折れない心と強硬手段

第438話 異国の都

 目を開くと、そこは異国の地だった。

 リンたちが立っていたのは、何処かの町の路地だ。大通りの方角からは、賑やかな喧騒が聞こえる。何処にでもありそうな街角が見えた。

「ここは……スカドゥラ?」

「え? でも『扉』ってこんな所に開いてたの?」

 ぼんやりと呟くリンの言葉に反応したユキが、キョロキョロと周りを見渡す。確かに、こんな町中に変な扉があれば、見せ物くらいにはなっていそうなものだ。

 その疑問に答えたのは晶穂だった。

「レオラさんとヴィルさんが、町中に飛ばしてくれたみたい」

 扉をくぐる直前に、声が聞こえたのだと言う。

「二人は、『扉が開いているのは森の奥だから首都には遠い。我らの力で着地点を変えておこう』って」

「……何でもありだな、有り難いけど」

 神々の好意は有り難く受け取っておくことにして、リンはぐるっと周りを見渡した。

 幸い、路地裏であるからか突然現れたリンたちが見つかった様子はない。幾つか店もあるようだが、閑散として誰もいない。

「ぼく、通りを見て来るよ」

「頼む」

 ユーギが一応帽子を被り、大通りを覗く。国や地域によっては、獣人が蔑みや差別の対象となっているかもしれない。それを案じた準備だったが、しばらくしてからユーギは帽子を脱いで戻ってきた。

「ぼくみたいな獣人も普通に歩いてる。それに服装も変わらないから、出て行っても怪しまれないと思うよ」

 彼によれば犬人や猫人の他、魔種も人間もごった煮だと言う。それならば、と一行は表に出ることを選択した。

「ま、出ねぇと何も出来ないからな」

「ですね」

 克臣と春直の会話を流し、リンは何気ない風を装って路地を出る。すると、一気に目の前が明るくなった。

 表通りは人で溢れ、客寄せらしき青年の声が喧噪の中に混じる。レストランやファストフード店、更にはファッション系のショップなどが軒を連ね、一見すれば都会の真ん中だ。

「一先ず、落ち着ける場所に移動しよう」

「賛成です」

 人混みに紛れて迷子になっては大変だ。リンはジェイスの提案に乗り、年少組には互いを離すなと言って晶穂の手を取った。

 かっと体温が上がった気がして、晶穂はリンを見上げる。

「リ……」

「喋るな。意識する」

 既に耳を赤く染め、リンは前を向いて晶穂を見ない。それでも強く握られた手から、気持ちは十分過ぎるほどに伝わってきた。

 一行が大通りを抜けて住宅街に入ったのは、それから数分後のことだった。

 たった数分が長く感じられ、無意識に汗を拭う。唯文は掴んでいた春直の手首を離し、全員の無事を確かめた。

「ユキ、ユーギ、春直も無事か」

「ちょっと疲れたけどね」

「あんなところ、久し振りだったよ。旅行以来?」

 ユーギが言う旅行とは、古来種と出逢うことになる日本とソディール両方の観光地を巡った旅行のことだ。その時、晶穂は迷子になってツユと出逢った。

「あの時も大変だったけど、今は今で事情が違うね。―――ほら」

 苦笑を交え、ジェイスはすっと人差し指で何かを指す。全員の目がその先に吸い寄せられ、何があるのかを知った。

「あれは……お城?」

「何だい嬢ちゃんたち、旅行者か?」

「きゃっ」

 見えたものを呟いただけだった晶穂は、突然話しかけられて小さく悲鳴を上げた。振り返ると、地元の住民らしい壮年の男性が何か飲みながら笑っている。連れらしい女性は奥さんだろうか。

 女性は「全くあなたは」とため息をつき、愛想のいい笑みを浮かべて謝罪の言葉を口にした。

「ごめんなさいね。旦那、昔観光ガイドをしていたのよ」

「は、はあ」

 つまり、彼はこの町に詳しいらしい。晶穂は女性に「お気になさらず」と笑みを向けると、夫だという男性の目を見た。

「そうなんです。わたしたち、旅行で。知らないことばかりですから、宜しければ教えて下さいませんか?」

「ああ、いいぞ。嬢ちゃんのような素直な子で、おじさんほっとしたよ」

 そう言いながら、男性は城を仰ぎ見る。まさか、若干の殺意を持って見ている青年がいるとも知らずに。

「リン、親切だから」

「そうだぞ。落ち着け」

「落ち着いてますよ、二人共」

 晶穂と年少組が男性の説明を聞いている間、リンたちはそんな物騒な雰囲気を醸し出す会話をしていた。リンの目が笑っていなかったのは、言うまでもない。

「……で、……なんだ。あそこには、我らの国を統べる凄腕のメイデア様がおられるんだよ」

「メイデア……様が、この国の王なのですか?」

 思わず敬称を省略しそうになった春直は、慌てて「様」をつけて尋ねる。きっと素晴らしい人なんでしょうね、と褒めることも忘れない。

 男性は春直の配慮には気付かず、うんうんと頷いた。

「美人で、強い。あの御方が王となられてからは、この国は発展の一途だ。ふふっ、きみたちのような可愛らしいお客とも出会えたしな」

「教えて下さって、ありがとうございました」

 晶穂たちが頭を下げると、男性は笑みをこぼした。そして、去って行く一行を見て妻に囁く。

「あんなに容姿も性格も良い子たち、まとまって見たことなんてないな」

「本当に。目の保養ですよ」

 妻は夫に同意し、そして苦笑した。その曖昧な表情に、残っていた酒を飲み干した夫が首を傾げる。

「どうした?」

「いいえ。……あなたは知らない方が良いわ」

「?」

 夫の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいることはわかっていたが、妻は答えを教える気はない。

(だって、あのを好きな青年が、あなたを射殺しそうな目で見ていたんですもの)

 きっと、あの二人は恋人同士なのだ。ほら、既に遠くなってしまったが、二人が隣り合って歩いているのが見える。

 妻は猫人で、ついでに人よりも目がよかった。だから、酩酊した夫には見えないものが見えている。

「さあ、そろそろ帰りましょう? 孫が学校からこちらにそのまま泊まりに来るのだから」

 早く帰って、食事の用意をしたい。部屋ももう少し片付けなければ。妻の言葉に、夫は同意した。

「ああ、行こうか」

 酔い覚ましに冷たい水を一杯飲み、夫は立ち上がる。勘定を済ませ、店を後にした。

 妻は夫の腕を掴んで、自分の腕を滑り込ませる。

 そんな風に夫婦の仲に影響を与えたとも知らず、リンたちは一路、メイデアがいるという城へと向かった。

 同時刻。ソディリスラのとある場所に、戦艦が接岸する。

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