第439話 援軍

「エルハルト」

「何ですか、兄上」

 エルハは書庫で書類整理をしていたが、イリスに呼ばれて振り返った。彼の傍には珍しくとおるとジスターニがいて、緊張した面持ちをしている。

「二人も一緒とは……何かありましたか」

「あった。いや、正しくはこれからあるだろう」

「これから? 一度、ここを出ましょう。兄上の執務室に」

 ここでは人目が多すぎる。書庫とはいえ、ちょっとした学校の図書館くらいの広さがあり、城に仕える人々が行き来しているのだ。

 エルハは兄たちと共に、書庫を出る。そして広い廊下を進み、奥にあるイリスの執務室に到着した。

 ジスターニが慣れた手つきで水を入れ、差し出してくれる。巨漢で戦闘時は鉄の棒を振り回す彼だが、軍服を着てここにいると少し大人しく見える。

 融は相変わらずフードのついた服を着て、目深に被っていた。しかし今までと決定的に違うのは、執務室に入った途端にそれを脱いだことだろう。

「もう、良いのか?」

「はい。ここにいるのは、おれを見てくれる人だけなので」

 エルハの問いに、融は淀みなく答える。少し筋肉が付いた腕は、彼の努力の証だろう。毎朝毎晩鍛錬を欠かしていない、とエルハは末の妹のノエラから聞いていた。

「無心に剣を振っててかっこいいんだよ!」

 そう言って嬉しそうに笑ったノエラは、もう幼い女の子ではないのかもしれない。エルハはふと寂しさを感じながらも、静かに見守ることに決めていた。

「さて、と」

 一息つき、イリスは椅子に座って少し前屈みになった。指を組み、目の前に座ったエルハを見る。 エルハは、何処かにやっていた思考をこちら側に戻した。

「さっきの話だけど、戦艦がやって来て離れたという話はしたよな?」

「はい。スカドゥラ王国の戦艦がソディリスラを離れた、と。まさか、もう戻ってきたのですか?」

「そのまさかだ」

 これを見てくれ、とイリスはエルハに写真と報告書を手渡す。密偵でも放っていたのだろうか。受け取り目を通したエルハは、ざっと読んで眉を潜めた。

「やはり、戻ってきましたか」

「しかも、またこれが奇妙でな。戦艦には地位を持つ者が乗っていないんだ」

「……では、やはり」

 イリスの言わんとしていることがわかり、エルハは顔を更に険しくさせた。イリスも「ああ」と頷く。

「やはり、『扉』は現れた。しかもそれを使い、スカドゥラは刺客を送っている可能性が高いんだ。リンたちは、彼らと対峙しているんだろう」

「そう考える方が自然ですね。……うん、あの慌てぶりはそうでしょう」

 エルハは最後にリンと話した時のことを思い出し、そう結論付けた。

 イリスは弟の反応を見てから、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

「更に、先程ソディリスラ側から複数の反応がスカドゥラ王国に移動したんだ。これは、もしかしたら彼らが攻め込んだことを示しているのかもしれない。反応の数もそうだけど」

「……彼ららしい」

 苦笑し、エルハはかつての仲間たちを思い出す。思慮深い彼らのことだ、無計画ではないだろう。しかし、自分は何も手助け出来ないことが歯がゆかった。

 弟の気持ちを読んだのか、イリスは「そこで」とエルハに一つ命じた。

「向こう側ががら空きになっている可能性が高い。だからエルハには、融と共に彼らが守ろうとしていたものを守って欲しい」

「融と」

「そうだ。……これは、誰かに頼まれたことじゃない。リンたちがいた場所に、もしかしたらエルハたちは拒否されるかもしれない。だけど、戦力がないよりはましだろう。頼めるかな」

