第445話 片っ端から

 リンたちと別れてしばらくしてから、ジェイスと克臣は追っ手を撒くために廊下の窓を蹴り割った。そして窓枠に足をかけ、体を外へと追いやる。背後から悲鳴が聞こえたが、気にする必要もない。ここは三階だ。

「ジェイス、ナイスキャッチ」

「出来れば跳び下りるなら、わたしの隣の窓からにしてくれないか? 一つ飛ばされると流石に手が届くか不安になる」

「大丈夫だろ、ジェイスだし」

「その自信は何処から来るんだ」

 純白の翼を広げたジェイスは飽きれつつ、克臣の腕を掴んでいた。

 彼らがいるのは空中だ。このまま城の屋上に着地し、状況を把握してから目的地を目指そうということになっている。

 流石に空を飛ばれるとは考えていないのか、窓の近くを通っても自分たちを見る視線は感じない。見下ろせば、兵士たちが慌てた様子で行き交う姿が見えるのだが。

「よっと」

 克臣を先に下ろし、ジェイスも着地する。城の屋上とは言ってもヘリポートがあるわけでもない。ただ鮮やかな白い屋根があるだけだ。

 屋根は石を加工した板で造られており、表面はざらざらとして足を滑らせる心配はない。そして、幸い今日は快晴だ。遠くまでよく見える。

「あっちが港で、向こうが……思ったよりも広いな、この国」

「大きな島みたいな大陸だからね。地球のオーストラリアみたいなものだよ」

「なるほどな。地図で見るのと実際にじゃあ、実感が違うもんな」

 うんうんと頷き納得すると、克臣は端末を取り出して地図を確かめた。

「ここが、四階の上か。で、俺たちが目指すのは」

「一階最奥の女王の部屋。警備が厳重だし、あそこだね」

 ジェイスが指差したのは、美しい中庭に面した部屋だ。窓に特殊な加工でもしてあるのか、こちらから中の様子を見ることは出来ない。

 ただ、屈強な兵士が見回りをしているために重要な部屋だと丸わかりだ。またエルハの地図でも、あそこがメイデアの部屋だと明記してある。その横には会談室も設置され、外国からの客を迎える部屋でもあるのだろう。

