだな」

「見せ付けた覚えはない」

 冷えた声色で突っぱねると、リンは剣を手にメイデアへ向かって突撃する。そしてメイデアが同じく長剣で防御を試みるのを見て、攻撃手段を変えた。

「おらぁっ!」

「グッ」

 ドスッと回し蹴りがメイデアの横腹にヒットした。そのまま横に吹き飛ばされ、メイデアは砂煙を挙げてブレーキをかける。

 一瞬視界が悪くなり、メイデアの動きが止まった。

 その隙を見逃す手はない。晶穂はメイデアの拘束を試みるため、神子の力を使おうとした。

(強い結界を四つ……ううん、五つ。箱にして、拘束する!)

 イメージを膨らませ、それを形作る。メイデアを中心として前後左右、そして上部を塞いで閉じ籠める。メイデアが気付いた時には、既に行動を著しく制限された。

「なっ……。くそ、この壁を退けろ!」

 砂煙が落ち着いた時、女王は驚いた。いつの間に、と歯噛みする。

 透き通った壁に阻まれ、メイデアは拳を何度も振り上げる。しかし殴りつけたはずの壁は音をたてることはなく、だからといって破壊されることもない。

 ただ、メイデアの動きを完全に拘束していた。

 リンは晶穂の傍に立ち、一時の戦闘休止を得た。

「晶穂、助かった」

「ううん。……でも、長くはもたないかも」

 両手を前に伸ばし、手のひらから神子の力を放出する。それによって強固な結界を保持し、メイデアを留めているのだ。

 しかし、この方法では晶穂の魔力が疲弊する。現に、少し息が荒くなりつつある。元々魔種ではなくただの人である晶穂の体には、神子の力は負担が大き過ぎるのだ。

 それを知っているから、リンは驚きも叱咤もしない。ただ、今すべきことをするだけだ。

「女王、メイデア」

「……何だ」

 この結界が壊れれば、再び激しい戦闘となることは避けられない。ならば、話をするのは今しかない。

 リンはメイデアと真正面から向き合った。

「どうしても、神庭かみのにわから手を引く気はないか?」

「わかっているだろう? 我が国のために、神庭の宝物は不可欠。この世界の全てを我が手中に収めれば、無駄な争いは起こらず、お前たちのような自警団すら必要ない。……渡すと頷くならば、私は手を退こう」

「……互いに一方通行か」

 交わらない二つの線。リンは改めて、メイデアと真に分かり合うことは難しいと痛感した。

 メイデアもそれがわかっているのか、肩を竦めている。そして再び口を開いた。わずかに笑いを含んだ声が零れ落ちる。

「お前たちは忘れているようだが、ここは私が創り出した異空間だ。……だから、ほとんどの事象が私の思うがままということを忘れるな」

 そう言うが早いか、メイデアの目の前で彼女を阻む結界の壁にひびが入った。ピシッピシッと音をたて、少しずつひびが広がっていく。

「―――だめ!」

 晶穂が手に目一杯の力を注ぐが、間に合わない。ひびは大きくなり、壁だけでなく箱全体に広がった。

 これから起こることを予見し、晶穂はきつく目を閉じた。

「あ……。ごめんなさい、リン」

 ―――パリンッ

「晶穂ッ」

 神子の力が逆流し、晶穂を弾き飛ばす。リンが晶穂の体を引き寄せたことで事なきを得たが、あのまま立っていたら無事では済まなかっただろう。

 はっはっと荒い呼吸を繰り返しながら、晶穂はリンにしがみつく。彼女を抱き締め、リンは大量の破片の中から立ち上がったメイデアを睨む。

「お前……」

「ここは私の世界だ、と忠告したはずだ。現実世界であれば、力が持ち主を攻撃することなどあり得ない。だが、ここでは私が命じれば己の力によって倒されることもある。……覚えておくことだな」

 再び長剣を手にし、メイデアは切っ先を晶穂に向けた。

「その娘は足手まといだろう? 私にとってはお前たち全員が邪魔だが、その娘を殺せば瓦解することも知っている。……さあ、手を離せ」

「断る」

 即答し、リンは剣を力強く握った。そして、晶穂の背を優しく抱く。ようやく呼吸の落ち着いてきた晶穂は、自分の背中に触れたリンの指にわずかに力が入ったことを知った。

「約束した。必ず、誰一人として欠けずに戻る、と。俺はお前の創った世界で、お前の野望を砕いてみせる」

「……出来るとも思えないが、示してみろ!」

 リンの瞳に宿る強い光に一瞬気圧され、メイデアは浅く息をした。そして長剣を構え直し、リンに斬りかかった。

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