 依頼の言葉になる兄に、エルハは吹き出した。

「ははっ。兄上、命令しないんですね」

「これでも命じたつもりだがな。……まだ命令はし慣れない」

 自嘲気味に笑ったイリスは、黙っている融に目を向けた。彼はわずかに視線をそらし、目を合わせない。

「融には少し辛いかもしれないが……」

「そんなことありませんよ、イリス様」

 頭を振り、融はわずかに目を細めた。

「あいつに成果を見せる良い機会です。必ず、遂げてみせます」




 一方その頃、リンたちはメイデアが暮らすという王城の側に来ていた。腹ごしらえをするために、軽食を食べられるカフェに入った。そしてテラス席に行き、目の前の城を見上げているのだ。

 王城は年代物のようだが、磨き上げられて日の光を反射する。その白い外壁は、この国の高潔さを表しているのだ、と元観光ガイドの男性は自慢げに話していた。

「さて、何処から入ったものか」

 コッペパンにポテトサラダを挟んだものを食べながら、リンは思考を巡らせていた。

 彼の隣でタマゴサンドに手を伸ばした晶穂は、もう片方の手に持っていた紅茶を一口飲む。そして、遠慮がちに口を開いた。

「流石に正面突破ってわけにはいかないよね」

「ああ。正体が知れたら捕まるか、殺されるか。どちらにしても、帰れる保証はないな」

「こっちは戦うつもりもないのに……」

「今まで、こてんぱんにしてきた自覚はあるけどな」

 そう言って笑ったのは、カツのコッペパンサンドを頬張っていた克臣だ。彼の隣のテーブルで、ハムサンドを飲み込んだジェイスが苦笑する。

「それこそ、正当防衛だとわたしは思ってるんだけど。向こうが甘音や庭を狙ってきたのだからね」

「だからこそ、だろ」

 にやっと笑い、克臣は緑茶を飲み干した。

「兎に角、真っ正面からがダメなら忍び込むしかないだろ。警備は厳重だろうが、俺たちならやれる」

「克臣、この子たちに変なことを教えないでくれよ?」

「甘音たちを守るためだろ? それに、どうせあちらさんは正面から行っても素直に退いてはくれまい」

「問題は、どうやってあの人のいる所まで入り込むか、ですね」

 誰の目があるかわからない。リンたちは出来る限りの情報を広げないため、言葉を選びながら話していた。

 リンの斜め向かいでバケットサンドを頬張っていたユーギは、ふとテーブルの端に置かれたリンの端末のライトが点滅していることに気付く。

「団長」

「何だ?」

「光ってるよ。何かの連絡じゃないかな?」

 ユーギの言う通り、リンが端末を手に取って画面を起動させると現れたのはエルハの名だ。送られてきたメッセージを読み、リンは思わず声を上げそうになって思わず口に手をあてた。

「どうしたの、リン」

 晶穂に問われ、リンは仲間たちが自分に注目していることを知る。すみませんと謝りながら、リンは皆が見えるように端末を中央に置いた。

 身を乗り出したユキが、小さな声で文章を読んでいく。

「……え、これエルハさんから? えっと、『忙しそうだね、リン。こちらはこちらで、きみたちの状況をある程度は把握しているつもりだよ。では、単刀直入に。きみたちの代わりに、戦艦からソディリスラを守ることになった。僕と融が行くから、何も心配しなくて良い。』……って、え?」

「戦艦……ベアリーたちが最初に乗ってきたものですよね? それがもう一度。しかも、それからソディリスラを守るって」

 首を傾げるユキと同様に目を瞬かせる唯文に、克臣は「心配要らんだろ」と快活に言う。

「エルハと融だろう。強すぎるくらいじゃないか? な、リン」

「何で俺に振るんですか」

 克臣から少し目をそらし、リンは融の言葉を思い出していた。

 ──おれは、この王国を守る近衛だ。誰よりも強くありたい。……勿論、リンよりも。

 だから、次に会ったら試合をしようと約束した。自分も負けていられない、とリンは決意を新たにするのだ。

 端末を自分の所に戻したリンに、ふと春直が疑問を口にする。

「でも、ノイリシアからソディリスラってある程度の距離ありますよね? 戦艦がもう来ているのなら間に合わないのでは……」

「その問題はないらしいぞ」

「え?」

 目を大きく見開いた春直に、リンは続けて送られてきた写真を見せる。

 そこには、大空を滑空するシンの姿が写っていた。

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