 一階に女王の部屋があると聞き、克臣は首を傾げた。

「一階? 俺はてっきり四階だと思ってたぞ」

「わたしもそうだ。だけど女王様が高所恐怖症だとか、いざという時の逃げ道確保のためだとかで、メイデア自身が決めたってあの元観光案内人の男性が言っていたよ」

「ああ、あの人か」

 城に入る直前に町で出会った男性のことだ。あの人懐っこさは観光案内人という職業では有利だろうが、少し晶穂に馴れ馴れしすぎた。

「ちょっと、リンが不穏だったな」

「……意外と妬くんだな、リン」

 遠い目をした克臣と苦笑いを洩らすジェイスは、中庭方面が賑やかになっていることに気付いた。覗けば唯文と春直がいて、彼らを取り囲む兵士たちがいる。

 克臣が身を乗り出し、戦況を見ながらジェイスに尋ねた。

「助けるか?」

「いや……。うん、大丈夫だ」

 彼らの見ている前で、唯文と春直は蹴りと操血を用いて兵士を一掃していた。更に城の方からはユキとユーギが走ってきて、四人が合流する。

 それから話がまとまったのか、城の方向へと駆けていった。

「だな」

 彼らなら心配は要らない。

 克臣は首肯すると、キョロキョロと見回して何かを探している。ジェイスが「どうした?」と問えば、応じた。

「一階に下りる場所を探してたんだ。───どうする?」

「何が?」

「このまま素直に下りるか、二階以上で俺たちを探す奴らを倒してから行くか」

「克臣はどうしたい?」

 わかりきったような問いに、克臣は「決まってんだろ」と笑う。

「あいつらの邪魔をする奴は、片っ端からす」

「そう言うと思ったよ」

 明快な答えに、ジェイスは笑うしかない。

 そして、自分たちを探しているらしい兵士の束を見付けて目を細めた。

「行こうか」

「了解」

 再びジェイスは翼を広げ、克臣が彼の手に掴まる。そして音もなく空中を移動して、二階部分の窓近くまで来た。

 少し目線を落とすと、二階の渡り廊下には数人の兵士が固まって警戒している。ただ残念なのは、彼らが警戒しているのが左右のみであって上は範囲外だということか。

 ジェイスは軽く腕を引いて、克臣に合図を送る、それに応じた克臣が顔を上げ、唇の動きだけで「行くぞ」と示す。

「───ほらっ」

 克臣の体が支えを失い、ふわっと浮き上がる。そしてそのまま落下すると、兵士たちの中心に着地した。

「うわぁっ!?」

「あ、お前は───」

 兵士たちは一瞬の沈黙で状況を把握すると、混乱に陥る。しかし中には克臣を門の方で見た者もいたようで、侵入者と名指ししようと口を開いた。

 だが、克臣はそんな暇を与えない。

「竜閃」

 ───ドシュッ

 大剣による一閃が、金色こんじきの竜を生み出した。竜はえ、兵士たちの間を駆けていく。

「う……わぁぁぁぁっ」

 幾つもの悲鳴がこだまし、竜が去った後には廊下に突っ伏す弊紙たちの山が出来ていた。

「お見事」

 高みの見物を決め込んでいたジェイスは、静かに下り立つと幼馴染みを褒め称えた。それに大剣を振って応じた克臣は、手のひらにその剣を仕舞った。

 ジェイスの力により、克臣は自分の体を大剣の鞘としているのだ。

「これで一応掃除は出来たか?」

 一仕事終えて息をつく克臣の耳に、新たな金属音が届く。カシャンカシャンと鎧のようなそれは、まさに鎧を着た兵十名の集団だった。

「……また終わっちゃいなかったか」

「克臣に任せてしまったし、ここはわたしが持とうか」

「じゃあ頼むわ」

 身を引き、克臣は渡り廊下の手すりに体を預けた。ここからなら、後ろ姿のジェイスがよく見える。

 鎧の兵たちも、廊下の真ん中に立つジェイスに気付いた。その整った容姿に一度見惚れる者もいたが、リーダーらしき男がどら声を響かせる。

「お前らが侵入者だな? 我らが捕らえ、牢にぶちこんでやる!」

「謹んで、遠慮します」

 丁寧に断ると、ジェイスはすぐさま自分の背後に陣を描き、空気で創ったナイフを並べる。

「なっ……!?」

「敵を追い詰めたいなら、まずは敵を知っていた方が良いですよ」

 穏やかな笑みでそう告げると、ジェイスは一度真っ直ぐに挙げた手を、真っ直ぐに振り下ろした。

 するとナイフが順に飛び出し、兵たちを襲っていく。

 しかし、鎧に刃物は簡単には通らない。そう信じていた兵たちは冷笑した。

「バカなやつだ。ナイフなんぞ投げ……?」

 そう思ったのも、一瞬の出来事だ。

 ジェイスの放ったナイフが鎧の継ぎ目を切り、次々に身ぐるみを剥がされていく。防御を失い、兵たちは真っ青になった。

「ひっ……た、退散!」

 勇気ある決断をしたリーダーの後に続き、重そうな鎧を抱えて走る男たちが走り去る。去る者を追わず、ジェイスは陣を解除して克臣を振り返った。

「行こうか。そろそろリンたちも着く頃だろうし」

「ああ。これだけ暴れれば、あちらさんも警戒するだろ」

 二人は見事怪我人を出すことなく、兵士たちを蹴散らすことに成功した。ただ、少々器物は破損させたが。

 二人は再び廊下の手すりから身を躍らせ、一階に着地した。そして、颯爽と女王の部屋を目指すのである。

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