第450話 燃え上がる朱雀

「う、があぁぁぁぁっ」

「唯文!」

 ジウの体目掛けて、燃える朱雀が飛んで行く。唯文本人への攻撃に気を取られていたジウは、それへの対応が遅れた。

 自分が放った技の大きさに呆然としていた唯文は、克臣に呼ばれて気を引き締め直した。まだ熱を持つ魔刀を握り締め、ジウの手元を狙う。

「だあっ」

「が……ぐぁ。まだ、まだだっ」

 手首を切られると危うんだジウは、朱雀を振り払って斧を振り回す。朱雀は振り払われると同時に霧散し、姿を消した。

 ブンブンと水車のように回る斧に遮られ、唯文は蹈鞴を踏んで体を引き身を守った。

 ジウの斧が、周りの草を刈っていく。そして、木々を伐採していく。威力は目を見張る以上のものがあり、あたれば無事では済まない。

「くっそ、無理か」

「そんなことねぇけどな」

「克臣さん……」

 幾つもの丸太が積み重なり、バリケードの役割を果たす。斧と丸太に遮られて進路を妨害された唯文が奥歯を噛み締めると、傍にやって来た克臣が不敵に笑った。

 その大きな手に掴まれた大剣には、今までに見たことのない光が宿っている。それは、唯文が出現させた魔刀の光と同じものに見えた。

 あかく、透明で輝く光だ。

「克臣さん、それ……」

「びっくりしたか? お前の力がこっちにも影響を与えたらしい。これで、新たな力を使える」

「何をこそこそとほざいている?」

 自分を無視する克臣たちに苛立ち、ジウが斧を真っ直ぐに二人へと向ける。腕一本で大きな斧を容易く支える筋力に、ジウの強さが垣間見える。

「何でもねぇよ。あんたが気にするこっちゃない」

 両手を添え、大剣を構える克臣。その姿に思わず見惚れた唯文は、彼と背を合わせるように腰を沈めて魔刀を構えた。

「気にするこっちゃねぇ? ……いや、オレをただの脳筋とあなどってもらっては困る」

 ニッと歯を見せ、目は笑わずにジウは続けた。

「その剣の光、面白れぇじゃねぇか? オレの斧と勝負だ」

「……どちらかの刃が壊れた時点で、勝敗を決する。それで良いか?」

「構わん」

 ジウの挑発に、克臣はすぐさま乗った。その短絡的とも思える判断に対し、唯文は克臣の腕を引いた。

「克臣さん、それは……」

「これで良いんだ、唯文」

 にやっと笑い、克臣は大剣を持つ手を左に変えた。そうすると、唯文の右手に刀があった場合に刃を合わせることが出来る。どちらの手も使いこなす克臣にとっては、大剣を持つのが右だろうが左だろうが大差はない。

 カチッと二つの刃部分がぶつかり、固い音をたてる。それを合図としたように、ジウが突進を開始した。

「でやぁぁぁぁぁっ」

 斧を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。これをくらえば、生身の人間など瞬時にひしゃげて終わりだ。

「くっ……何だ」

 幾ら押せども、ある位置より下に斧が落ちて行かない。克臣と唯文の頭上に朱い膜のようなものが出来、二人を斧から守っているのだ。

「凄い……」

 克臣に「刀を掲げろ」と言われた時は、何のためにと首を傾げたくなった。しかし唯文は今、克臣の言うことを聞いていてよかったと心底安堵していた。

 大剣と魔刀の刃の部分が交差し、ジウの方に切っ先を向けている。ただ掲げているだけではなく少し斧の重みも感じるが、十分な防御になっている。

「おい、唯文」

 静かに感嘆している唯文に、克臣は釘を刺す。

「出来るかもと思い付きでうまくいったが、次も守れるかはわからない。気を抜くなよ」

「わかっています。……ここからが本番ですよね」

 表情を改め、唯文はこちらに向かって振り下ろされた斧を見詰めた。

 正直、刃物を真正面から見るのは怖い。それが、自分を傷付けるために振るわれているのなら尚更だ。

 しかし、唯文は目を逸らさない。逸らさず、克臣と同時に朱い膜を突き破るように魔刀を突き上げた。

「「──のぼり朱雀!」」

 刀身から赤い炎が巻き上がり、二羽の燃え盛る朱雀が飛び上がる。それらはジウの斧を巻き込み、鉄の刃を溶かしていく。

「なっ」

「ほら、手を離さないとお前も燃えるぞ」

 火の鳥は羽ばたくと、斧の柄をも呑み込んだ。更に獲物を求め、朱雀の赤い双眸がジウを睨む。

「この……野郎がッ」

 ジウがズルズルと斧から手を離すと、残っていた柄の先も炎に呑まれて燃えてしまった。後に残ったのは、ドロドロに溶けた鉄の塊と消し炭のみ。

 斧を燃やした二匹の朱雀は、燃やすものを失うとその場で消えてしまった。

「やった……?」

「斧がなけりゃ、勝負も何もないだろ。俺たちの勝ちだな?」

 魔刀を下ろした唯文が呟き、克臣は両手を地面について項垂うなだれるジウの前に立った。

「くっ……殺せ」

「……お前たちは殺すことに意味を見出だしているようだが、殺してどうするんだ?」

「何?」

 思わず顔を上げたジウの芽に入ったのは、哀れみをわずかに宿した険しい表情の克臣だ。予想だにしない青年の問いに、ジウは目を瞬かせた。

「残念だが、俺たち銀の華は殺害に価値を見出ださない。生きることこそが罰となり、その者の魂を裁くと考えているからだ」

「生きることこそが、罰だと」

 ジウが復唱し、克臣は頷く。

「そうだ。……だから、お前の望みは叶えない。俺たちはもとの世界でやるべきことがあるからな。もし俺たちが消えた後に死にたいなら……好きにしろ」

 行くぞ、唯文。少し怒ったような声色で、克臣は唯文を呼んだ。唯文は無言で頷くと、ちらりと座り込んだままのジウを見て、再び歩いていく克臣の後を追った。


 ザクザクザク。原っぱから、もと来た道を辿って森へと戻る。そこからスタート地点を目指して歩いているのだが、克臣は一言も発しない。

「……」

 唯文は何度か声をかけようとしたのだが、何となく雰囲気で声をかけてはいけないと思って止めてしまう。その行為を、何度も繰り返した。

「あっ」

 唯文は、自分たちが向かう方向に白い光を見た。瞬時に、それに向かえばもとの世界へ戻れるのだとわかる。誰かが教えてくれたのではないが、そうわかったのだ。

 前を行く克臣も気付き、目を細めた。そして、ふと立ち止まる。

「克臣さん?」

 駆け出そうとしていた唯文は、克臣の行動を不審に思って声をかけた。すると克臣は、何でもないと首を横に振る。

「人の生死をどうこう出来る程、俺は強くないんだよ」

「……そんな強さ、おれたちには要りません」

 唯文の強い呟きは、克臣の中の何かに響いた。思わず笑い出し、唯文に変な顔をされる。

「くくっ。そうだな」

「克臣さん? ……ちょっ、何するんですか!」

 唯文の頭を乱暴に撫で回すと、克臣は文句を受け付けずに光の中へと身を躍らせた。

 克臣は気付いていた。例え自分たちが見逃しても、彼女は決して見逃しはしないと。それを知っていてもなお、命を奪う刃を振るうことなど出来なかったのだ。


「……」

 ジウは克臣たちを追うこともせず、ぼんやりと霞んだ空を眺めていた。空には青い色もなく、ただ白濁としている。

 克臣と名乗った青年は、殺すことの意義を尋ねた。しかしジウは、それに答えられなかった。そのこと自体が、ジウに混乱をもたらしていた。

「オレは、女王様のために生きてきた。あの方の命令に応じ、政敵を殺めることが仕事だ。……そう、言えばよかったのだがな。───っ」

 ぞわり。黒々と暗い殺意が、ジウの背を伝う。来たか、とジウは抵抗せずに目を閉じた。

 女王の命令を遂げられなかった牙獣に待つのは、死のみ。

 ジウは長いため息をつき、静かに赤い泉の中に突っ伏した。最期に圧倒的勝利を収めた二人の若者との命懸けの戦いを思い出し、唇には笑みが浮かんでいた。

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