第440話 場外乱闘の始まり

 送られてきた写真を見つつ、ジェイスが「成る程」と感嘆の声を上げた。

「シンを呼んだか。それは……すぐに着くね」

「もう着いてる頃じゃないか?」

 ジェイスに応じた克臣がクククッと笑う。

 シンは、とある森の神殿に封じられていた龍である。今は、銀の華の一員としてリドアスで気ままに暮らしている。

 普段は大きめのぬいぐるみくらいの大きさしかないが、真の姿は巨大な龍だ。大人の男二人を乗せるくらい、朝飯前である。

「憂いがなくなったな?」

「……ええ。一応、文里さんにも戦艦がソディリスラに来ている事を伝えておきます。エルハさんと融をフォローしてくれるでしょう」

「シンが出動してるんだから、文里さんたちも知ってるんじゃない?」

 シンが勝手にリドアスを出るとは考えにくい。ユーギがそう指摘すると、リンは頷いた。

「そうだろうけど、一応な」

 端末を操作しながらリンが応じると、端末のライトが光った。

「エルハさんだ。……あの人、実はこちらのこと見てるんじゃないですか?」

「何のこと? 兄さん」

 ユキは首を傾げると、ずいっと体を伸ばしてリンの手元を見る。そこに映っていたのは、スカドゥラ王国の王城内の地図だった。

「これ……どうやって手に入れたんだろう?」

「外交関係はあるんだろうから、その時かな」

「いや、そう簡単にくれるものじゃなくない……?」

「晶穂、言うな。エルハさんが怖い」

 あの人は、絶対に参謀だ。その場にいた誰もが、エルハに対する評価をそうやって固定したのは言うまでもない。

「使えるのは間違いない。貰えるなら遠慮なく貰っておこう」

「ですね、ジェイスさん」

 地図を保存し、リンは最後の紅茶を飲み終えた。そして改めて地図を開き、警備が脆弱そうな場所を探ることにした。




「───これで、よし」

「なにしてるの、エルハ?」

 小さくなったシンが、エルハの手元を見て首を傾げた。端末の操作を終え、エルハは応じた。

「ん? ああ、王城内の地図をリンに送ったんだ」

「じょうないのちず?」

「そうそう。この前偶然手に入れたんだけど、役に立つとは思わなかったなぁ」

「……むしろ、手を回して作っておいたっていうのが真相じゃないのか」

とおる、何か言った?」

「何でもない」

 触らぬ神に祟りなし。融は追及を止めて、辺りを見回した。

 彼らが今いるのは、ソディリスラ。その北部にある山脈近くの街道だ。

 戦艦の接岸場所は、彼らのいる場所から徒歩で十五分くらいの所にある。流石に人通りも多いそちらで相手をするよりも、人がほとんどいない場所の方がこちらもやりやすい。

 こちらへ来る前。シンに乗って飛んでいた二人は、戦艦から十人ほどの戦闘員が下りてくるのを見届けた。

「さて。北部へ向かうなら、この道を通らざるを得ないはず。どんな感じで来るかな?」

「若干わくわくしてるだろ、あんた」

 パキパキと指を鳴らすエルハに、融は冷静なツッコミを入れた。しかし、エルハは「そんなことないよ」と取り合わない。

「むしろ、緊張しているかな。僕らがしくじれば、この先にあるっていう神庭かみのにわという聖域が侵される。……それだけは何としても阻止しないとね」

「ぼくもいるから、だいじょうぶ!」

 くるくると宙を舞うシンの無邪気な言葉に、エルハは笑顔で頷いた。

「頼りにしてるよ、シン」

「まかせて」

「……」

 小さな胸をぽんっと叩くシンをジト目で見て、融はシンをツンツンと指でつついた。シンはくすぐったいのか身をよじらせ、きゃっきゃと声を上げながら逃げる。

「なにするんだよぉ」

「……エルハ殿下、ほんとにこいつは戦えるのか?」

「エルハでいいよ、融」

 既に言葉遣いが崩れていたことは指摘せず、エルハは融にそう言った。それからシンを手招き、頭を撫でてやる。

