第442話 侵入者
エルハから貰った地図を見ていたリンは、ふと一つの門を指差した。正門ではなく、建物を挟んで反対側にあるそれは、町からは遠く人目につかないように思われた。
「ここなら、最小限の被害で突破出来るんじゃないですか?」
「どれどれ……」
身を乗り出したジェイスがリンの指を辿り、そして門の周辺を見回す。そして、少し考える仕草をした。
「うーん、この近くに兵舎がある。ここを抜けるなら、騒ぎは必須だよ?」
「あ」
見落としていた、とリンは渋面を作る。確かに兵舎が近くにあれば、無理に門をこじ開けても戦闘は免れない。
しかしこれ以外の門は全て城下町に面しており、他の侵入経路はといえば壁を越えるくらいしかなくなる。壁の上には有刺鉄線はないだろうが、何かしらのトラップが仕掛けられている可能性はある。
どうしたものかと悩むリンに、克臣が「別に良いだろ」とにこやかに言った。
「どうせ、城内に入れば騒ぎは免れないんだ。だったら、最初から暴れてやろうぜ」
「……克臣さんらしいですね」
「それ、褒めてはないだろ」
リンの若干呆れを含んだ目で見られ、克臣は歯を見せて笑う。
「それに、長々と悩んだところでやることは同じだ。……この店にもずっと居座るわけにもいかないだろ」
「確かに、そろそろ一時間くらい?」
壁にかけられた時計を見たユーギが時刻を教えてくれる。確かに、これ以上時間をかけたところで何も変わるまい。
「だってさ。どうする、リン?」
ジェイスに判断を迫られ、リンは「仕方ありません」と苦く笑った。
「考えすぎるのは、俺の悪い癖ですね。……ここは、強行突破で行きましょう」
「思い切るね」
「晶穂も慣れてきたよな」
くすくすと笑う晶穂に、リンは諦めにも似た笑みを向けた。だからと言って諦めた訳ではない。これから始まるのだから。
裏の門を強行突破し、邪魔する者は気絶か捕縛程度で倒していく。後は、エルハの地図を使って女王の元へと向かうだけ。
勘定を済ませ、一行は町へと出ていく。店を出る直前、こちらを気にする素振りを見せる店員に、春直は無邪気な笑みを向けた。
「お兄さん、おいしかったです。ご馳走さまでした」
「え? あ、ああ……ありがとうございました」
毒気を抜かれ、店員はぽかんと春直を見送った。そして、他の店員や客と顔を見合わせて「まさかな」と苦笑し合うのだった。
裏門が見える木陰にやって来たリンたちは、そっと門を見やる。外側に門番らしき人はおらず、
「リン、さっきの地図を見せてくれるかな」
「はい、ジェイスさん」
リンが端末を差し出すと、ジェイスはそれを受け取って見詰める。それから操作して、自分と克臣、唯文の端末にも地図を送った。
手の端末をリンに返しながら、ジェイスは言う。
「城に入ってから、はぐれることも有り得るから。用心のために幾つかには送っておいたよ。この中の誰かにはみんなついて行けるだろうから」
「そうですね。ありがとうございます」
リンは自分の物を操作し、地図を全員に見せる。
「この赤い線で囲われているのが、女王の私室だとエルハさんから教わっています。何かあれば、全員ここを目指してください」
──了解。
全員が頷き、方針が決まる。そして、行動は起こされた。
同じ頃、メイデアは怒りを内に秘めて耐え忍んでいた。行真からの連絡で、彼らが銀の華の関係者を名乗る者たちに戦闘不能へと追い込まれたと知ったためだ。
「くっ」
臣下たちはわずかに漏れる女王の怒りのオーラにたじろいて、彼女に「どうなさったのですか」と問うことも出来ない。
王座の肘置きを掴み、メイデアは己を落ち着かせた。ベアリーとダイからの連絡はまだなく、それが彼女を不安にさせた。
(ベアリーたちも、もしかして。……いいえ、嫌なことを考えても始まらない)
不穏な予感を頭の隅に追いやると、メイデアは王座から立ち上がった。そしてそのまま、自室へ向けて歩いていく。
「もし私に用のある者がいれば、我が部屋を訪ねて来い」
「はっ」
臣下たちの礼を合図に、メイデアは応接の間を後にした。重い扉がメイデアを通して閉じた後、室内に安堵のため息が溢れるように漏れたのは言うまでもない。
「……はぁ」
それは、メイデアとて同じことだ。ここまで思い通りにいかないことの連続など、経験したことがない。
全てが思い通りにいくことなど、あり得ない。しかし、それに近付けることは出来る。メイデアが今までしてきたのは、その近付けるための努力である。
「だけど」
メイデアは奥歯を噛み、ギギッと鳴らした。
「こんなに、予想外のことばかり起こるなんて思わなかった」
音もなく戸を閉め、自室の景色を見てほっとする。自室とはいえ、仕事が机に積み重なっているのが見えた。
書類の束、報告書、印を押さなければならない文書。それだけではなく、領地にも近々赴かなくてはならないだろう。国王という役職には、暇などないのだ。
「それでも、私は成し遂げなければならない」
過去、このスカドゥラ王国に女王が立ったことはない。初めての女王だと持て囃され、高揚したのは昔の話だ。
現在、メイデアは女王が無能でないと証明している最中なのだ。そして、男の王だけでなく自分のような女王にも務まるのだと証を立てなければならない。
(そのために出来る手は、全て打ってきた。きっと、今していることが最後の仕上げ)
だからこそ、失する訳にはいかない。
メイデアは立場上自由に動き回れない不自由を悔やみながら、ベアリーたちからの連絡を待つ時間を仕事に当てようとしていた。
椅子に座り、ペンを持つ。その時、城が揺れた。
「な、何だ?」
爆発音も聞こえる。そして、兵士たちの喧騒も。あれは、訓練中の事故か。
「た、大変です。女王陛下!」
「何があった? まずは落ち着きなさい!」
「はっはい! ですが、そんなことも言っていられないのです」
女王の部屋に駆け込んできたのは、近衛の一人だ。兵舎から走ってきたのか、ゼーゼーと肩で息をしている。
近衛の男は息を整える暇も惜しいとばかりに、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「くっ、曲者です! 城に侵入者です!」
「侵入者!?」
今だかつて、メイデアが女王になってから侵入者など許したことはなかった。だからこその驚きなのだが、メイデアがこんなに声を張り上げることも珍しい。
しかし、目の前の男にその珍しさを意識する余裕などなかった。それは、メイデア自身も同じである。
メイデアが指示する前に、近衛の男の同僚らしき男がやって来た。服装から、彼の上司だろう。
「女王陛下。あなたの身は、我らが守りますゆえ。ここを出ないでください」
「わかった。頼んだぞ」
「御意」
男たちが去り、メイデアはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。そして、窓から騒ぎを見下ろす。
「……我が軍は、決して弱くなどない。誰かは知らぬが、捕縛するのも時間の問題だろう」
メイデアは窓際から離れると、遠くに聞こえる喧騒を聞きながら仕事に取り掛かった。
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