第444話 おいかけっこ
王城の扉を守っていた兵士を昏倒させ、リンたちはその内側へと足を踏み入れた。しかし、この人数では目立ちすぎる。尚且つ、後ろからは追手が走ってきていた。
城の玄関ホールは広く、幾つかの廊下が伸びている。事前に確認した地図によれば、そのどれを辿ってもいつかは女王の部屋に着くことが出来るはずだ。
リンは一呼吸置くと、全員に向かって言う。
「目的地で会いましょう」
「ああ」
克臣が返事をし、ジェイスも笑みで頷く。
「また後で」
唯文と春直が背を向け、ユキとユーギも彼らの後を追う。
「行こう」
晶穂が力強く首肯し、リンは彼女と共に踵を返した。
そんな彼らの後を、兵士たちが数組に分かれて追っていく。ドタバタと滑稽なまでの追いかけっこが始まってしまった。
「あ、まずい」
始めに兵士に見つかったのは年少組だった。
突然現れた子どもたちに驚いたメイドの悲鳴をきっかけに、廊下に互い違いに設置された扉を開け、王城に勤める人々に発見されたのが始まりだった。
先を急いでいた唯文は、後ろの方で誰かと問答を繰り広げる春直の声を聞いた。
「ぼく、何処から入って来たんだ? ここは子どもが入っていい場所じゃないぞ」
「あ、ごめんなさい。でも……」
「でもじゃない。ほら、あの兵士に引き渡すから、外に連れて行ってもらいなさい」
春直が強行突破してきたとは知らず、人の良さそうな貴族が彼の手を引こうとする。彼が指差す先には、身分のために大きな顔を出来ない数人の兵士が、こびへつらう顔で近付いて来ていた。
春直は、素早く視線を走らせる。ユキとユーギは唯文の更に先を進んでおり、この騒ぎに気付いていない。唯文は柱の影に身を潜め、こちらの様子を窺っていた。
(本当は、関係のない人たちを巻き込みたくはないけど……)
春直がそんなことを考え逡巡している間にも、兵士たちは近付く。足音が間近で聞こえ、春直は決断した。
「―――ごめんなさい!」
「え? ……ぐはっ」
貴族の手を振り払い、春直は空中で一回転すると同時に兵士の顎を蹴り飛ばした。ぐらりと
「貴様ッ」
「春直!」
春直の反応が遅れて捕まりそうになった直後、唯文が跳び蹴りをその兵士に食らわせた。真面に横腹を蹴られた兵士は悶絶し、辺りは騒然とする。
最初に春直を掴まえた貴族は度肝を抜かれてその場に尻もちをつき、彼らを案じて顔を見せた貴族たちも動けずにいる。
その隙を見逃さず、唯文は春直の手を引いた。
「行くぞ」
「うん!」
二人が去った後には、嵐の後のような静けさが残った。
「……うん、私は何も見なかった」
現実逃避をして仕事に戻った者が多いとか少ないとか、そんな話もある。
「はぁっ……はあっ……」
「はぁ……びっくりした」
貴族や兵士たちから逃げ、唯文と春直は城の中庭らしい場所まで走ってきた。
イルカの形をした噴水からはキラキラと日に輝く水流が溢れ、整えられた花壇には季節の花々が咲き誇っている。更に剪定された植木は規則正しく並び、ここが人工的な庭なのだとひけらかす。
子ども用なのか、ブランコも設置されていた。その傍のベンチに手をついて、唯文は呼吸を整えながら現在地を把握する。
端末を開き、画像を見て庭を探す。自分たちが来た道筋から、ここだろうという区域を発見した。そして、女王の部屋までの順路も確かめた。
「うん、ここからならあともう少しだ。……大丈夫か、春直」
「だ、大丈夫。でも、ユキとユーギは?」
「あ」
元来た道を見るが、先に行っていたはずの二人がいるはずもない。更にぐるりと庭を囲む通路を見回しても、見知った影はない。しかも、あの二人は端末を持たないから地図を持っていないのだ。
はあっとため息をつき、唯文は春直を見下ろした。
「おれはもう少し探してから行く。春直は先に行って、団長たちにはぐれたことを伝えておいてくれ」
「待ってよ、ぼくも行く。これ以上はぐれたらって思うと怖いよ」
それに、単純な戦闘力なら『操血』を持つ自分の方が上だ。ということまでは流石に言わないが、一人でゴールを目指すことには抵抗感がある。
「あーもう」
ガシガシと後頭部を掻いて、唯文は折れた。心の何処かで、春直も共に二人を探してほしいと願う気持ちがあったのには目を瞑って。
「じゃあ行くぞ。……ここを斬り抜けたらな」
「了解」
中庭という目立つ場所にいたのがまずかったか、唯文と春直を捕えようと近付く何人もの兵士に囲まれていた。二人は顔を見合わせ頷き合うと、同時に跳び出すのだった。
同じ頃、ユキとユーギは城内の別の場所にいた。
地図を持たないことに気付き、唯文を探したが遅かったのだ。二人は仕方なく、数回だけ地図を見た記憶を頼りに、王城内を進んでいた。
「ユーギ、本当にこっちか?」
「ユキ。多分こっちだと思うんだけど……」
迷いながらも、二人はうまく兵士たちの目を掻い潜っていた。先程は前からやって来た兵士から身を隠すため、廊下に飾られていた甲冑の裏に隠れていた。そして兵士の会話から、銀の華のメンバーは誰も捕まっていないと知っている。
「ぼくらが捕まった第一号とか、かっこ悪いもんね」
「っていうか、少なくとも兄さんたちを捕まえるとか無理じゃ」
そんなことを小声で話しながら、目は絶えず辺りを警戒している。二人はいつしか、中庭の見える渡り廊下に出ていた。
風に乗る花の香りに反応し、ユーギの鼻がひくひくと動く。そして同時に、両耳がピンッと立った。
「ユーギ?」
「しっ」
静かにするようジェスチャーされ、ユキは自分の口を手で塞いで頷いた。するとユーギが庭の真ん中を指差す。
「―――あっ」
思わず声を上げたユキは、慌てて両手を口にあてる。しかし、ユーギが声を出したことを指摘することはない。
彼らが見つけたのは、何人かの兵士に四方から詰め寄られる唯文と春直の姿だった。二人が助けに行こうと頷き合った瞬間。
―――ドガッ
唯文の回し蹴りが炸裂していた。更に春直が『操血』を使い、赤い嵐で兵士たちを巻き上げた。
「『操血』―――
その叫びと共に生み出された赤い嵐は、兵士たちを戦闘不能に追い込んでいく。
「うっわ……」
「一瞬」
ものの数分で、唯文と春直に群がっていた兵士たちは倒されてしまった。勿論怪我をさせたわけではなく、あくまで失神する範囲内。
その力加減の見事さは、先輩たちから学んできたものだった。暴力的でありながらも、あくまで繊細さを忘れない。
「唯文兄、春直」
ユキが片手を大きく挙げて振ると、二人もそれに気付いて安堵の表情を浮かべた。
「よかった、無事だったか」
「心配したんだよ。はぐれるから」
「ごめんなさい、勝手に行っちゃって」
「ごめん。でも、会えてよかったよ」
素直に謝ったユキとユーギに、唯文と春直も叱る気はない。ここでは時間が貴重だ。早く目的地まで行って、リンたちと合流しなければならない。
「行くぞ」
唯文の号令で、年少組は再び駆け出した。今度こそ、地図に沿って女王の部屋を目指すのだ。
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