第453話 同種の敵
何処かの廃ビルの中で、ユキは目を覚ました。
「う……兄さん?」
メイデアの能力で異空間に飛ばされたのだろうという記憶はあったが、それ以降何が起こったのかは覚えていない。ユキは上半身を起こして、キョロキョロと周りを見回した。
「晶穂さん、ジェイスさん、克臣さん……。唯文兄も、ユーギも春直もいない?」
彼が目覚めたのは、何かの建物の一室だ。いつ置き去りにされたのかもわからないような机と、穴が開いて中の綿がはみ出しているソファーが置かれている。照明器具も埃を被り、ただ天井からぶら下がっていた。天井は高く、ユキが思い切り跳んでも頭を打ちそうにない。
リンはいない。ユキは立ち上がり、中途半端に開いている扉を押し、隣の部屋を覗き込んだ。そして、部屋の真ん中に置かれた木製の机の上で倒れている少年を見付けた。
「春直!?」
机の上に仰向けでいたのは、気を失った春直だった。もしや敵襲かと体の状態を目視で確かめるが、外傷はない。
「おい、起きろって」
ゆさゆさと春直の体を揺すると、机がギシギシと不安定な音をたてた。春直自身も不安を覚えたのか、小さく呻いて目を覚ました。
「ゆ、き……?」
「よかった、目を覚ましたな」
ぼんやりとしていた目が焦点を結び、春直は目を瞬かせて机の上に胡坐をかく。彼の目の前に腰に手をあてて立ったユキは、じっと春直の顔を見つめた。
「……ぼくの顔に、何かついてる?」
「そうじゃないけど。春直、ここが何処かわかる?」
「ここ? ……何処かの建物、だよね」
少し伸び上がって窓の外を見たが、外は白濁とした雲に覆われていて何も見えない。ユキが窓の方へと歩いて行って枠に手をかけたが、全く動かなかった。どうやら、外と内側とは隔絶されているらしい。
何処かの建物に閉じ込められたのだ、と理解するのには時間はかからなかった。
―――ガタッ
これからどうすべきかと考えていた時、近くで物音がした。
春直の耳がぴくりと動き、しっぽがピンッと立つ。ユキも周囲を警戒して、いつでも魔力を放てるように準備をした。
「ユキ」
「春直」
二人は頷き合うと、そっと移動する。春直が机の上から下りた際に靴と床が接触した音が鳴ったが、特に変化はなく安堵のため息をつく。
春直がいた部屋を出て、ユキが目覚めた部屋を移動する。更に二人は、廊下へとつながると思われる金属の扉の前へと進んで行く。
「ちょっと待ってて」
春直がユキを制し、自分の耳をぴたりと扉にくっつける。こうすることによって、外の様子を探ろうというのだ。ユキは口を噤み、邪魔をしないように待つ。
「……」
「……どう?」
待つこと一分強。全く動きのない春直に、ユキは待ち切れなくなって尋ねた。すると扉から体を離し、春直は首を傾げる。
「うん……。何かいる気配はするんだけど、その動きがわからないんだ」
「わからない? どうし――ッ」
言葉の続きを口にする暇はなかった。扉の向こう側で、何かが打ち付けられる音がする。カンッカンッという音が何度か続き、聞こえる度に音は大きく鋭くなっていく。
春直とユキは扉から距離を取り、何があってもいいように臨戦態勢を整えた。春直は操血の力を爪に流し、ユキは体に冷気を纏う。
リンたちのいない今、頼れるのは互いだけだ。
「―――っ、春直見ろ!」
音がし始めてから五分後。ユキが指差した先では、扉にひびが入っていた。しかも扉の中央から放射状に伸びたひびが徐々に全体に広がり、音も鋭さを増す。
―――……ダンッ
重い音を響かせ、何かが扉にぶつかる。それと同時に扉を構成する金属の板が砕け、バラバラと散乱した。
「はー、やれやれ。思いの外時間がかかったな」
嘆息しつつ扉の残骸を踏み越えたのは、矢筒を背負った日焼けした細身の男だった。黒猫の耳としっぽを持ち、きりっとした細い目は猫人らしい。
部屋に入ってきた男は、警戒態勢のユキと春直を見て嬉しそうに笑った。
「お前たち、メイデア様の邪魔をする不届き者だろ? 子ども相手ってことで手加減してやるよ」
そう言うが早いか、男は弓に矢をつがえて真っ直ぐに放った。
「うわっ」
「つっ」
ユキと春直は左右に跳び、矢を躱す。しかしそれによって、二人の間には距離が出来てしまった。
「と、突然なんだよお前!」
「ん、
きょとんと自分を指差した男は、人の良さそうな笑みを浮かべた。再び矢をつがえながら、名を名乗る。
「私の名は、アリー。牙獣の三、貫通矢のアリーとは私のことだ」
アリーはそう言うと、ユキを狙って矢を放つ。ユキは氷の壁を作って身を守ると、壁を何本もの
「いっけぇっ」
「おっとっと」
猫人らしく身軽な動きで全ての氷柱を躱したアリーは、トンッと氷柱に八つ裂きにされた壁際のソファーの背もたれに飛び移った。濡れた壁をちらっと見て、へえっと関心した声を上げる。
「子どもだからと甘く見ていたけど、そっちの坊やは魔力も高いし強そうだ」
「お前に褒められても嬉しくない」
ユキにバッサリと斬られ、アリーは「おやおや」と肩を
しげしげと春直を観察し、アリーは「きみも私と同じ猫人なんだね」と微笑む。
「同じ種族で争うなんて悲しいけど……メイデア様のためだから」
「ぼくは、お前みたいな殺人鬼と一緒にされたくない」
「……」
春直の言葉が、アリーの中の何かに触れた。アリーは無言で弓を引き、春直に向かって連続で放つ。
「くっ。だあっ!」
ひらりとバク転を織り込みながら矢を躱し、躱し切れない分は爪で叩き落す。爪部分には痛覚がないため、指を閉じることで狭い範囲だが防御にも使えた。
「今度はこっちの番だ!」
春直は操血の力を使い、赤く染まった爪をしならせる。大きく跳び上がり、剣を突き刺すように手を突き出した。
「操血―――」
「春直ッ!」
ユキの悲鳴が響くのと、落下する春直の鳩尾にアリーの拳が叩き込まれるのはほぼ同時だった。
「――かはっ」
肺の中の空気が押し出され、春直は背中から壁に激突した。気絶しそうな痛みに悶え、それでもアリーを睨む目の力は衰えない。
「春直、大丈夫か!?」
敵に背を向けることも出来ず、ユキは大声で春直の安否を気遣った。その気持ちに安堵を覚え、春直は鳩尾を押さえながら立ち上がる。
「うん。……ユキ、帰るよ。絶対」
「勿論」
二人は前後に分かれたまま、アリーを睨みつけた。
「私も、負けるわけにはいかないんだよな……」
アリーの雰囲気が変わった。大きな影を背負い、温厚な雰囲気が封じられる。その手によってつがえられた矢は、怜悧な光に輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます