覇権を望む者

第447話 強者との対峙

 メイデアは一人、仕事と向き合っていた。城内では様々な衝撃や音が響き渡っていたが、防音もボディーガードもしっかりとしたこの部屋とは無縁だ。

 無縁なはずだった。

 城に潜ませた間諜から徐々に集まってくるのは、メイデアにとって不都合な事実ばかりだ。城の裏門が破られ、何名かの侵入者を許した。のみならず、各場所で兵士たちが戦闘不能にさせられていると知る。

 そして今、メイデアのもとに寄せられた情報は、彼女を驚かせるに十分なものだった。

「ダンパースが 敗れた、だと?」

「はい。不本意ながら、その通りでございます」

 間諜は様々な姿をして、城内に放たれている。その一人であるメイド姿の女性は、怒りを静かにためつつある主に怯えつつも口を開いた。

「先程、柱に縛り付けられるのを目撃しましたので、間違いはないかと」

「先程、とはどれ程前だ」

「ここに来る三十秒前でございます」

「わかった。───下がれ」

「はっ」

 間諜の女性は、メイデアに命じられた途端に姿を消した。煙玉に巻かれたように消えたその後、メイデアは静かに拳を握り締めた。

「よもや、ダンパースまでも。銀の華、まさかこんなところまで奴らが来るとはな」

 メイデアの認識では、銀の華は彼女の企て全てを棄却しかねない危険な存在だった。何処で自分の計画や神庭の宝のことを知ったのか。

「……今は、そんな些末なことはどうでも良いか」

 自嘲するように笑い、メイデアは目を閉じた。これまで集めて整理した銀の華に関する情報を、頭の中で整理し直す。いつでも取り出せる形にしておいて、物音に目を開いた。

「メイデア様……」

「ああ、頼むぞ」

「御意」

 何かが、家具の影から声を発した。丁度日の光も届かない場所にいたその者は、再び気配を消した。

「さて、こちらは問題ない。後は倒してしまえばどうとでもなる」

 さあ、迎えてやろうではないか。

 メイデアは部屋に飾ってあった剣を手に取った。ぐっと掴むと、重みがかかる。ここしばらくは稽古の時くらいしか扱っていなかったが、体が動こうとウズウズしている。

 これならば、斬り伏せることが出来そうだ。

 メイデアは背後に強力な味方の気配を感じつつ、ゆっくりと部屋の扉の前へと歩いていった。


 同時刻、リンたちはメイデアの部屋の戸の前にいた。今まさにドアノブを回そうとした時だ。突然、内側から戸が開いた。

 内開きの戸を開けた者の姿を見て、リンは慎重に尋ねた。

「あなたが、スカドゥラ王国のメイデア女王ですか?」

「ああ、そうだ。よく来たな、と歓待する気にはなれないな」

 決して若くはないはずの女の金髪のショートヘアが、サラリと揺れる。吊り目がちな紺色の瞳に強気な微笑を浮かべて言うと、メイデアは指をパチンと鳴らした。

「!」

 固まっていたリンたちの背後に、三人の覆面を付けた人物が下り立った。何処から現れたのかと問う間もなく、その人々はそれぞれに武器を持つ。

 一人は長剣、一人は斧のような武器、一人は弓矢。それらをリンたちに向けて突き出し、殺気を漂わせる。

「……」

「……」

「……」

「何、こいつら。一言も発しない」

 異様なまでの沈黙は、年少組を怯えさせるには十分な効果を持った。ユーギが困惑顔で呟き、克臣の服の裾を握る。

 ユーギの背中を撫でてやり、克臣はメイデアの目を見て尋ねる。

「こいつらは何だ。あんたの持ち駒か?」

「持ち駒、ね。私が自ら育てた精鋭部隊・牙獣がじゅうだ。……彼らと共に、我が望みを邪魔するお前たちを殺してやろう」

 吊り目をすがめ、メイデアは自らも使い慣れた剣をくるりと回す。

 牙獣と呼ばれた彼らは紺色の布で覆面をし、同じような暗い色で身軽な服装をしている。体つきから、全て男性であろうことはわかる。

 殺気が強まり、圧がかかる。リンは強者の風格を漂わせるメイデアの姿勢に気圧されそうになるが、奥歯を噛み締めて踏み留まった。

「俺たちは、ソディリスラを踏みにじろうとするお前たちを止めに来た。神庭と宝から手を退くなら、ここで争う必要もない」

 リンの申し出に、メイデアは一瞬きょとんとした顔をした。そして言われた言葉を理解したのか、上品にクスクスと笑い始めた。

 いつしか笑いは、腹を抱えたものへと変化する。

「あっはっは! 面白くもない冗談だ」

 ひとしきり笑い終えると、メイデアは真顔に戻った。そして、男のような低い声で言い切る。

「我がスカドゥラが、世界を手に入れる。そのために、神庭と宝は絶対不可欠。諦めて手を退くなど、愚かな真似はしない。……お前たちこそ、こんなところに居ずに、ソディリスラで自警団の真似事をしていれば良いのではないか? もっとも、近いうちにソディリスラをもスカドゥラとなるわけだが」

 自信満々に煽り立てるメイデアに、唯文とユキが反応を示す。しかしジェイスに肩を引かれ、押し留まった。

 リンの脳裏に、自分たちの帰りを待つ甘音の顔が浮かぶ。そして、天也とレオラ、ヴィルの姿も。

(彼らに応える。それは、俺たちの願いでもあるんだ)

 寂しげに揺れた甘音の瞳と、信じて待つと決めた天也の表情。更に、リンたちのために裏に徹したエルハととおる。彼らのためにも、スカドゥラの手を引かせる。

 握り締めるリンの拳に、そっと柔らかく温かなものが触れる。ハッとして目をやれば、晶穂が信頼を籠めた瞳でリンを見詰めていた。

「晶穂」

「大丈夫。みんな一緒だから」

「……ああ」

 敵に囲まれているにもかかわらず、晶穂は怯えを見せずにリンに笑いかけた。そうすることで、リンの意識をこちら側に戻したのだ。

 こういう時、リンは晶穂に敵わないなと思う。

「……敵わんな」

「リン?」

 こてん、と晶穂が小首を傾げる。サラリと灰色の髪が揺れ、思わず零れたリンの気持ちを受け止めた。

 ふるふると首を横に振り、リンは何でもないと暗に示した。

 そして、改めて目をメイデアに向ける。豊満な胸元など、リンにとってはどうでも良いものだ。

「手を退かないなら、手を退かせる」

「どうやって? ここはお前たちにとって敵地であり、増援など期待出来ないが」

「俺たちは独りじゃない。ここに、頼りになる仲間がいる。……必ず、その野望を砕く」

「はっ。やってみろ」

 わずかにリンたちを見下し、そして戦いに愉悦を覚える態度を取るメイデアは、再び指を鳴らした。

 その合図を受け、三人の牙獣が一定の距離を取る。メイデアの部屋の入り口と廊下の範囲では、全員が戦うには狭すぎる。牙獣の個性も活かせまい。

「……ここで戦うとでも思ったか?」

 メイデアはニタリと微笑むと、右腕を天井へ向かって突き挙げた。

「『異空間展開』」

 短い言葉が発せられると同時に、リンは大きな眩暈めまいを覚えた。

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