「シンの見た目はこれだけど、リドアスの結界は彼と一香いちかが創っているんだ。魔力の強さは折り紙付きだよ」

「それなら……」

 良いんですけど。融は最後まで言い切らず、何かに気付いて顔を上げた。エルハとシンもまた、同じ方向に目をやる。

 街道の港方面から、ガチャガチャと武器があたる音が聞こえてきた。そして、何人かの話し声も。

 話している内容からして、スカドゥラ王国の兵に間違いないだろう。

「おい、こっちであってるのか?」

「間違いない。女王様御自筆の地図を見ているんだ、間違えるわけないだろう!」

「それにしても、こんなところに来させられるなんてなー」

「まあ、あれだろ? 宝を回収するのが俺たちの仕事だから。何も、武器なんていらなかったんじゃ……ん?」

 総勢十人。各々剣などを腰にぶら下げている他は、苦労する手合いではなさそうだ。

 そんな判断をされているとは露知らず、街道の真ん中に陣取るエルハたちを見付けた兵団のリーダーらしき男が声を張る。

「お前ら、この辺りの者か?」

「あんたたちは?」

 おうむ返しのように尋ね返したのは、フードを被り直した融だ。少し低音のキツい声で問われ、男たちが一瞬硬直する。

(怯えさせ過ぎだ)

 エルハは内心苦笑しかなかったが、表面上は人当たりの良い笑みを浮かべるに留めた。そして、シンはぬいぐるみのようにエルハに抱っこされている。

 そんな凸凹なコンビに度肝を抜かれながらも、リーダーの男は拳を握り締めて一歩前に出る。

「もしも知っていたら、教えて欲しい。……『かみのにわ』という聖域はこの先か?」

 ぴくり、とシンの耳が反応する。しかしほんのわずかな変化であったために、兵団は気付かない。

「かみのにわ? そこに、あんたたちは行きたいのか。何のために?」

「……っ、上司を迎えに行かなくてはならない。数時間前から連絡が付かず、命令もない」

 男の言葉は真実だ。戦艦を出る直前、これから向かう旨を連絡しようとしたが、繋がらなかった。ベアリーにもダイにも連絡がつかない。

 実はリンたちとの戦闘により、二人は連絡など出来る状況になかった。しかし、これを彼らが知るはずもない。

「我々はある方より命じられ、宝を持ち帰るのが目的だ。しかしまず、上司を探さなくては」

「……だから、神庭に行きたいのですか?」

 それまで一言も発しなかった龍のぬいぐるみを抱いた青年が、口を開く。リーダーは意表を突かれたが、冷静を装って「そうだ」と応じた。

「……」

「……」

 エルハと融は目で会話し、頷き合った。その意図をシンも理解する。

「──じゃあ、通す訳にはいかないな。スカドゥラ王国の兵士さんよ」

「ここは大人しく、国に戻ってくれないかな」

「じゃないと……たおしちゃうよ?」

 融が腰に佩いていた剣を抜き、エルハは和刀わがたなを抜刀する。更にシンも浮き上がり、小さな炎を口から吐いて見せた。

「お、お前ら……何者だ!?」

 突然の戦闘に、リーダーは困惑と怒りの声を上げる。それに明快な答えを用意したのは、エルハだった。

「僕らは銀の華の関係者。彼らが守りたいと願うものを守るために、足止めしに来たんだよ」

「銀の、華……あいつらかっ!」

 リーダーが顔を赤くして立腹する。彼の名は、行真いくま。前回、唯一甘音の魔力の影響を免れた兵士のうちの一人だ。

 ベアリーの推薦でこちらのリーダーを担ってきた彼だからこそ、銀の華という名に強く反応を示した。

 いきり立つ行真に、エルハと融が驚かされる。しかし因縁を持つ者と理解し、挑発するように切っ先を揺らす。

「来いよ」

「悪いけど、通せないんだ」

 融とエルハが刃を構え、シンは空へと上昇する。

 また、行真に命じられた九人もそれぞれ抜刀していく。

 ここに、場外乱闘の火蓋は切られた。

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