第443話 兵舎の嵐
──ドカッ
「ひっ」
門の内側にいた兵士がビクッと反応する。その様子を見た同僚が、面白そうに笑った。
「お前、何だよ今の。『ひっ』だって」
「びびったんだよ、からかうな」
「びびった?」
同僚は兵士の横に来ると、彼の後ろにある裏門に手を当てた。この門は一枚板で造られており、外側は見えない造りになっている。
「裏門なんて使うのは、俺たちみたいなしたっぱ兵士くらいだろ? あとは下働きか。……今日は誰もまだ出掛けていないし、気のせ……」
──ドンッ
「うわっ」
男は衝撃を板越しに受けて、思わず尻餅をついた。そして、恐怖を顔に張り付けて門を指差す。
「お、お前の言った通りだ! 気のせいなんかじゃない」
「だから言っただろう? 何者かな」
「俺が知るか。兎に角、慎重に門を……」
門を開けるんだ。そう兵士たちが示し合わせる前に、門が弾け飛んだ。
「あ、やり過ぎた」
左足を突き出した格好のまま、克臣は苦笑した。その斜め後ろでは、呆れ顔のジェイスが腕を組んでいた。
「あまり力を入れ過ぎるなって言わなかったか?」
「悪かったよ。でも、鍵がかかってたんだから仕方ないだろ」
やり方は間違っていないと主張する克臣に、ジェイスは笑うのも諦めた顔をする。
「そもそも、門は足で蹴り飛ばすものじゃないんだけどな。ま、結果オーライだね」
「二人ともずれてますよ……」
力のないツッコミを入れた晶穂は、城の中で腰を抜かしている兵士二人を見付けた。彼らにぺこりと頭を下げる。
「すみません、お邪魔します」
「お、お邪魔って……」
兵士の返答を待たず、リンたちはわらわらと城内に入り込む。そして、彼らを無視して何処かへ向かって歩き始めた。
「お、おい……」
折れ曲がった門を横目に青ざめた兵士は、城を守ろうと立ち上がった同僚の袖を引いた。すると同僚は、冷や汗をかいた顔で呟く。
「だから、呼ぶんだ」
「呼ぶ?」
何をかと男が問う前に、同僚は腹に思い切り空気を吸い込んだ。そして、吐き出すと同時に叫び声を上げた。
「し、侵入者だぁ!!!」
男の叫び声に、兵舎が反応する。その入り口から、武器を手にした兵士たちがぞろぞろと走り出る。その中から自分たちの上司を見つけだすと、二人は駆け寄った。
その一連の動きを見ていたリンは、ふっと息を吐いた。
「ま、そうなるよな」
「むしろ、ならなかったら国としてどうなのさ」
ユキが魔力発動の準備をしつつ、兄に応じた。それもそうだと苦笑し、リンは剣や弓矢を向けてくる兵士側を見た。
「悪いけど」
ポウッとリンの体が輝く。兵士たちが驚いて、一歩後退した。
「立ち止まれないんだ」
斬撃が場を荒らす。瞬時に剣を召喚したリンが、魔力を籠めた剣を振り下ろしたのだ。
激しい風圧を受け、兵士側のリーダーが叫ぶ。
「い、行け! 捕まえるんだ!」
「捕まらないよ!」
ユキが魔力を発動し、空から大きな氷柱が降ってくる。それは兵士たちの脳天をギリギリかするか否かの距離を保って落下し、十分に彼らを怖がらせた。
更にその巨大な氷の柱を縫うようにして移動するユーギと春直が、兵士に足払いをかけていく。その為、色々なところで悲鳴が轟いた。
「数の勝負になんて持ち込まない」
唯文が氷柱を斬り刻み、人体ほどの大きさのある欠片がブスブスと地面に刺さっていく。それは兵士たちの動きを遮断し、戸惑わせた。
その喧騒の間を、リンと晶穂、ジェイスと克臣が駆けていく。主にジェイスと克臣が邪魔する兵らを払い退け、リンと晶穂を進ませている。更にその外側で、敵を彼らに近付けさせないよう動いているのがユキたち年少組だった。
ジェイスがユキの氷柱だった欠片を蹴り、跳び上がった。そのまま空中でナイフを生成し、四方八方に放つ。
地上では悲鳴が上がり、ジェイスはその光景をとある氷の欠片の上から見ていた。
「……当たっても傷一つつかないんだけどね」
ジェイスが放ったのは、ナイフの形をした空気だ。それに当たったからといって、痛いということもない。
しかし、ナイフの形をしたものが電光石火の勢いで落ちてくるのだから、普通の感覚では十分恐ろしいだろう。
「タイミングが悪かったな……」
若干兵士らを不憫に思いながらも、克臣は問答無用で『竜閃』を放つ。こちらも手加減すれば相手を傷付けることはないが、光の竜は迫力満点だ。
「騒ぎ、どころじゃないよね……」
「まあ、わりとみんな好き勝手やるな」
晶穂とリンは苦笑を交わし、仲間たちが作ってくれた道をひた走る。
既に元には戻れないほど、兵舎周辺は混乱に満ちていた。土煙が上がり、吹雪が乱れ、剣の金属音が響く。
そんなどうしようもない中でも、わずかに冷静さを保っている者もいた。彼は一介の兵士に過ぎなかったが、上司に追い立てられて王城へと死に物狂いで駆けていく。その後を上司も追った。
彼らが向かったのは、王城のメイデアの部屋。女王にこの侵入者たちの報告をせねば、と走ったわけである。
土煙に巻かれて去った彼らには流石に気付かず、リンは仲間に向かって声を張り上げた。
「行きます!」
瞬間、その場から幾つかの気配が消えた。
兵士たちはしばらく戦っていたが、ふと誰かが呟く。
「誰も、いなくね?」
この場には味方しかいない。あの侵入者たちの姿が全て消えていたのだ。氷の欠片は全て残っているが、それを生じさせた人物の気配もない。
土煙が落ち着いていく。信じられない光景に、誰もが目を疑った。しかし冷静になる中で、誰もが気付く。
「あの侵入者たち、城へ向かったのか?」
兵士たちは、再び別の意味で騒ぎ出した。王城への侵入を許したと知れれば、簡単に首が飛びかねない。
女王のもとから戻った男たちを交え、彼らは侵入者を捕らえるために動き始めた。
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